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2019年8月 5日 (月)

新・前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から㊷

前セクレタリー(現Asia East Region Director)が、アクトのブログの責任をアクトクラブ員に負わせる理由らしき事情のひとつとして、私と「同居している」という主張もしていました。

この主張がまかり通るなら、夫が書いているブログの責任は妻も負うことになりますし、妻が書いているブログの責任は夫も負うことになりますし、「同居」が根拠となるなら、子どもを含めて同居家族全員が責任を負うことになるでしょう。

前セクレタリーがどう思い込もうと前セクレタリーの自由ですが、それが通用するのは社会通念上の一般常識の範囲内だけではないでしょうか。

新聞社と社説の例で言えば、社説の責任をその新聞社で働く同居家族も負うことにもなりかねません。

キャットクラブに話を戻せば、クラブのブログの責任は第一義的にクラブが負うのであって、クラブ員個人が負わされるものではありません。

仮に感情的に標的にしたいクラブ員がいたとしても、社会通念上の一般常識を逸脱するような判断をしてはならないですし、ディレクターやセクレタリーという地位にあればなおさらでしょう。

しかし、「言論の自由」「表現の自由」を前提にするなら、その権利と責任は執筆者に帰属するのが基本であり、その意味でもアクトのブログの執筆者は私なのですから、その責任は私が負うべきであって、その他のクラブ員が負うことは常識外れということになります。

社会の常識が猫界の非常識であっては断じてなりません。

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