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2019年1月

2019年1月31日 (木)

エントリーをいかに増やすか、海外のクラブの取り組み

どのRegionのどこのクラブも同じだと思いますが、「エントリーをいかに増やすか」については頭を悩ませていることかと思います。

海外のクラブでちょっと面白い取り組みを見付けましたので、ご紹介します。(それが有効かどうかはまた別の問題です)

クラブがショー年度を通じて、いくつかのショーを開催する場合の試みです。

そのクラブのショーに全てエントリーした出陳者の中から、それらのショーにおいて最も高いAward Pointを獲得した出陳者に€1000をあげるとともに、次年度のそのクラブのショーにおいて1頭限定で無料で出し続けられる特典を与えるというものです。

€1000というと、現在のレートで約12万5000円ですから、結構な金額です。

こうした特典で、実際にエントリーが増えるかどうか分かりませんが、個人的には”賞金”と”無料エントリー”をひとりの出陳者が”総取り”するのではなく、分けて考えてもいいような気がしました。

例えば、最も高いAward Pointを獲得した出陳者に€1000、次に高いAward Pointを獲得した出陳者に”無料エントリー”とか…。

年度を通じた”Free Entry”というのは、レジャー施設の”フリーパス”みたいでいいかもしれません。

特典とは別に、クラブごとの恒久的なエントリー体系として、ショー年度の”Free Entry”システム(例えば8回のショーで年間5万円とか、5回のショーで年間3万円とか、早割料金の総額よりも低く設定する方法です)もいいのではないでしょうか。

海外を含め、他のクラブの試みを参考に、さらにアイデアを工夫すれば、TICAのショーの活性化にもつながるのではないかと思いました。

そして、こうした情報共有も、Region DirectorやRegion Officeの重要な役割のひとつなのではないでしょうか。

※「前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から」は休みました。

2019年1月30日 (水)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑭

私は前セクレタリー(現Asia East Region Director)を非難したり、誹謗中傷したりしているわけではなく、証言の問題点を指摘しているに過ぎません。

それも、個人の証言を問題視しているのではなく、TICA公認クラブの主宰者として、あるいはRegionのセクレタリーとして相応しい証言であるかどうかを検証しているのです。

例えば、昨日掲載した冒頭のやり取りで重要なのは前セクレタリーの「はい、あのブログを読んだ限りでは…」という証言です。


原告側代理人:「
○○さん(アクトクラブ員)と屋和田さんが抗議するということですか
前セクレタリー:「するおそれがあると

原告側代理人:「するおそれがある?
前セクレタリー:「はい、あのブログを読んだ限りでは…

原告側代理人:「○○さんと屋和田さんが抗議をするおそれがあるということですか
前セクレタリー:「はい

いつのどのブログのどの文章を「読んだ限りでは…」、私とアクトクラブ員がショー会場で抗議をするおそれがあると判断したのか、その理由と根拠を的確に示す必要がありましたが、前セクレタリーはしませんでした。

私が、前セクレタリーの証言が”被害妄想”的だと感じる理由はまさにそこにあります。

TICAメンバーならずとも、社会常識と良識を兼ね備えた一般の人がこのブログ読んで、多くの人(少なくとも過半数)が「なるほど、この文章を読む限り、屋和田さんはショー会場内で常軌を逸した抗議をしかねないですね」とならなければならないでしょう。

しかし、前セクレタリーはそうした「説明を尽くす」という努力を全くしないのです。

「説明を尽くす」あるいは「説明を尽くす努力をする」というのは、TICA Board Member、Director、セクレタリーにおいて重要な資質・能力だと思いますが、前セクレタリーにはその資質・能力が欠けていると思わざるを得ません。

2019年1月29日 (火)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑬

昨日の続きのやり取りです。

原告側代理人:「
○○さん(アクトクラブ員)と屋和田さんが抗議するということですか
前セクレタリー:「するおそれがあると…

原告側代理人:「するおそれがある?
前セクレタリー:「はい、あのブログを読んだ限りでは…

原告側代理人:「○○さんと屋和田さんが抗議をするおそれがあるということですか
前セクレタリー:「はい

原告側代理人:「○○さんと屋和田さんは、ショーに対してショー会場で抗議をした経験と
           いうか、ことがあるんですか

前セクレタリー:「
ないです

東京地裁の本人尋問での前セクレタリー(現Asia East Region Director)はこう証言しました。

私が一番困る事態だと深く憂慮するのは、TICAのRegionを束ねるセクレタリーやTICA Board MemberでもあるRegion Directorが、TICAのルールを正確に理解することができず、恣意的な解釈をして平気な顔で法廷で証言しているという点にあります。

国民や市民が「○○○○をするおそれがある」というだけの理由で、正当な権利を奪われ、自由を制限されるというのはファシズム国家の”弾圧”と全く同じ構造です。

もちろん、私やアクトクラブ員が、過去のショーにおいて、ショー会場の外で街宣車を使ったり、あるいはショー会場内で拡声器を用いるなど、度を超した抗議をした”前歴”があるというのなら、前セクレタリーの”言い分”も分からないでもありません。

しかし、単にアクトのブログで私が何か書いただけのことで(それが仮に「抗議」であったとしても…)、アクトクラブ員まで”巻き添え”にして「出陳拒否」するのは一般的な社会常識を逸脱していると思わざるを得ません。

私がブログで「ショー会場で抗議活動をします。みんなも参加してください」みたいなことを書いたというのであれば、それもまた分からないでもありませんが、そうしたことは一切書いていないわけです。

全ては前セクレタリーの”被害妄想”? そうした”妄想”を前提にTICAのルールは作られていませんし、自分に都合のいいように恣意的に解釈してはならないでしょう。

特に、TICA Board Memberやセクレタリーという”要職”にあっては…

2019年1月28日 (月)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑫

原告側代理人:「あなたの陳述書によればショーに対して抗議をする人がいると。だか
           ら、出陳拒否をするんだというようなことを書いておられますけども、
                       その理解でよろしいですか

前セクレタリー:「そうです

原告側代理人:「
そこで言っている抗議をする人というのは誰ですか
前セクレタリー:「今回出陳拒否した○○氏(アクトクラブ員)であり、屋和田氏です


東京地裁の本人尋問で前セクレタリー(現Asia East Region Director)はこう証言しました。

しかし、「抗議」というのは、「相手の発言・決定・行為などを不当として、反対の意見・要求を主張すること」(小学館「デジタル大辞泉」)であり、「相手の行動や処置の仕方などに、反対の意見や苦情を述べること」(三省堂「大辞林第三版」)です。

仮に、私やアクトクラブ員が「抗議」したとしても(あるいは、「抗議」するとしても)、それ自体は正当な言動であって、「抗議」自体が許されないという主張は社会常識を逸脱しているとしか思えません。

もちろん、非常識な「抗議」であれば、前セクレタリーの主張も理解できなくはありません。

街宣車のようなものを使ってショー会場の前で「抗議」すれば、猫は驚き怯えてしまって、ショーは成立しないでしょうし、拡声器をショー会場に持ち込んで「抗議」すれば、やはり猫にもショーにも”実害”を与えることでしょう。

ですが、私やアクトクラブ員がそんなことをする人物でも、そんなことをしたことがないことも前セクレタリーをはじめTICAアジアメンバーの多くが知っているはずです。

それにもかかわらず、あたかも猫や出陳者、ショーそのものに”実害”を与えるような「抗議」をするかのように証言することは(=「出陳拒否」しなければならない「抗議」とはそういうものだと私は考えています)、非常識も甚だしいと思ってしまうわけです。

改めて強調しておきますが、「抗議」自体が悪いわけでもなければ、「抗議」したこと自体が「出陳拒否」の根拠になるわけでもありません。

「抗議」のやり方や仕方が度を超していて、出陳者や猫、ショー自体に“実害”を与えるほどに有害だった場合に問題となるのです。

そうした判断は社会通念上の一般的な良識と常識を持ち合わせていれば自ずと分かるはずだと思いますし、TICAのBoard Member、Director、TICA公認クラブの主宰者であれば理解していなくてはな健全な組織運営はおぼつかないのではないでしょうか。

2019年1月27日 (日)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑪

原告側代理人:「(アクトのブログが)キャットクラブであるとかキャットショーにとって有害
           だということですか

前セクレタリー:「そのとおりです

原告側代理人:「どういうふうにキャットショーに有害なんでしょうか
前セクレタリー「先ほども裁判官の方には申し上げましたけれども実際にそういう乱入者
          がいたりしています、現実に。そういうことを想定するのがショーの危機
          管理というか、そういうものを持っていない限りショーは開催できません


東京地裁の本人尋問で、前セクレタリー(現Asia East Region Director)はこのように証言しました。

しかし、私には前セクレタリーの”理屈”が全く理解できないのです。

確かに、主催クラブとして、ショーコミッティーとして、危機管理は極めて重要であり、あらゆる事態を想定して備えていなければならないでしょう。

ですが、それがどうしてこういう主張になるのか、そして出陳拒否がどう結び付くのかが全く分からないのです。

仮に、アクトのブログがキャットショーにとって「有害」だとしても、第一義的にはブログの記載(あるいは投稿)をやめさせるべく対応策を取るべきでしょう。

ところが、前セクレタリーはブログの記載(あるいは投稿)をやめさせる行動は一切取っていません。(※プロバイダーに対するブログ停止要求や投稿の削除要請等)

仮に、乱入者なる人物が居たとするなら、そうした乱入者に対して見学拒否なり出陳拒否をすべきであり、それが危機管理というものでしょう。

前セクレタリーは言葉にこそしませんでしたが、あたかも私がこの見学者に”教唆”したかのような証言でした。

「教唆」とは、「ある事を起こすよう教えそそのかすこと」「他人をそそのかして犯罪実行の決意を生じさせること」(デジタル大辞泉)、「教え唆すこと。けしかけること」「他人をそそのかして、犯意を生じさせること」(大辞林第三版)ですが、そのいずれも私はしていません。

それなのになぜ、アクトのブログが出陳拒否の理由になり、アクトクラブ員まで出陳拒否(+入場拒否)されなければならないのか。

そしてそれがTICAのRegionセクレタリーとして相応しい言動であったのかどうか、厳しく問われて然るべきだと私は思っています。

2019年1月26日 (土)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑩

原告側代理人:「乱入者が来たというのは、それはブログのせいなんですか
前セクレタリー:「
ブログのせいです

原告側代理人:「
どういうふうにブログのせいなんでしょうか
前セクレタリー:「
それは、言うとすごく長くなっちゃうな

原告側代理人:「いや、簡単に言っていただけますか
前セクレタリー:「
ですから、ブログのせいです

東京地裁の本人尋問での前セクレタリー(現Asia East Region Director)と原告側代理人のやり取りは上記のようなものでしたから、実際のところ前セクレタリーの主張にとどまり、主張を裏付ける根拠は何ひとつ示されませんでした。

私にしてみれば、私の書いたブログのせいにする“責任転嫁”に他ならず、引いては私に”濡れ衣を着せる”ような証言と思わざるを得ません。

そもそも、見学者が訪れただけのことで、”乱入者”が居たわけでも、見学者以外の人物が”乱入”した事実もないわけですから、ブログのせいで”乱入者”が来たことを裏付ける証拠などあるはずがないのです。

すでに述べましたが、見学者を”乱入者”に”仕立て上げた”ものであり、もししっかり裁判で審理するなら、見学者が本当に“乱入者”と言えるのか、というところからはっきりさせなくてはならないでしょう。

改めて強調しておきますが、私はこのブログにおいて、「TICAのショーに乱入しましょう」とも、「妨害しましょう」とも、「阻止しましょう」とも書いた事実は一切ありません。

もし、前セクレタリーが執拗にこうした主張を続けるのであれば、法廷外においてでも構いませんから、私のブログのせいで”乱入者”がショーに来たという裏付け証拠を示し、立証して頂きたいと思います。

2019年1月25日 (金)

前セクレタリー+77人「プロテスト」訴訟、最高裁が上告を棄却

前セクレタリー(現Asia East Region Director)と77人の「共同申立人」がアクトのTICA公認クラブの取り消しなどを求めた「プロテスト」に対する訴訟で、最高裁第2小法廷は上告人(原告側)の上告を棄却しました。

最高裁から送られてきた通知(調書)の全文は以下のとおりです。

 
裁判官全員一致の意見で、次のとおり決定。
 第1 主文
   1 本件上告を棄却する。
   2 本件を上告審として受理しない。
   3 上告費用及び申立費用は上告人兼申立人らの負担とする。
 第2 理由
   1 上告について
      民事事件について最高裁判所に上告することが許されるのは民訴法312条1項又
     は2項所定の場合に限られるところ、本件上告の理由は、理由の不備・食い違い
     をいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、明
     らかに上記各項に規定する事由に該当しない。
    2 上告受理申立てについて
      本件申立ての理由似よれば、本件は民訴法318条1項により受理すべきものとは
     認められない。 


「プロテスト」が嫌がらせにあたるとして損害賠償を求めた主張は通りませんでしたが、「プロテスト」自体は今なおTICAのBoardにおいて審議が棚上げになっています。

従って、TICAにおいて審議が再開され次第、改めてこの「プロテスト」が私たちやアクトに”濡れ衣”を着せるものであり、いじめや嫌がらせにあたるとの主張をしていきたいと思います。

なお、今回の判決は、あくまで私たちが求めた損害賠償請求が認められなかっただけであることを強調しておきます。

「プロテスト」が正当であったとか、前セクレタリーによる「名義の冒用」「無権代理行為」がなかったと裁判所が認めたものでも、前セクレタリーによる「名義の冒用」「無権代理行為」はあったが違法性はないと裁判所が判断したものでもありません。

77人の「共同申立人」に対しては、引き続きTICAのBoardの審議のなかで、前セクレタリーに対するのと同様の責任追及を主張していきたいと考えています。

※民事訴訟法第312条
 1.上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とす
  るときに、することができる。
 2.上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第
  四号に掲げる事由については、第34条第2項(第59条において準用する場合を含む。)
  の規定による追認があったときは、この限りでない。
   一  法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
   二  法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
   三  専属管轄に関する規定に違反したこと。
   四  法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠い
      たこと。
   五  口頭弁論の公開の規定に違反したこと。
   六  判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること。

※「前セクレタリーは法廷で何を証言したか-『尋問調書』から」は休みました。

2019年1月24日 (木)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑨

前セクレタリー(現Asia East Region Director)は、東京地裁の本人尋問で、「出陳拒否」をやめた理由を原告側代理人から質問され、次のようにも証言しました。

もうこれ以上TICA本部に雑音を聞かせたくない」−−。

ただ、前セクレタリーが証言した「雑音」とは具体的に何を意味し、どのような”声”を指すのか、法廷で具体的に明らかにされることはありませんでした。

もし、私たちが不当な「出陳拒否」を受けているとする「プロテスト」を指すのであれば、極めて心外ですし、そもそも「プロテスト」を「雑音」ということ自体、Region事務局のセクレタリーとして“失格”でしょう。

もしかしたら、いろいろなところから、「不当な『出陳拒否』は即座にやめるべきである」とか、「『出陳拒否』を利用したいじめや嫌がらせはすべきではない」とか、「TICAのルールを悪用してはならない」とかの意見がTICA本部に舞い込んだのかもしれません。

ですが、そうであったとしても、それらを「雑音」と称してバッサリ切り捨てるような発言をするのはどうなのでしょうか。

それに、正当な「出陳拒否」であったなら、「出陳拒否」を支持する声は届いても、「出陳拒否」に異議を唱えるような「雑音」なるものがTICA本部に入るはずもないでしょう。

TICA本部においても、前セクレタリーらのクラブによる一連の「出陳拒否」に正当な理由があるのだとしたら、仮にそうした「雑音」が入ったとしても耳を貸さず、毅然とした態度で「雑音」を撥ね除けたことでしょう。

結局、前セクレタリーが証言したところの「雑音」とは、自分らにとって「不都合な真実」をTICA本部に聞かせたくないということに他ならないのではないかと私には思えます。

2019年1月23日 (水)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑧

これ以上出陳拒否した場合、やはりTICA本部にいろいろと言ってこられるとTICA本部が困るだろうと」「困るだろうというのは、余りにもTICAアジアは何をやっているんだというのがやはり困ると」「ということで出陳拒否をやめることにしました」−−。

前セクレタリー(現Asia East Region Director)は、東京地裁の本人尋問で、「出陳拒否」をやめた理由を裁判官から聞かれ、こう証言しました。

しかし、これも摩訶不思議な証言です。

「出陳拒否」が正当な理由に基づくものであり、TICAのため、TICAのショーのため、クラブのために必要であるなら、ずっと拒否し続けるべきでしょう。

そして、「出陳拒否」が正当な理由に基づくものであり、TICAのため、TICAのショーのため、クラブのために必要であるなら、「TICA本部が困る」ことなど何ひとつないはずです。

「出陳拒否」が正当な理由に基づくものであり、TICAのため、TICAのショーのため、クラブのために必要であるなら、TICA本部が「余りにもTICAアジアは何をやっているんだ」なんて言うはずもありません。

逆に、「出陳拒否」に理解を示し、「どんどんしてください」と前セクレタリーらを後押ししたはずです。

「TICA本部が困る」とするなら、それは正当な理由もなく、ショールールを捻じ曲げて解釈して「出陳拒否」したことにあるのではないでしょうか。

だからこそ、「余りにもTICAアジアは何をやっているんだ」ということになるのではないでしょうか。

この証言は、言外にあたかも私やアクトがTICA本部を困らせていると匂わせており、私としては極めて心外であると言わざるを得ません。

2019年1月22日 (火)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑦

TICA Board Memberとして、TICA Asia East Region Directorとして、そしてTICA公認クラブの主宰者として、常識的にも道義的にも恥ずかしくない言動というものがあるはずだと、私は思わずにはいられません。

例えば、前セクレタリー(現Asia East Region Director)が東京地裁の尋問で口にした「乱入者」なる言葉--。

前セクレタリーは、当時のAsia Region公式サイトの管理者を指して、こう称していたわけですが、常識的にも道義的にも恥ずかしくない発言と言えるでしょうか。

そもそも「乱入」とは、「大勢が乱暴に入り込むこと」(三省堂「大辞林」第三版)、「多くの者がむりやりどっと押し入ること」(小学館「デジタル大辞泉」)であって、ひとりの時は使いません。

2014年4月26日の前アジアディレクターがオーナーのクラブのショーで起きた”警察沙汰”は、当時のAsia Region公式サイトの管理者ひとりが見学に訪れただけのことでした。

しかも、一部始終を記録した動画を確認すれば明らかですが、彼は「乱暴に入り込」んだわけでも、「むりやりどっと押し入」ったわけでもありませんでした。

単に、見学者として訪れ、まず受付に立ち寄り、会場内を歩き始めただけでした。

前セクレタリーさえ、大声で彼を”罵倒”しなければ、多くの出陳者が元サイト管理者の存在に気付くことはなかったかもしれません。

それにもかかわらず、前セクレタリーは彼のことを「乱入者」と称して、法廷の場で証言したのです。

私は、TICA公認クラブの主宰者や代表、Drector、Judge、TICAのRegion Officeのスタッフひとりひとりが正しい日本語を理解して使うことができなければ、組織全体が健全に運営されることなどあり得ないと思っています。

その意味で、あの”警察沙汰”のショーから4年以上も経ってなお、前セクレタリーからこうした証言が法廷で飛び出したことは驚きを通り越して、呆れ果ててしまいます。

2019年1月21日 (月)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑥

結局その前の4月のときに先ほど申し上げた乱入者がありましたんで、ショー会場に来て原告らがショーに対するうんちくだとか、ショーのあり方だとか、批判だとかされるのは困るという認識のもとで入場もお断りしました」−−。

前セクレタリー(現Asia East Region Director)は、東京地裁の本人尋問で、2014年11月ショーへの「入場拒否」の理由らしき事情についてこう証言しました。

しかし、私がショー会場で「うんちくだとか、ショーのあり方だとか」述べたことはありませんし、「批判だとか」したこともありません。

それはアクトクラブ員においても同様であり、彼が前セクレタリーのこうした言動に強い憤りを覚えたとしても不思議ではありません。

そもそも、仮にショー会場で何らかの「うんちく」を述べたとしても、「蘊蓄(うんちく)」は「蓄えた深い学問や知識」(デジタル大辞泉)を意味しますから、称賛されはしても、入場拒否に値することなどないはずです。

「ショーのあり方」も同じです。

ショー会場でTICAの「ショーのあり方」について話したとしても、それ自体が「入場拒否」の理由になるなど、社会常識に照らせばあり得ない話です。

仮に何らかの「批判」を口にしたとしても、それは「非難」や「誹謗中傷」ではないわけですから、やはり何の問題もないと言わざるを得ません。

もし、前セクレタリーが本当に、「ショーに対するうんちくだとか、ショーのあり方だとか、批判だとかされるのは困る」と考え、それが「ショーの妨害」に当たると思っていたのなら、それこそ”被害妄想”としか私には思えません。

それを「出陳拒否」や「入場拒否」の理由するなど、あからさまな「差別」と「排除」を企図したものと言わずして何と言うのだろうと思ってしまいます。

2019年1月20日 (日)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から⑤

(2014年)3月の時点ではもうこのブログではちょっと安全なショーは開催できないというふうに思いました」−−。

前セクレタリー(現Asia East Region Director)は、東京地裁の「本人尋問」で、こうも証言しました。

私にはこの”被害妄想”的な証言に唖然としました。

「被害妄想」とは、「他人から危害を加えられると信じる妄想」(デジタル大辞泉)

「害を加えられる、苦しめられる、責められるというような被害を主題にした妄想。周囲のなんでもないできごとを脅かしや迫害のしるしととり、他人の言葉や態度に悪意やあてつけを感じる」(世界大百科事典第2版)

「特定または不特定の他者が自分に危害を加えると信じこみ、そのような事実はないと説得されてもその非合理性を訂正し得ない」(百科事典マイペディア)

前セクレタリーは「安全なショーは開催できない」と証言しますが、では具体的にどのなような危険が起こると言うのでしょうか。

私がブログで「ショーの安全性」を損ないかねないことを書いたとでも言うのでしょうか。

私がブログでショーを危険にさらすような煽動的なことを書いたとでも言うのでしょうか。

しかし、前セクレタリーがどのような危険があると思っていたのか、証言で明らかにすることはありませんでした。

私には、前セクレタリーがアクトのブログによって「危害を加えられると信じる妄想」、アクトのブログを「脅かしや迫害のしるしととり、他人の言葉や態度に悪意やあてつけを感じる」

あるいは、アクトのブログが自分たちのショーに「危害を加えると信じこみ、そのような事実はないと説得されてもその非合理性を訂正し得ない」状態にあるとしか思えません。

全てはアクトのブログを”悪者”に仕立て上げるための“猿芝居”のようにしか私には見えず、それを「出陳拒否」の新たな理由にするとは憤りを通り越し、呆れ果てて言葉もありません。

2019年1月19日 (土)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から④

東京地裁における前セクレタリー(現Asia East Region Director)の証言によれば、当時のAsia Regionサイトの元管理者は当初、「アクトのブログはけしからん」と言っていたということです。

それが、「
2014年2月になると急変して、今度は私たち(前セクレタリーら)を攻撃するようになった」としています。

前セクレタリーはその「急変」の理由について、アクトのブログに「触発された」と言っているわけですが、そもそもどうして元サイト管理者が「触発された」と言えるのか、その理由と根拠までは証言しませんでした。

ただ、「
アクトキャットクラブのブログに触発された人がいまして…」と語るだけでした。

しかし、この元サイト管理者が本当にアクトのブログを読んでいたのか不明ですし、仮に読んでいたとしても「触発された」のではなく、単に何が真実で、何が正しいことか”目が覚めた”だけだったのではないでしょうか。

もともとこの元サイト管理者は前セクレタリーが主宰するクラブ員であり、前セクレタリー自らが前アジアディレクターにサイト管理者として推したわけです。

単にアクトのブログを読んだだけで「急変」し、「触発」されてショー会場に「乱入」することなど、一般的な社会通念に照らしても考えられません。

当時のAsia Region事務局内での様々な出来事、前アジアディレクターの対応など、「急変」した本当の理由はAsia Region事務局にあったと見る方が自然で合理的ではないでしょうか。

前セクレタリーの法廷での証言は、元サイト管理者の「急変」からショー会場への「乱入」まで、全ての責任をアクトのブログに”転嫁”し、”押し付け”ようとしているとしか、私には思えませんでした。

2019年1月18日 (金)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から③

東京地裁の「本人尋問」での前セクレタリー(現Asia East Region Director)の証言を引き続き検証します。

⑧実は、その警官がなぜ来たかというと、事前に不審者が来た場合に届出してもいいですかということを事前に久松警察署に申し立てていた。
  ↓
⑨案の定ブログに触発された人間がショー会場に乱入した。
  ↓
⑩その男性は連行されて平謝りに謝った。

前セクレタリーの証言によると、Asia Regionサイトの元管理者がショー会場に現れることを、前セクレタリーは事前に知っていたようです。

証言の中で「事前に」という言葉を2度も繰り返しているのが、その証拠と言えるでしょう。

しかし、それより何より私が奇妙に思うのは、「案の定ブログに触発された人間がショー会場に乱入した」という証言です。

仮に、私のブログに「触発された」としても、私はブログで「ショーに乱入しましょう」と書いたわけでも、「ショーを妨害しましょう」と呼びかけたわけでもありません。

そもそも、この男性は「乱入」したのではなく、「見学しに行った」だけの話であり、前セクレタリーをはじめ出陳者が普通に対応するか、無視していれば、何の問題も起こらなかったはずでした。

一部始終を記録した動画を見直す限り、結果として”揉め事”にしたのは前セクレタリーの側としか思えませんが、それにも拘わらずこの見学者が「乱入者」になり、アクトのブログはそれを触発したという”濡れ衣”を着せられたのです。

そして、そうした「出陳拒否」の理由が4年以上も経って出て来る、しかも司法の場で突然飛び出してくることろに、私は一連の「出陳拒否」の底知れぬ”闇”を見るような気がして恐ろしくなります。

2019年1月17日 (木)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から②

2014年4月26-27日のショーで起きた”警察沙汰”になったある”事件”について、前セクレタリー(現Asia East Region Director)が東京地裁の「本人尋問」でどのように証言したかを続けてみていきたいと思います。

⑥TICAのことをむちゃくちゃ批判している人間がショー会場に現れたんで、あなたはこのショー会場にいる人間ではありませんということで退場をお願いした。
  ↓
⑦しかし、私の手を取って自分で大暴れしながら暴力振るわれているんだと言ってみたりして、結局は警官が2人来た。

私はこの証言を聞きながら、表情には出しませんでしたが、「何という”大噓”をつくのか…」と心の中で驚きました。

なぜなら、この一部始終を記録した動画があり、それを確認すれば前セクレタリーの証言とは全く異なるからです。

第1に、この見学者はショー会場に足を踏み入れると、まず受付に行き、「すみません。見学に来たんですけど…」と言いました。(少なくとも、「乱入した」わけではありません)

受付の女性が「あ、はい…」と言ったのを受けて、会場内を歩き始めたのです。

すると、彼を見付けた前セクレタリーが「あなた、何しに来たの? ここはあなたの来るところじゃない!」と言い、彼の方に歩み寄りました。

さらに「出て行きなさいっての!」「何、震えてんだよっ!」「出て行きなさい!こっから!」「どういうつもりなんだ!お前は!」「お前なんかの来るところじゃないんだよ!」「このド素人が!」「早く出てけ!」と畳み掛けたのです。

少なくとも、これが「退場をお願いした」姿でないことは誰の目にも明らかでしょう。

第2に、確かに趣旨としては「あなたはこのショー会場にいる人間ではありません」ということなのでしょうが、私には”罵声”を浴びせたとしか映りません。

第3に、居合わせた別の出陳者も、「お前、何言ってんだ! バカヤロ~!」と怒鳴りつけており、「退場をお願いした」というより、”言葉の暴力”によって”叩き出した”という表現の方が相応しいと私には思えます。

そして、前セクレタリーの証言によれば、彼がアクトのブログに触発されたせいであり、「出陳拒否」の理由になるのだというのです。

2019年1月16日 (水)

前セクレタリーは法廷で何を証言したか-「尋問調書」から①

一連の「出陳拒否」から4年以上経った今になって、「出陳拒否」をした新たな理由が飛び出してきたのは、前セクレタリー(現Asia East Region Director)も同じです。

東京地裁の本人尋問(615号法廷)において、前セクレタリーは私が書いているこのブログのせいで、ある”事件”が起きたと証言し、3人の裁判官を前に「少し長くなるけど、よろしいですか」と前置きしたうえで滔々と話し始めたのです。

ある”事件”とは2014年4月26-27日のショーで起きた”警察沙汰”でした。

前セクレタリーの東京地裁での宣誓証言をかいつまんで紹介すると以下のようになります。

①アクトキャットクラブのブログに触発された人がいた。
  ↓
②3カ月前まではアクトのブログはけしからんということを僕(前セクレタリー)に言っていた。
  ↓
③ところが2014年2月になると急変して、今度は私たちを攻撃するようになった。
  ↓
④アクトのブログどころではなくて、TICAの会員、それからTICA、クラブそのものを愚弄するような本当に汚い言葉で1カ月半ぐらい続いた。
  ↓
⑤その男が2014年4月の一番最後のショーの時にショー会場に乱入してきた。

この男性はこの出来事の後、亡くなられていますが、こうした出来事が起きたのはアクトのブログのせいであったというわけです。

しかし、ここまでの経緯だけ取り上げても、この男性の名誉のために敢えて述べさせて頂きますが、アクトのブログに触発されたという事実はありません。

さらに、前セクレタリーはこの男性が「ショー会場に乱入してきた」と証言しましたが、そのような事実もありません。

この男性はショー会場の受付において,「見学者です」と名乗った上で会場内に入っただけであり、その時の様子は動画として収められています。

一部始終を記録した動画から分かるのは、「乱入してきた」というのはあくまで前セクレタリー側の”言い分”であって、前セクレタリーが乱入者であるかのようにこの見学者を扱ったという方が正確だろうと私は思います。

そして、こうした出来事が起きたのはアクトのブログのせいだとし、「出陳拒否」したというのですから、もはや言葉もありません。

2019年1月15日 (火)

依頼者のおつかいになって、言われたままに動いちゃう?

裁判官:「今、依頼者のおつかいになっている先生が多いんですよね

弁護士:「
依頼者の言われたままに動いちゃうような代理人ですか

裁判官:「
ええ。無理な主張を平気でしてくるので、本人訴訟と同じになっていて。それじゃあ、弁護士ではないでしょう、みたいな

弁護士:「
確かにそれはありますね。(中略)代理人間でも、本来だったら和解で落とせるところだけど、この先生は説得できないし、事情もちゃんと伝えられていないだろうから、結局、証拠調べして判決をしないといけないっていう残念なケースがありますね

小さな趣味の世界の裁判でも、こうしていくつも経験して来ると、司法や裁判制度にも関心を持つようになり、それらに関連した本も読むようになります。

冒頭の会話は「裁判官! 当職そこが知りたかったのです。-民事訴訟がはかどる本-」(学陽書房)という書籍からの引用です。(※本文中の固有名詞は敢えて伏せました)

実は、私が代理人を選ぶ際の一番重要な点は、まさにこちらの言いなりにならないかどうかであり、これはアクトクラブ員も同じだと思います。

無理な主張、不要な主張があればそれを指摘し、正してくれてはじめて代理人をお願いする意味があるのであって、私たち依頼者の「おつかいになって」、「言われたままに動いちゃう」ようでは弁護士費用を払う意味がないと私は考えています。

主張自体や主張の仕方で、弁護士の先生方としばしば激論になることもありますが、それはそれでとてもいいことだ思っています。

少なくとも、裁判の記録は一生残るものですから、TICAメンバーとして、TICA公認クラブの代表として、後から誰が読んだとしても決して恥ずかしくない主張をしていきたいと思います。

特に、TICAのルールの理解や解釈については適切かつ正確でありたいですし、判例の引用についても“屁理屈”や無理筋の強引なものであると私が感じれば、たとえ弁護士の宣誓が苦労して探してきたとしても、準備書面や証拠に入れることには同意しません。

キャットショーの場だけではなく、どんな場においてもTICAメンバーとして恥ずかしくない言動を取ることが、TICA Asia East Regionの組織風土に自浄作用を働かせ、健全化を促すのだと思っています。

2019年1月14日 (月)

第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”(27)

被告側エントリークラークのこの主張が2014年6月1日のショーの前後であったなら、あるいは「出陳拒否」裁判が提起された(2017年5月31日)直後であったなら、まだ許せたかもしれません。

しかし、2014年6月のショーから4年半、そして裁判の提起から1年半経ってなお、「
原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)はACC4月ショーにおいて、ショールールに違反してスプレンダーにポイントを付与し、世界中に甚大な影響を与えた」と主張し続けています。

私はこうしたところにある種の”異常性”というか、許し難い”悪質さ”を感じてしまうのです。

被告側エントリークラークにとっても、そして代理人弁護士においても、TICAのルールを読み返す(=確認する)時間はい くらでもあったはずです。

TICAにおいて、Award Pointを付与するのは誰なのか、誰が付与したり、剥奪したり、無効にしたりできるのか--。

いちいちルールを読み返さなくても、一般TICAメンバーにそんな権限がないことは明らかですし、ルールを読み直しさえすれば一目瞭然であり、そうであるにも拘わらず、どうして今なお執拗に同じ主張を繰り返すのでしょうか。

世界中に甚大な影響を与えた」という主張が正確な表現であるかどうかの検証も同様です。

2014年6月のショーから4年半、そして裁判の提起から1年半経つわけですから、本当に「世界中に甚大な影響を与えた」と言えるのかどうか、何度となく確認作業を繰り返せたでしょう。

ところが、被告側エントリークラークにおいても、代理人弁護士においても、そうした確認作業を繰り返したようには感じられません。

というのも、同じ主張を繰り返すだけで、こちらがいかに反論してもそれを裏付ける証拠も根拠も一向に示さないからです。(もしかしたら結審直前に出してくるのかもしれませんが…)

正当な理由や合理的な根拠を示さない主張こそ、”いじめ”や”嫌がらせ”の本質であり、まさに私は司法の場においてそうした”仕打ち”を受けているのだということを、被告側エントリークラークも代理人も理解すべきだと思っています。

私にしてみれば、司法の場が合法的な”いじめ”や”嫌がらせ”をされる場になっているのだということを改めて強調しておきたいと思います。

2019年1月13日 (日)

第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”(26)

原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)はACC4月ショーにおいて、ショールールに違反してスプレンダーにポイントを付与し、世界中に甚大な影響を与えた」という被告側エントリークラークの主張--。

昨日の続きで、もうひとつ理解できないのは、簡単に反論されることが分かっているのにどうしてこのような主張を敢えてするのかという点です。(被告側エントリークラークも代理人弁護士も「容易に反論なんてできないだろう」と思っているのかもしれませんが…)

被告側エントリークラークは本当に、一般のクラブ員がAward Pointを付与するか否かを決められると思っているのでしょうか?

そして被告側エントリークラークの代理人弁護士は何の疑いもなく、TICAにおいては一般のクラブ員がAward Pointを付与するか否かを決められると思っているのでしょうか?

もし依頼人が間違った主張をしたり、事実誤認をしたり、勘違いたりしていたなら、そのことを指摘し、正してあげるのも代理人の重要な仕事のひとつだと私は思うのです。

もちろん、依頼人の主張に何の疑問を呈することなく、唯々諾々とその主張を書面に綴ってあげれば、依頼人は喜ぶかもしれません。

しかし、私はそれが本来の「弁護」のあり方だとは思いません。(単なる浅薄な素人考えかもしれませんが…)

間違った主張をしたり、事実誤認に基づいた主張をすれば、それは容易に反論に遭い、結局、依頼人の主張の信用性に傷が付くことになりかねないと私は思うからです。

「世界中に甚大な影響を与えた」と本当に言えるのかどうか--。(トランプ米大統領の言動であれば私はこうした表現をしても許されると思っています)

誇張した表現ではないのか、的を射た正確な表現かどうかを自問自答しながら綴る一方、もし依頼人が過激な表現で主張したなら、それを正すのが弁護士の本来の役割のように思えます。(これも素人考えかもしれませんが…)

そうしたチェック機能を全く果たさずに、依頼人の主張を右から左に「準備書面」に綴ることが裁判戦略上は常套手段であったとしても、私にはまともなやり方とは思えませんし、原告・被告を完全に修復不可能な地平に誤導しかねないと危惧しています。

2019年1月12日 (土)

第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”(25)

前セクレタリー(現Asia East Region Director)の「出陳拒否」裁判は代理人を立てない本人訴訟ですが、第3のクラブにおける「出陳拒否」裁判で被告側エントリークラークは代理人弁護士を立てています。

そうであると、私には理解できないことが出てきます。

原告屋和田及び原告○○はACC4月ショーにおいて、ショールールに違反してスプレンダーにポイントを付与し、世界中に甚大な影響を与えた」という主張は本人だけではなく、代理人もまたその主張に間違いがないと考えていることを意味すると思われるからです。

代理人弁護士はTICAのルールを確認した上で、それでも敢えてこのような主張を「準備書面」に綴ったのでしょうか?

それとも、被告側エントリークラークの主張を”鵜呑み”にして、TICAのルールを自ら確認することなく、このような主張を「準備書面」に書いたのでしょうか?

もし、私が弁護士なら(なれるわけありませんが…)、被告側エントリークラークがこのような主張をしたとしても、自分でTICAのルールを確認して「その主張は間違っているのではないですか?」「ポイントを付与するのはTICAではないのですか?」と質したことでしょう。

少なくとも私が弁護士なら、どうして(あるいはどのようにして)原告らが「スプレンダーにポイントを付与し」たと言えるのか、また、どの「ショールールに違反して」そのようなことが可能になったのか説明し てくださいと被告側エントリークラークに再確認したことでしょう。

被告側エントリークラークの主張を裏付け確認することなしに「準備書面」に綴るのは楽かもしれませんが、私が弁護士ならそうはしません。

今回の件で言えば、明らかに間違ったことを書いたわけですし、代理人の利益を最大限に考えるのが弁護士であるなら、事実に反したことを準備書面で書くことは決して代理人の利益にならないばかりか、不利益にさえなりかねないと思うからです。

(もしかしたら裁判戦略上の深謀遠慮があって敢えてこうした主張をしたのかもしれませんが…)

世界中に甚大な影響を与えた」というくだりもそうです。

私が弁護士であったなら、仮に依頼人がそのように言ってきても(あるいは何か文章で書いてきても)、「それはちょっと大袈裟で誇張した表現ではないかと思います」と諭し、「世界中のTICAメンバーに影響を与えた」と書き直したことでしょう。

このような事実に基づかない主張が次から次へと出てくる(あるいは執拗に続く)ことがまかり通るなら、裁判はいつまでたっても終わらないし、終わっても禍根を残すだけになるのではないかと思ってしまいます。

2019年1月11日 (金)

第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”(24)

第3のクラブの被告側エントリークラークの主張は、「原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)はACC4月ショーにおいて、ショールールに違反してスプレンダーにポイントを付与し」たということに留まりません。

その後ろに「世界中に甚大な影響を与えた」とまで付け加えているのです。

元アジアディレクターは「世界中を震撼させた」などと言いましたが、被告側エントリークラークの主張はそれに匹敵する”妄言”としか私には思えません。

「甚大」とは、「物事の程度が非常に大きいさま。はなはだしいこと」(三省堂「大辞林第三版」)を意味します。

こんな小さな趣味の世界の出来事が「世界中に甚大な影響を与え」ることなどあり得ないことは誰の目から見ても明らかでしょう。

仮に、この「世界中に」を「世界中のTICAメンバーに」と補ったとしても、”妄言””虚言””暴言”の粋を出ないのではないかと私には思えます。

確かに、被告側エントリークラークは「悪影響」と言っているわけではありません。

しかし、「甚大な好影響」という言葉遣いをしていないことからも、被告側エントリークラークの「影響」が言外に「悪影響」を意味していることは想像に難くありません。

何より、「世界中に甚大な影響を与えた」と主張するのであれば、合理的な疑いを差し挟む余地のない証拠によって、その事実を裏付けなければなりませんが、被告側エントリークラークは今なお合理的な根拠を示して立証していないのです。

原告屋和田及び原告○○はACC4月ショーにおいて、ショールールに違反してスプレンダーにポイントを付与して、世界中に甚大な影響を与えた」が司法の場における主張だとしても、私には”悪意”に基づく”悪質”な印象操作としか思えません。

こんな主張がまかり通るのであれば、TICAのショーにおける楽しみや親しみなど遠のくばかりであるばかりか、TICAの信用と評判をも貶めることにつながりかねないと私は強く懸念しています。

2019年1月10日 (木)

第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”(23)

第3のクラブの被告側エントリークラークは東京地裁において、「原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)はACC4月ショーにおいて、ショールールに違反してスプレンダーにポイントを付与し…」と主張しました。

しかし、アワードポイントを付与するかしないかを決定し、そのポイントを計算し、ランキングを決めるのはTICA本部であって、クラブでもなければショーコミッティーでもありません。

そのことはボードの審議を見ても明らかです。

2013年5月28日、TICAの緊急ボードミーティングが開催され、ディレクターの1人が、「2013年4月29日のアクトショーにおけるショーコミッティメンバーの猫のポイントを無効にする」旨の動議を提出したのです。

この動議ひとつ取って見ても、アワードポイントの付与の権限がTICA本部(あるいはTICAのボード)にあることが分かるはずです。

ボードは審議の結果、この動議を否決しました。

つまり、ボードは「スプレンダー」を含むショーコミッティメンバーの猫のアワードポイントを無効にしなかった(=付与することを改めて決めた)わけです。

私たちがボードメンバーに対して何らかの”ロビー活動”をしたとか、あるいは私たちがボードメンバーを”買収”して、この動議を否決させたというのであれば、被告側エントリークラークの主張も全く的外れではないと言えるかもしれません。

ですが、私たちはこんな緊急ミーティングが開かれたことも知らなければ、そんな動議が提出されていたことさえ知らなかったのです。

それにもかかわらず、第3のクラブの被告側エントリークラークが今なお、「原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)はACC4月ショーにおいて、ショールールに違反してスプレンダーにポイントを付与し」たと主張するのはどうしてなのでしょうか。

こうした的外れな主張の背後に、本当に“敵意”や“悪意”、”害意”がないと言えるのでしょうか。

すでに5年以上経過するなかで、今なおこうした主張を執拗にし続けるのは、“敵意”や“悪意”、”害意”があるからとしか私には思えないのです。

2019年1月 9日 (水)

「嘘に慣れるな、嘘を止めろ」……(2)

宝島社のHPには今回の企業広告の意図が掲載されていますので、引用します。

テーマは『嘘』です。

気がつくと、世界中に嘘が蔓延しています。

連日メディアを賑わしている隠蔽、陰謀、収賄、改ざん…。

それらはすべて、つまりは嘘です。

それを伝えるニュースでさえ、フェイクニュースが飛び交い、何が真実なのか見えにくい時代になってしまいました。

人々は、次から次に出てくる嘘に慣れてしまい、怒ることを忘れているように見えます。

いまを生きる人々に、嘘についてあらためて考えてほしい。

そして、嘘に立ち向かってほしい。

そんな思いをこめて制作しました
」--。

小さな趣味の世界も、「気がつくと」、「嘘が蔓延して」いました。

そして、私の目にも、みなさんが「次から次に出てくる嘘に慣れてしまい、怒ることを忘れているように見えます」…

「嘘」は「嘘」で塗り固めないと「嘘」がバレてしまいますから、次から次へと「嘘」を生み、いつの間にか「嘘」が蔓延し、「嘘」で雁字搦めになって、唯々諾々と「嘘」に従わざるを得なくなります。

「嘘」に惑わされたり、振り回されたりしないためには、「嘘」から逃げるのではなく、「嘘」に立ち向かわなければなりません。

「嘘」が幅を利かせる限り、みんなが仲良く楽しむことなどできないことを改めてひとりひとりが認識したいところです。

※「第3のクラブ『出陳拒否』裁判、今なお続くアクト”叩き”」は休みました。

2019年1月 8日 (火)

「嘘に慣れるな、嘘を止めろ」……(1)

小さな趣味の世界と言えども、全く同じことが言えると思わずにはいられません。

昨日掲載された宝島社の2種類の新聞広告が大きな話題となっています。

ひとつは読売新聞と日刊ゲンダイに載った「敵は、嘘。」--

「いい年をした大人が嘘をつき、謝罪して、居直って恥ずかしくないのか」

「この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく」

「嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ」

もうひとつは朝日新聞に掲載された載った「噓つきは、戦争の始まり。」--

「今、多くの指導者たちが平然と嘘をついている」

「今、人類が戦うべき相手は、原発よりウイルスより温暖化より嘘である」

「嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ」

私に言わせれば、「噓つきは、いじめの始まり」であり、「差別の始まり」であり、「パワハラの始まり」でもあります。

小さな趣味の世界に巣食う”嘘”をひとつひとつ暴き出し、潰していかない限り、平和でみんなが仲良く楽しめるようにはならないでしょう。

世界や国のことを言っているのだと思わず、身近な小さな趣味の世界でも「嘘に慣れるな、嘘を止めろ」運動が広がることを願っています。

※「第3のクラブ『出陳拒否』裁判、今なお続くアクト”叩き”」は休みました。

2019年1月 7日 (月)

第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”(22)

原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)はACC4月ショーにおいて、ショールールに違反してスプレンダーにポイントを付与して世界中に甚大な影響を与えた」--。

第3のクラブの被告側エントリークラークは東京地裁に提出した被告「準備書面」でこんなことまで主張しました。

被告側エントリークラークの言葉を借りれば、これこそ「虚偽の主張をしてでも」私たち原告側を「陥れたいという」被告側エントリークラークの「意向の表れである」としか思えません。

TICAメンバーでなくても、TICAのショーのビギナーであっても、いちクラブやクラブ員がアワードポイントを付与する権限など持っていないことは理解しているでしょう。

審査においてファイナルに残る猫を決め、ファイナルの順位を決めるのがJudgeなら、その順位に応じてアワードポイントを付与するのはあくまでTICA本部であり、私たち一般のTICAメンバーではどうしようもありません。

それをあたかも、私たちが「ポイントを付与し」たなどと主張することは、まさに被告側エントリークラークに濡れ衣を着せようとする”敵意”や”悪意”がある証拠かと疑っても仕方ないのではないでしょうか。

しかも、「ショールールに違反して…」という修飾句まで付けているわけです。

私たちがアクトショーにおいて、どうやって「ショールールに違反して」、「スプレンダーにポイントを付与し」たというのでしょうか。

ショールールのどのルールに違反して、どうすればクラブやショーマネージャーや出陳者が自分の猫に「ポイントを付与」することができるというのでしょうか。

2013年4月29日のアクトショーから5年以上が経つ今なお、被告側エントリークラークがこのような主張をしていることに、私は強い憤りを感じずにはいられません。

このような主張はTICAのAward Ran,kingの信用性を貶める重大な事実誤認であり、こんなまかり通るのであれば、誰もTICAのAward Ran,kingなど信用しなくなってしまうでしょう。

改めて強調しておきますが、TICAにおけるAward Pointの付与(Award Pointの剥奪や無効もですが…)はTICA本部が決めるのであって、クラブ代表者であってもショーマネージャーであってもどうすることできないのです。

2019年1月 6日 (日)

第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”(21)

(2013年4月29日の)ショーにおいて原告○○(アクトクラブ員)がショーマネージャーを務めていたことに鑑みれば、同人による出陳申込みについて(中略)ショールール23.6.5に該当することは明らか」だという第3のクラブの被告側エントリークラークの主張…。

これが一般的な社会通念に照らし合わせても常識外れであることは、普通のTICAメンバーの目には明らかではないでしょうか。

Show Rule23.6.5は、出陳者(あるいは出陳猫)の過去の言動(Prior conduct)がdetrimental(損害を与えるほどに有害)であった場合に適用できるものであり、次のような場合であることは常識あるTICAメンバーなら暗黙の共通認識だと考えられるからです。

・ショー会場で別の出陳者の財布を盗んだ。

・ショー会場で審査中にもかかわらず他の出陳者を平手打ちにするなど暴力を振るった。

・ショー会場で審査中にもかかわらず、審査結果の不満を大声でわめき散らした。

・ショー会場で酒に酔ってジャッジや他の出陳者・見学者に暴力を振るったり暴言を吐いたりした。

・ショー会場でセクハラ、パワハラ等のハラスメント行為を働いた。

・ショー会場で猫に対し、動物虐待行為や虐待紛いの行為を行った、あるいはそれを黙認したり、手伝ったりした。


ある出陳者において、こうした言動が過去にあれば、ショーコミッティーメンバーならずともほぼ全員が「出陳拒否」に賛意を示すのではないでしょうか。

しかし、第3のクラブのエントリークラークがしたことは、2013年4月29日のアクトショーのショーマネージャーとして何らかの責任が生じたとしても、その1年後に行われた第3のクラブのショーにおいて出陳者としての責任を取らせて「出陳拒否」したものだったのです。

こうした”非常識”さに鑑みても、そこにはある種の”敵意”と”悪意””害意”があったと見る方が自然ではないでしょうか。

こんな筋違いで恣意的な「出陳拒否」がまかり通るのであれば、誰ひとりショーマネージャーに就きたいとは思わなくなるばかりか、TICAのショーに対する信用と評判をも傷付けることになるのではないかと憂慮しないわけにはいきません。

2019年1月 5日 (土)

第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”(20)

(2013年4月29日の)ショーにおいて原告○○(アクトクラブ員)がショーマネージャーを務めていたことに鑑みれば、同人による出陳申込みについて(中略)ショールール23.6.5に該当することは明らか」--。

第3のクラブの被告側エントリークラークは東京地裁に提出した被告「準備書面」でこんな主張もしました。

ショーマネージャーを務めていたアクトクラブ員において、どのような責任があったのかについては、「スプレンダーを世界1位にするために制度を悪用し、到底フェアとは言えない方法で開催」したという被告側エントリークラークの主張を前提としているようです。

しかし、ここまで見てきたように、アクトクラブ員がTICAの「制度を悪用し」たという主張は立証されておらず、「到底フェアとは言えない方法で開催」したということも立証されていません。(そもそもそんな事実はなく、濡れ衣であるというのが原告側の主張です…)

ここで百歩譲って被告側エントリークラークの主張が正しかったとしても、被告側エントリークラークの「23.6.5に該当することは明らか」という主張は全く理解できません。

なぜなら、TICAのShow Rule 23.6.5は出陳者のエントリー資格を規定した第3条におけるルールであって、23.6.5自体も出陳者としての過去の言動を対象としているからです。

一般的な社会常識から言っても、仮にショーマネージャーとして何らかの問題があって、何らかの責任が生じたのであれば、ショーマネージャーとして責任が問われるのであって、出陳者として責任を負わせることなど考えられません。

それを敢えて出陳者として責任を負わせたのですから、被告側エントリークラークの言葉を借りれば、被告側エントリークラークこそ、TICAのShow Rule 23.6.5を”悪用”し、到底フェアとは言えない方法で何の罪もない出陳者を”排除”したとしか私には思えないのです。

2019年1月 4日 (金)

第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”(19)

ACC4月ショーは、原告○○(アクトクラブ員)が所有するスプレンダーを世界1位にするために、制度を悪用し、到底フェアとは言えない方法で開催された」--。

第3のクラブの被告側エントリークラークは東京地裁に提出した被告「準備書面」でこう主張しました。

しかし、被告側エントリークラークは、原告のアクトクラブ員がTICAのどの「制度」を、いかにして「悪用」したのか…。

そして仮に被告側エントリークラークの主張どおり「悪用」したにしても、それがスプレンダーを世界1位にするためであったとどうして言えるのか…については、疑いを差し挟む余地のない根拠を示して立証していません。

2013年4月29日のアクトショーが「到底フェアとは言えない方法で開催された」とも執拗に主張し続けていますが、どうして「到底フェアとは言えない方法」だと言えるのかについて、被告側エントリークラークは合理的な根拠もその裏付けも示していません。

被告側エントリークラークは、単純に「フェアとは言えない方法で開催された」と主張するのではなく、「到底」という、打ち消しを強調する副詞を使って主張していますから、立証に関しては余程の自信があるように見て取れます。

ですが、何を以て「フェア」といい、何を以て「フェアとは言えない」といえるのか、さらになぜ、それが単に「フェアとは言えない」ではなく、「到底フェアとは言えない」となるのかについて、被告側エントリークラークは今なお十分な説明を尽くしていません。

合理的な根拠や裏付けを示さず批判だけするのは”誹謗中傷”と変わらず、それを司法の場とは言え執拗に続けるのは私に対する”嫌がらせ”やアクト”叩き”以外の何ものでもないと私には映ります。

2013年4月29日のアクトショーに対し、「制度を悪用し、到底フェアとは言えない方法で開催された」と主張することは、私やアクトを陥れたいという被告側エントリークラークの意向の表れとしか思えないのです。

こんな主張がまかり通るなら、何を以て「フェアなショー」と言えるのか分かりませんし、ルールに則ってショーを開催しても、「到底フェアとは言えない」と後ろ指さされることになり、TICAのためにならないばかりか、キャットショー業界の“否定”につながりかねません。

2013年4月29日のアクトショーから5年以上経つ今なお、こうした主張をし続けるところに、私は怖ろしさと共に言いしれぬ不安を覚えます。

2019年1月 3日 (木)

TICA Asia East、「未来志向」への挑戦(3)

TICAという団体において、果たして「エンターテインメント」性と「競技」性の両方を兼ね備えることができるでしょうか…。

いわゆる「格闘技」と「ボクシング」が別々の団体において活動し、交わることのないように、TICAにおいてこの2つを両立することは無理であり、どちらか二者択一しかあり得ないと考える向きもあるかもしれません。

しかし、私の考えは違います。両立できると考えています。

それは、Region事務局、クラブ代表者、Judge、TICAの有資格者(クラーク)が「競技」性を徹底することで厳密なルールに基づいたショーを提供し、それを一般出陳者や見学者に「エンタ ーテインメント」としても思う存分楽しんでもらうということに他なりません。

TICA Asia East Regionの問題の根本は、Region事務局、クラブ代表者、Judge、TICAの有資格者において「競技」性を蔑ろに(あるいは軽視)しているところにあると言わざるを得ません。

Region事務局、クラブ代表者、Judge、TICAの有資格者においては、「競技」性を徹底したうえで、その土台の上に「エンターテインメント」性を築かねばなりません。

しかし、Region事務局、クラブ代表者らがその役割と責任を”放棄”し、自らが「エンターテインメント」性を享受しようとするところに”病巣”と称していいぐらいの問題が横たわっていると私には映ります。

もし、一般出陳者や見学者において、TICA Asia EastRegionのショーが面白くない、つまらないという感覚を覚えるのであれば、その問題の本質は、Region事務局、クラブ代表者らが、「楽しんでもらう」ことに対する責務を果たしていないところにあるでしょう。

ここで言うところの「楽しんでもらう」というのは、単にお土産を多くしたり、お弁当やお菓子を豪勢にしたり、くじ引きなどショー内でのイベントを充実させることではありません。

もちろん、それらもショーを彩り飾る大切な要素と言えるでしょうが、それは「競技」性の土台を築くこととは全く関係がありません。

Region事務局が高度なガバナンス性を発揮してRegion運営に携わり、クラブ代表者と有 資格者がTICAのルールやショー運営に精通し、Jusgeは修行僧のように日々、「Standard」の勉強やハンドリングスキル等を磨いてこそ、「競技」性が徹底されていくのです。

その意味において、Region事務局、クラブ代表者、Judge、TICAの有資格者が誰一人取り残されることなく、「楽しんでもらう」ための「競技」性の土台に果たす自らの責務を認識し、取り組むことが「未来志向」への挑戦となるのです。

※「第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”」は休みました。

2019年1月 2日 (水)

TICA Asia East、「未来志向」への挑戦(2)

大晦日の格闘技、「那須川天心VSフロイド・メイウェザー」--。

ボクシングルールのエキシビションマッチとして行われた結果(メイウェザーが3度のダウンを奪って1回TKO勝ち)はご存知の通りですが、その後もこのイベントそのものに対する評価については真っ二つに分かれているようです。

なぜ、このブログで敢えて取り上げるかというと、争点のひとつが確実に猫界にも当てはまるからです。

それは、ある意味でルールに拘らない「エンターテイメント」(=格闘技)なのか、厳密なルールに基づいた「競技」(=ボクシング)なのかという問題です。

今、TICA Asia Eastにおいて争われている「出陳拒否」裁判の根にあるのは、キャットショーがある意味でルールにあまり拘らないエンターテインメントに軸足を置く人たちと、私のようにルールを尊重した「競技」の側面に軸足を置く人の”対立”にあると思っています。

かつて「200年に1人の天才」と呼ばれたボクサーはある報道で、このエキシビションマッチについて「ボクシングはそんなに甘いものではありません。見世物とボクシングは根本的に違うのです」と指摘していました。

彼は那須川天心自身に対しても、「日本の格闘技界という狭い世界では通用しても、世界中の強者がひしめき合うボクシング界では生き抜けないでしょう。ボクシングとは、それだけワールドワイドな競技なのです」と語っていました。

そもそも主催者であるRIZIN実行委員長も試合終了後の記者会見で、「『競技』をやる気は全く無いんです。競技化してばいくほどつまらないものになると思っている」と認めていました。

猫界において私と対立する人たちにあっては、「ルール、ルールと言えば言うほど、キャットショーはつまらないものになる」と言いたいのだと思います。

しかし、キャットショーは(特にTICAという歴史ある国際団体は…)、「エンターテインメント」性と「競技」性の両方を兼ね備えたものであり、しっかりした「Standard」に基づいて国際的なAward Rankingを発表しており、その「競技」性を軽視できないことは明らかです。

私もTICAのキャットショーにおける「エンターテインメント」性を否定するつもりも軽視するつもりもありません。

しかし、TICA Asia East Regionはこの10年、15年、いやその前から、あまりに「競技」性をおざなりにしてきたとしか思えません。

私が言いたいのは、ショーキャットを創り出し、Award Rankingを走るのは甘いものではなく、Asia East Regionという狭い地域では通用しても、世界では生き抜けない--TICAのキャットショーはそれだけワールドワイドな「競技」であるということなのです。

TICA Asia Eastが「未来志向」のもとで一致団結して健全な発展に取り組むのであれば、「競技」性の重要性を全員が再認識し、尊重することだと思っています。

※「第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”」は休みました。

2019年1月 1日 (火)

TICA Asia East、「未来志向」への挑戦(1)

明けましておめでとうございます。

日本は新たな元号に入るとともに、TICA Asia East Regionは早いものでDirector選挙の年を迎えます。(世の中的には統一地方選と参院選もありますから、”選挙YEAR”と言えるかもしれません)

平成が「停滞の30年」とするなら、TICA Asiaも「停滞の10年」あるいは「停滞の15年」と言え、Directorが代わっても「停滞」し続けたのではないでしょうか。

それを脱するにはTICA Asia Eastメンバー全員が「未来志向」の発想で心機一転、出直すしかありませんが、言葉だけ唱えても無意味であり、掛け声倒れに終わってしまってはTICA AsiaEastのためにならないばかりか、有害ですらあるでしょう。

過去を直視し、清算することのない「未来志向」がどうなるかは、未来志向の関係構築をうたった「日韓共同宣言」が発表されて昨年で20年経った日韓関係を見れば火を見るより明らかです。

訳のわからない言い訳をしたり、言い逃れするために苦し紛れに”ゴール”を動かすようなことをしていては、真の「未来志向」など遠のくばかりで実現はおぼつきません。

過去をしっかり直視し、反省した上で、何を以て「未来志向」と言うのか(あるいは「未来志向」とするのか)を具体的に示し、それを着実に実行していくことが求められています。

忌まわしい歴史、恥ずかしい過去にしっか り向き合わずして「未来志向」に”命”は宿らず、根付くことは決してありません。

過去の問題とは別に(あるいは不問に付して…)、「未来志向」的な協力を模索すべきであるとの意見もあるかもしれませんが、それは表面だけを繕うだけに終わり、真の「未来志向」にはつながらないと思っています。

TICA Asia Eastの全メンバーが真の「未来志向」の実現に向け、一致協力し、猪突猛進していくことを願ってやみません。

※「第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今なお続く執拗なアクト”叩き”」は休みました。

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