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2019年3月 1日 (金)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(16)

出陳者を募ったところ、原告らが出陳するのかと尋ねられることが多くなり、出陳すると回答したところ、それなら出陳しないという人が多く、出陳者が30人台に留まってしまった」−−。

それだけ、原告らはクレームを述べるなどしてショーの運営に支障が生ずる可能性があると考えられていた」−−。

被告側エントリークラークは東京地裁に提出した被告「準備書面」でこう主張したわけですが、私にはもうひとつ、別の疑問が思い浮かぶのです。

それは、仮に被告側エントリークラークの主張どおり、「それなら出陳しないという人」がいたとして、本当にその理由が「原告らはクレームを述べるなどしてショーの運営に支障が生ずる可能性があると考え」たからかどうかということです。

この主張は、第3のクラブにおける2014年6月1日のショーと、2015年6月7日のショーを比較してのものでした。

2014年6月1日以降、2015年6月7日のショーの間までに1年も経っています。

この間、どのショーにおいても、私やアクトクラブ員がショー会場でクレームを述べるなどしてショーの運営に支障を生じさせたことはなかったのです。

それにもかかわらず、出陳者が2015年6月7日のショーを前にして、私たちがショー会場で「クレームを述べるなどしてショーの運営に支障が生ずる可能性があると考え」るなど、一般的な社会通念上の常識に従えばあり得ません。

まずあり得ないような主張を堂々とするところに、私は被告側エントリークラークのあからさまな”敵意”と”害意”を感じ、私は恐ろしく思ってしまうのです。

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