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2018年4月16日 (月)

続・「出陳拒否」裁判Part2、被告側の主張を検証(4)

『オウム真理教』といった過激な単語を使い表現することはもはや批判にとどまらず…

アクトのブログについて、前セクレタリー(現Asia Director)は「準備書面(1)」で、このように主張しましたが、これもまた、常識を逸脱した”暴論”としか思えません。

なぜなら、前セクレタリーは「オウム真理教」という固有名詞を使った表現そのものを問題視しているからです。

もし、前セクレタリーの主張に従い、「『オウム真理教』といった過激な単語を使い表現することはもはや批判にとどまら」ないというのであれば、

「オウム真理教のしたことは決して許してはならない」

「オウム真理教の教徒のように自ら判断せず、唯々諾々とトップの命令に従ってはならない」

「オウム真理教のような集団・組織であってはならない」

といった文章全てが問題であるということになってしまいます。

”被害妄想”的な思考でない限り、普通のまともな大人であれば、いかに過激な言葉であっても、それ自体を使って表現することは避けられないのであって、文脈においてどのような使われ方をしているかを考え合わせて判断するでしょう。

司法の場において、このような”非常識”とも思えるような主張をすることが、TICAのBoard Memeberとして、Asia Directorとして相応しいかどうか…。

前セクレタリーにはぜひとも自問自答して頂き、反省すべき点は猛省し、この裁判のあいだに撤回か訂正をして頂ければと思います。

「過ちてこれを改むれば、これ過たざるなり(=過ちを犯しても改めれば、それは過ちとはいわない)」

「過ちて改めざる、 是れを過ちと謂う(過ちを犯して、そのままにして改めようとしない。それが本当の過ちである)」--。

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