続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(15)
「○○○○(被告側エントリークラークが所属していたクラブ)においては毎年50人弱の出陳者がいたものであるが、出陳拒否した翌年の○○○○のキャットショーにおいては、出陳者を募ったところ、原告らが出陳するのかと尋ねられることが多くなり、出陳すると回答したところ、それなら出陳しないという人が多く、出陳者が30人台に留まってしまった」−−。
被告側エントリークラークはこれに続けて、次のようにも主張しました。
「それだけ、原告らはクレームを述べるなどしてショーの運営に支障が生ずる可能性があると考えられていた」−−。
しかし、仮に前段の「原告らが出陳するのかと尋ねられることが多くなり、出陳すると回答したところ、それなら出陳しないという人が多く、出陳者が30人台に留まってしまった」という主張が事実であったとしても、それだけで「原告らはクレームを述べるなどしてショーの運営に支障が生ずる可能性があると考えられていた」根拠になり得ないことは、ちょっとキャットショーに出たことのある人なら明らかでしょう。
なぜなら、同じ猫種でものすごく強い猫がいて、どうにも太刀打ちできないような場合、「あの猫が出てくるならやめておくわ…」ということが往々にしてあるからです。
被告側エントリークラークの主張は、「原告らが出陳するのかと尋ねられることが多くなり、出陳すると回答したところ、それなら出陳しないという人が多く…」というものですが、なぜ、原告らが出陳すると「それなら出陳しない」のか、理由が書いていません。
つまり、アクトクラブ員のベンガル猫が出てくると、勝てない(あるいはファイナルに残れない)から、「それなら出陳しない」という人がいないとは言えないというわけです。
もちろん、被告側エントリークラークが、「それなら出陳しない」という人ひとりひとりに具体的な理由を尋ね、その理由が私やアクトクラブ員が「クレームを述べるなどしてショーの運営に支障が生ずる可能性があるからです」と答えた証拠があるというなら別です。
ですが、被告側エントリークラークはそうした裏付け証拠を現時点では何ひとつ提出していません。
どうしてこうした”杜撰”で"いい加減”とも思える主張の組み立てができるのか、私には不思議でなりません。
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