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2018年2月

2018年2月28日 (水)

【重要】TICA Aisa Regionの名称が変わります!

現Asia Directorが欠席の状態で、先のTICA Winter Board Meetingにおいて、Asia Regionを巡る重要な決議がありました。(※現Asia Directorについて議事録では「unable to attend」という表現になっています)

まず、5月1日から「Asia West Region」が誕生します(決議50)。名称は「Asia West」となっていますが、構成国は「中国」となっています。

「決議50」の原文では「only include China」となっており、香港や台湾についての記載はありませんが、Agenda(議案)の段階では香港、台湾も含まれたリジョン再編案となっていました(注1)。

「Asia West Region」の新しいDiectorは選挙で選ぶことも決まりました(同)。

また、「Asia West Region」のAssociate Directorとして、日本と馴染みの深いLisa Dickieさんが任命されました(決議51)。

上記の「Asia West Region」誕生に伴い、今の「Asia Region」の名称は5月1日から「Asia East Region」に変更になります(決議52)。

注1)香港は中国に返還されていますから、「China」とする場合、香港を含むと考える方が自然といえるでしょう。台湾は国際的には「地域」であり、日本政府も「国」ではないとの立場です。

アクトクラブ員によれば、新聞で「台湾」を記載する際は、「国」ではなく「地域」として扱い、例えば「日本、韓国、台湾」といった場合、「3カ国」ではなく、「3カ国・地域」と記載するそうです。

※「時代の流れと真逆に進むTICAアジア」は休みました。

2018年2月27日 (火)

【続報2】アクト、4月末ショーのご案内

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アクトの4月末ショーについてですが、ジャッジ依頼書を送ったにもかかわらず、まだご返事を頂けていない方はお一人だけになりました。(※お返事を頂いていませんでした3人の方のうちお2人からはお返事を頂きました。ありがとうございます)

郵送した「依頼書」は宛先不明で戻ってきていませんから、届いたものと思われます。

依頼を断るつもりであれば返信期日までに送り返してきたでしょうから、もしかすると引き受けるかどうか思案しているところなのかもしれません。

さすがにTICA公認クラブとして正式にジャッジ依頼を要請したので、それを無視することはないと思いますし、無視することなどあってはならないことですから、今しばらく回答を待ちたいと思います。

TICAのショーはどこのクラブが開いても、出陳者にとってはTICAのショーであり、そこに属人的な”恩讐”を持ち込むことは、出陳者に対して失礼であると私は考え、今回も全ての日本のジャッジのみなさん(一部遠方を除く)に依頼書をお送りした次第です。

最後のお一人のジャッジからの返信が届き次第、最終的に詳細を固め、発表したいと思います。

TICAのショースケジュールをご覧頂けば分かるかと思いますが、今年は例年に増して年度末のショーが多くなっています。

特にINリジョンでは年度末に中国で多くのショーが各地で開かれます。

最後の最後のポイント獲得状況で、ランキングの変動もありそうです。

幅広いみなさまにご参加頂ければ幸いです。

※「時代の流れと真逆に進むTICAアジア」は休みました。


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2018年2月26日 (月)

平昌冬季五輪閉幕、「OAR」の教訓に学ぶこと…

平昌冬季五輪が閉幕しました。

初めて五輪に採用された種目があった上に、多くの”ドラマ” がありましたから、話題には事欠かなかったかと思います。

もちろん、私自身も手に汗握ったり、素直に喜んだりと、 色々な感動をさせてもらいましたが、 このブログで取り上げたいのはたったひとつのことです。

それは「OAR」--。これが正確に何の略かご存知でしょうか?

「Olympic Athlete from Russia」の頭文字です。

2014年ソチ冬季五輪での組織的なドーピングが指摘された問題 で、平昌冬季五輪参加を禁じられたロシアから、 潔白を証明した選手が同国の国歌や旗を使わない個人として参加したものです。

国際オリンピック委員会(IOC) は169選手に個人資格を認めましたが、 うち1人が辞退したため、168選手が参加しました。

オリンピックの精神は「参加することに意味がある」 わけですから、 参加を禁じるに当たってはそれなりの正当な理由と根拠が必要であり、 IOCも検討に検討を重ねた上で最終決断したことは当時の報道のとおりです。

翻ってTICAのショーも、誰にでも開かれたものであり、「 参加することに意味がある」 という面ではオリンピックと同じと言っていいでしょう。

ですから、仮に参加禁止(=「出陳拒否」)を認めるとしても、よほど重大な問題があって、 その重大性について慎重に検討を重ねた結果でなければならないはずです。

しかし、TICA Asiaで起きた度重なる「出陳拒否」は、 一部の心ないメンバーによる”恣意的”な独断によるもので、 それも”排除”を狙っての「出陳拒否」だったことからも、極めて“悪質” であったと思わざるを得ません。(※一部の「出陳拒否」 は今も係争中です)

しかも、キャットショーの場合、主役は「猫」であり、その「猫」 には何の罪もないわけです。

その「猫」のエントリーを正当な理由と根拠なく「拒否」するというであれば、TICA Asiaのキャットショーには”Sportsmanship” のかけらもないと批判されても仕方ないのではないでしょうか。

さらに言えば、「『出陳拒否』 はおかしい!」という声が上がるかと思いきや、 多くのメンバーが見て見ぬふりをして容認したり、“加担” したりしてきました。

小さな趣味の世界だけに“生きる”のではなく、世界に目を転じれば、実に多くの学ぶ機会があるのですが、猫界はどうも違うようです。

平昌冬季五輪から、明日のTICA Asiaのために、何を教訓として得るのか--。

そんなこともTICA Asiaメンバーひとりひとりが考えていけば、よりよいTICA Asiaに近付いていくのは間違いはいはずなのですが…。

※「時代の流れと真逆に進むTICAアジア」は休みました。

2018年2月25日 (日)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(10)

TICA Asiaに決定的に欠如しているものは何でしょうか。

このシリーズでは、「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を取り上げてきましたが、もうひとつ挙げるとすれば、それは「勇気」でしょう。

世の中を見回せば、ありふれた市民的「勇気」というものを至るところに見つけることができますが、TICA Asiaという小さな趣味の世界ではほぼ皆無と言っていいでしょう。

どうすれば、これだけ集ってくるのかと不思議なぐらい、「勇気」の欠如した人々の集団です。(もしかすると、実生活では「勇気」を表に出すけれど、趣味の世界では決して表に出さないだけかもしれませんが…)

しかも、こんな小さな趣味の世界で必要とされているのは、世界のテロ組織に立ち向かう「勇気」とか、オウム真理教のような集団と闘う「勇気」ではなく、「それは違うでしょう」「それはおかしい」という類いのちょっとした「勇気」なのです。

ですが、みなさんご存知のように、それすらも全く出て来ない、そうしたちょっとした「勇気」すら”圧殺”してしまうかのような組織風土には驚かされるばかりです。

ちょっとした「勇気」には、高尚な知識や高邁な倫理観など必要ありません。

社会常識と、それこそちょっとした良識のかけらさえ持っていれば、自然と出てくるはずなのです。

「勇気」ある人--。こういうと、あたかもそうした精神的素養をあらかじめ持っている人のように思ってしまいますが、私は違うと考えています。

では、どうして誰にでもあるはずの「勇気」が出て来ず、ただただ見て見ぬふりをして黙認するだけになってしまうのでしょうか。

どうして、ひとりひとりの小さな「勇気」が封じ込められてしまうのでしょうか。

世界各地で、様々な場面で、「勇気」を持って声をあげる人が増えている世界のなかで、TICA Asiaだけ、時代の流れと真逆に進んでいるとしか思えないのです。

2018年2月24日 (土)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(9)

「多様性」の認識を獲得するためには、一歩も二歩も引いて、組織全体を「俯瞰する能力」と、他の組織や社会と「比較対照する能力」が欠かせません。

このシリーズのタイトルを「時代の流れと真逆に進むTICAアジア」とした理由もそこにあります。

小さな趣味の世界にだけで生きていて、社会や時代の流れを俯瞰することができないと、「井の中の蛙」さながらになってしまい、「多様性」をいくら説かれても理解はおぼつかないでしょう。

普段、真面目に会社生活を送っている人なら、その会社の”常識”と比較対照できます。

働いてなかったとしても、地域社会に地に足をつけて生活していれば、近所付き合いや子供の学校のことなどを通じて、やはり比較対照できます。

自営業であっても、取引先やお客さんをとのやり取りを通じて、社会常識と接し、比較対照できるはずです。

もし、「多様性」をいくら説かれても理解できないということであれば、まさに小さな趣味の世界の中でのみ、生きている実感を得られないかとしか思えません。

そして、私にはそれが健全な人の生きる姿とは思えないのです。

世間の常識や社会常識を前提に、その延長線上に趣味の世界があるのであって、世間の常識や社会常識と隔絶した別世界に趣味の世界があるわけではありません。

「多様性」の重要性を認めることが社会の常識であり、時代の流れであれば、趣味の世界だからと言って無視するのではなく、メンバーひとりひとりがしっかり受け止め、受け入れていかなければならないのではないでしょうか。

組織を構成するメンバーひとりひとりが、世間の常識と社会常識を踏まえ、時代の流れに沿った良識を身に付けていくことで、まともな組織風土が醸成され、発展していくのだと思います。

2018年2月23日 (金)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(8)

今も昔も、TICA Asiaで変わらない”脅し文句”は、「Suspension Listに入れてやるわ」ではないでしょうか。

どんなに理不尽なことをされても、どんな不本意なレッテルを貼られようが、身に覚えのない”濡れ衣”を着せられようが、ちょっとでも反論しようものなら「Suspension Listに入れてやるわ」と言われて、泣き寝入りしてしまうケースをこれまで何度も見聞きしてきました。

TICAのルールに詳しくないメンバーや出陳者のためにルール解説すると、「Suspension List」というのはいわゆる”ブラックリスト”のことで、このListに載ると、TICAのサービスを受けられなくなります。

誰かを「Suspension List」に載せるためには、TICA Boardの決議が必要になりますが、決議するためには、誰かが「プロテスト(異議申し立て)」をTICA本部に起こす必要があります。

つまり、「Suspension Listに入れてやるわ」ということは、「TICA本部にプロテストしてやるわ」とほぼイコールとなります。

なぜ、これらが”脅し文句”であるのかというと、「Suspension Listに入れてやるわ」とか「プロテストするわ」とかいったことは、わざわざ相手に告げる必要がないからです。

相手に告げるということは、暗に「Suspension Listに入れられたくなければ、○○しなさい」とか、「プロテストされたくなければ○○するな」といったなかば暗黙の”命令”が含まれていることを意味します。

「主体性」があり、「主体的に判断する」ことができていれば、こんな”脅し”に屈することなく、「どうそして下さい」で終わりなのですが、「主体性」がなく「主体的に判断する」ことができないと、相手に付け入る隙を与えてしまうのです。

「多様性」を“否定”し、「多様性」を尊重する人を”排除”していく組織は、がん細胞のように広がり、果てはオウム真理教さながらの狭量で過激な組織へと変異していかないとも限りません。

“泣き寝入り”するメンバーや嫌気が差して去る人をこれ以上出さないためにも、誰かがどこかで歯止めをかけなければならないとの思いで、今日もブログを綴っています。

2018年2月22日 (木)

【経過報告】アクト、4月末ショーのご案内について

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アクトの4月末ショーについて、途中経過をお知らせします。

13日のブログでご案内した通り、遠方の方を除く日本の全ジャッジに依頼書を送付し、昨夜時点で3人の方以外から全て返信を頂きました。

この3人の方には改めて確認のご連絡を差し上げたいと思っています。

残念ながら、今のところお引き受け頂けるとのご連絡は頂いておらず、この中の2人の方については、すでに別の予定を入れてしまわれたか、海外でのジャッジを引き受けてしまわれており、参加できないとのことでした。

アクトとしてももう少し早く、依頼をしておけば良かったと反省しています。

他のクラブのジャッジなら引き受けるが、アクトのジャッジは引き受けないという方はいらっしゃらないと思いますし、TICAのジャッジとして決してあってはならないことですので、みなさん他のご予定を入れてしまわれたと考えるほかありません。

アクトとしては今後も、依怙贔屓や馴れ合いを排し、TICAのルールに則った公正・公平・中立なショーの開催に努めたいと思っています。

一部では今なお、「出陳拒否」裁判等のことを、ショー開催やショー運営に持ち込むメンバーもいるようですが、アクトでは「ショーはショー」であり、「TICAのショー」であるとの認識のもと完全に切り離して考えています。

また新しい情報や動きがありましたらご報告したいと思います。

詳細はいましばらくお待ち頂ければ幸いです。

※「時代の流れと真逆に進むTICAアジア」は休みました。


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2018年2月21日 (水)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(7)

「多様性」の重要性をいくら説いても、その重要性が分かる人と分からない人がいるのが現実であり、残念なことですが仕方ありません。

ですから、TICA Asiaにあてはめて考えるとき、「多様性」の重要性が受け入れられる”素地”があるかどうかに思いを巡らせねばならないでしょう。

「多様性」の重要性を認識し、受け入れるためには、その人に「主体性」がなければなりません。

教育論の中には、「多様性」を通じて「主体性」を育むというものもあるようですが、私は個々人の根底に「主体性」がなければ「多様性」をいくら説いても根付かないと感じています。

そこで思い当たるのが、「出陳拒否」におけるエントリークラークです。

「出陳拒否」に”加担”した全てのエントリークラークが唯々諾々とクラブオーナーらの指示に従っていました。

つまり、「主体性」がなかったと言 えます。

それはとりもなおさず、「主体的に判断する」ということの”放棄”を意味します。

組織内での「いじめ」や「嫌がらせ」に見て見ぬふりをし、傍観者として”加害者”側に”加担”してしまうのも、結局のところ、その人に「主体性」がなく、「主体的に判断する」ことができないからに他なりません。

TICA Asiaにおいて、「多様性」を認める組織風土を作り上げていくには、その前提としてメンバー、ブリーダー、出陳者ひとりひとりが「主体性」を持ち、「主体的に判断する」ことができるようでなければならないことが分かるかと思います。

2018年2月20日 (火)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(6)

「多様性」と「いじめ」の間に相関関係があることはみなさんも異論のないところではないでしょうか。

組織内で「多様性」が失われるにつれて「いじめ」は増え、逆に「多様性」を認める雰囲気が醸成されるにつれて「いじめ」は減っていきます。

「多様性」というと抽象的な概念なので実感しにくいかもしれませんが、「いじめ」は目に見える具体的な言動ですから分かりやすいともいえるでしょう。

ですから、「いじめ」や「嫌がらせ」が多発する組織においては、たとえ「多様性」が目に見えなくても、失われていることが分かります。

では、TICA Asiaはどうでしょう?

「いじめ」や「嫌がらせ」を見聞きすることはないでしょうか。

それに”加担”したことはないでしょうか。

自ら率先して、「いじめ」や「嫌がらせ」をしたことはないでしょうか。

もちろん、「いじめ」や「嫌がらせ」の”加害者”には、いじめている自覚がないという特徴があり、「いじめ」ではなく”排除”しているだけだとの”詭弁”で正当化する人もいますから、なかなか難しい面はあります。

しかし、”被害者”が存在している以上、”加害者”がどう思っていようが、「いじめ」や「嫌がらせ」はあったと考えるのが今の社会の流れです。

そのことは、「セクハラ」で象徴的に語られているように、男性側がどのような気持ちでそうしようが、受けた女性側が「嫌な思い」をしたならば、それは「セクハラ」であるのと一緒です。

「いじめ」や「嫌がらせ」が蔓延し、常態化し、それを誰も止めようとせず、逆に”加担”する側が増えるなら、「多様性」が急速に失われつつあることの証拠でもあります。

私が言いたいのは、「多様性」の重要性を認識し、「多様性」を認める努力をすることが、結果的に「いじめ」や「嫌がらせ」をなくすことにつながるということです。

「多様性」を否定する組織風土がある限り、個々の「いじめ」や「嫌がらせ」をやめさせても、モグラ叩きのように形を変えた次の「いじめ」や「嫌がらせ 」が出てくるだけなのです。

2018年2月19日 (月)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(5)

「ダイバーシティ・マネジメント(Diversity Management)」という経営理論において、「多様性」を受け入れていない組織の兆候として、以下の2つが見られると言われています。

①リーダーが「影響力」よりも「支配力」を求めている。

②古くからある決まりきったやり方や考え方に拘泥し、新しい方法・思考を受け入れない。

今のTICA Asiaはどうでしょうか。

現代社会の流れと同様、組織のトップにおいて「多様性を受け入れる文化」を組織内に根付かせようと努力している姿が見られるでしょうか。

残念なことに、私の身近で起きていること、私の耳に入って来ることは、「多様性」のある組織の出来事とは思えないことばかりです。

私が再三指摘し、警鐘を鳴らし続けてきたように、正当な根拠なき“排除”志向は、「出陳拒否」とは姿形を変えてあちらこちらで表れています。

ふと立ち止まって考えれば、出来事自体は異なっていても、そこに「無意識の偏見(unconscious bias」を自覚できない人々がいて、「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を認めようとしないという共通点を見出せるはずです。

正当な主張や反論をせずに大人しくして黙り込んでしまったら、それこそ相手側の思う壺、泣き寝入りしか待っていません。

歴史を振り返るまでもなく、黒人の公民権運動、男女平等、LGBTの権利拡大同様、声を上げ続けなければ何も進みませんし、解決の糸口さえ掴めないのです。

2018年2月18日 (日)

【ご報告】アクト勉強会へのご参加、ありがとうございました!

昨日、アクト勉強会を開きましたので簡単に内容をご報告致します。

私は参加できませんでしたが、アクトクラブ員により無事に終えられたのとの報告を受けました。

なお、会場探しが難航して上野になってしまった上に、貸会議室がマンションの1室ということもあり、迷われてしまったご参加の方にはご不便をおかけして申し訳ありませんでした。

第1部は、2018 Winter Board Meetingの「Agenda(議案)」から主のトピックスを取り上げ、議案に対するRules Committee membersのコメントを参考にしながら、妥当性や課題、問題点を話し合ったそうです。

第2部は、「ショーフライヤー」に記載すべき重要事項とは何かをTICA Show Rulesに基づいて勉強しました。

TICA Show Rulesには、「Show Flyer」に記載すべき項目を列挙してあるわけですが、実はその他にも記載しておかなければならない重要事項が別の項目の中で規定されているため、日本では多くのクラブが見落としているという現状があります。

また、Show Rules上、ショースケジュールの入れ方がどのように規定されているかを改めて確認したとのこと。

第3部は、ジャッジとしての審査上の理的・道義的責任等を巡って、TICA Asiaで実際に起きた様々なケースを念頭に置きながら、公平・公正・中立な猫の審査とはどうあるべきかについて意見交換したということです。

今回も、前回に果たせなかった「TICA Asia Compliance Seminar」と題した勉強会の準備を模索しましたが、弁護士さんとの日程調整がうまく付かず、実現できませんでした。

「TICA Asia Compliance Seminar」はアクトとして是非とも実現したい勉強会のひとつであり、機会を見てトライしたいと考えています。

なお、アクトの勉強会は幅広く参加を募っており、お問合せを頂ければ、個別にテーマや場所等をご案内致します。

従来のTICA Asiaの勉強会とは全く違うテーマの取り上げ方、進め方なので、初めは戸惑われるかもしれませんが、単なる読み合わせの”座学”ではなく、参加者の方々に主体的に考え、判断して頂くスタイルですので、是非、一度参加してみて頂ければ幸いです。

※「時代の流れと真逆に進むTICAアジア」は休みました。

2018年2月17日 (土)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(4)

自覚しない「無意識の偏見(unconscious bias)」の恐ろしいところは、事実や証拠に基づかず、人や集団、出来事を判断してしまうところにあります。

「無意識の偏見」を自覚している人なら、自らの状況判断に“ブレーキ”をかけられますが、そうでない人(あるいはそうでない人の集団)は、ヒステリックな“魔女狩り”さながらに、「偏見」に基づいて突き進んでしまいます。

「偏見」に基づくため、「偏見」に「偏見」が積み重なり、十分な根拠がなくても「妄想」のように膨れ上がっていきますが、本人たちは全く気づきません。

本来であれば、組織のトップがそうした状況を冷静に判断し、見極めなければならないわけですが、トップ自らが「無意識の偏見」を自覚しない場合、さまざまな場面で意思決定にひずみやゆがみを与え、組織を誤導してしまいます。

みなさんの周囲で起きていること、あるいは見聞きすることのほとんど全ては「無意識の偏見(unconscious bias)」に基づいた「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」の欠如にその根があるのではないでしょうか。

TICAアジアで誰かが糾弾され、追い詰められているとき、糾弾し、追い詰めている側に「無意識の偏見(unconscious bias)」があるかどうかを見極めることはとても重要です。

もちろん組織のトップが、自分自身の持つ「無意識の偏見(unconscious bias)」に気づかず、偏見に基づいた正当な根拠なき糾弾や追い詰めを支援したり、加担したりするようだともはや打つ手はありません。

「無意識の偏見(unconscious bias)」についての正しい知識を身に付け、意識して適切な行動を取るようにしていかない限り、組織風土が改まることは難しいでしょう。

2018年2月16日 (金)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(3)

「無知の知」こそ、ある意味において「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を根付かせていく上で重要なものはないでしょう。

なぜなら、人は誰しも(もちろん私も含めて…)、常識に基づいて客観的に物事を判断できると思い込み、「偏見(バイアス)を持っていない」と信じ込んでいるからです。

しかし、誰しも何らかの「偏見」を持ち、程度の差こそあっても“色メガネ”で見ていることは否定できません。

つまり、自らにある「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」を知ることができてこそ、他の人々の「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を尊重できるようになれるのです。

他の様々な人々の考えや意見に耳を傾け、受け入れることで、自らのうちに「無意識の偏見」があることに気づかせてくれるようにもなります。

一方、「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を封じ込め、気にいらないメンバーを“排除”していけばいくほど、自らのうちにある「無意識の偏見」に気づく機会は失われていきます。

今のTICA Asiaの現状はどうでしょうか?

どれだけのメンバーが自らの心の臆測にある「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」を自覚し、「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を尊重しているでしょうか?

組織のトップにおいて、どれだけそうした組織風土の醸成に努めていると言えるでしょうか?

TICAアジアにおいて次から次へと起こる、余りに非常識で常軌を逸したとしか思えない出来事の数々を見聞きするにつけ、末期症状に突き進んでいるとしか思えないのです。

2018年2月15日 (木)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(2)

「多様性(diversity)」とセットで使われる概念に「受容性(inclusion)」があります。

「inclusion」はもともと、「包括」「包含」「一体性」などの語意があり、①組織内の誰にでも参画・発言する機会があり、②それぞれ特有の意見や考え方が認められ尊重されている状態を意味します。

では、今のTICA Asiaに「受容性(inclusion)」があるでしょうか? 幅広く認められているでしょうか?

私は全くない、かつてはあったとしても、今や完全に失われつつあると思っています。

「多様性(diversity)」を認めようとせず、「受容性(inclusion)」を否定しようとする一部のメンバーやブリーダーが幅を利かせ、TICA Asiaをあたかも”私物化”しようとしているようにしか見えません。

みなさんの周囲で起きる、あるいは見聞きする出来事を振り返るとき、「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」が失われていることに気づくことごないでしょうか?

みなさんの周囲で、正当な理由も根拠もなく“排除”されようとしている人がいるとき、まるで”魔女狩り”さながらに一方的な”糾弾”を受けている人がいるとき、そこに「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」の欠如を見出すことはないでしょうか?

「ニワトリと卵」になってしまいますが、「多様性(diversity)」のある組織にするためには、「受容性(inclusion)」をメンバー間で養い、それぞれが主体性を持って声をあげられる環境を整えなければなりません。

もちろん、そのためには組織のトップがその重要性を認識し、自ら率先しなければならないのですが…。

2018年2月14日 (水)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(1)

TICA Asiaという小さな趣味の世界だけ、まるでGalapagos諸島のように、一般社会の常識から隔絶しているばかりか、時代の流れと真逆の方向に進んでいるように見受けられます。

端的な例が日本で行われるTICAのショー。

10年前と比べてみて下さい。明らかに「多様性」が失われていると言えないでしょうか。

今から10年ほど前の2009年3月には、オール外国人ジャッジ5人によるショーも開催されましたが、今では海外からジャッジを招くクラブも激減し、同じクラブによる同じような顔ぶれのショーばかりの印象が強まるばかりです。

それもそのはず、歴代の組織のトップ自らが「多様性」を認めようとせず、正当な理由なく「出陳拒否」をしたり、確たる証拠もないのに「プロテスト」してSuspension Listに載せようとしたり、強い“排除”志向を窺わせているわけですから、当然かもしれません。

鎖国時代の日本を振り返らずとも、今の国や企業、組織において、「多様性」を認めないとどういう事態を招くかは改めて指摘するまでもありません。

「多様性」を”否定”すれば、確かに一時的に“求心力”は強まるかもしれませんが、縮小均衡に陥り、決して健全な発展は望めません。

昔ながらの”村社会”と言ってしまえばそれまでですが、小さな趣味の世界だからといってあからさまな”村八分”のような言動が見過ごされていいはずがありません。

このシリーズでは、TICA Asiaからいかに「多様性」が失われ、それがなぜ大きな問題と言えるのかを探って行きたいと思います。

2018年2月13日 (火)

【お知らせ】アクト、4月末ショーについてのご案内

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アクトの4月末ショーについて、お問い合わせが入るようになりました。

アクトでは、公平・公正・中立なショーの開催を目指しており、今回も遠方の方を除く(アクトの予算の関係で申し訳ありません…)、日本の全ジャッジのみなさんにジャッジ依頼書を送付したところです。

それによって最終的にショーの内容を固めたいと思っています。

海外からもジャッジをお招きする計画ですので、TICA Asiaの年度最後を締め括るショーとしていければと考えています。

TICAは誰にでも開かれたオープンなキャットショーを開催理念としており、TICAのショーはどのクラブが開催してもTICAのショーであることに変わりありません。

アクトでは、かねてTICAのショーに出たことのないブリーダー・出陳者の方々、これまでキャットショーに馴染みのなかったオーナーさんも含め、多くの方々が参加頂けるように努めて参りました。今回も幅広い出陳者のご参加を期待しています。

詳細が固まり次第、改めてお伝えしますので、今しばらくお待ち頂ければ幸いです。

なお、3月31日~4月1日に計画しておりましたショーは会場を確保できず、他のクラブへ日程をお譲りする調整も進めましたが、最終的に勉強会の開催に変更させて頂くこととしました。

楽しみにされていた出陳者のみなさまにはご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。この場を借りてお詫び申し上げます。

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2018年2月12日 (月)

カタログ「ごあいさつ」の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…(10)

裁判を起こす方が悪いという”裁判悪玉論”とともに、アクトのブログが書き過ぎているという”ブログ悪玉論”もあることは理解しています。

しかし、一方で”裁判悪玉論”や”ブログ悪玉論”が根強くあったからこそ、TICAのルールを恣意的に解釈してメンバーや一般出陳者を“排除”しようという人たちが出てたのであり、反省することなく同じようなことを繰り返してきたのではないでしょうか。

猫界で起きた出来事を振り返り、どれだけの人が”泣き寝入り”してきたか、どれだけのメンバーが嫌気を指してTICAを去って行ったかを思い起こすとき、見て見ぬ振りをし、時に同調しながら決して声を上げない多くのメンバーがいたことを忘れてはなりません。

確かに、TICAアジアに限らず、政府でも企業でも悪事や不祥事を隠蔽し、温存できる背景には、それを黙認する人たちの存在が欠かせないといえます。

しかし、見て見ぬ振りをすること、黙認することは間接的に悪事や不祥事に”加担”しているという側面があることも事実でしょう。

それは学校でも職場でも、いじめや嫌がらせというのが、「加害者」と「被害者」と「傍観者」がいて成り立つということからも明らかです。

「それはおかしい」「それは間違っている」と普通に言えるオープンな雰囲気、それを圧力をかけて封じない組織風土こそ醸成すべきであり、”裁判悪玉論”や"ブログ悪玉論”に同調することではないはずです。

TICA公認ショーのカタログの「ごあいさつ」に書いてあったことを右から左へ読み飛ばすのでなく、もしおかしなことが書いてあったなら、「これはおかしい」とひとりひとりがひとつひとつ声を上げていかなければ、いつまで経ってもTICAアジアは良くなっていきません。

2018年2月11日 (日)

カタログ「ごあいさつ」の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…(9)

こうして見てくると、結局のところ前アジアディレクターであったクラブオーナーをはじめとする被告側4人は「出陳拒否」したことを”謝罪”する気など更々ないと思わざるを得ません。

東京高等裁判所で「和解」に応じることも、「深謝する」としたことも、解決金を支払ったことも(前アジアディレクターと当時のクラブ代表の2人)、何の造作もないことだったのでしょう。

そう考えれば、2014年10月Asia Regional Showの「出陳拒否」を巡る裁判で、全く同じ主張を繰り返しながら、今なお真っ向から争う姿勢を示している理由も理解できます。

そして、そう考えれば、ショーカタログの「ごあいさつ」に書いてあった、「皆様には引き続きお力を貸していただきたいと思っています」のくだりも腑に落ちるというものです。

こうした言動の背景に根強くあるのは、依然として裁判を起こす方が悪いという”裁判悪玉論”であり、裁判を起こすような”悪い奴ら”を懲らしめるためにも、、「皆様には引き続きお力を貸していただきたい」と思っていると読み取れないわけではないのす。

しかし、もしそうした考え方が背景にあり、多くのメンバーの共感を得ているなら、それは極めて特異な組織風土であり、世間の常識と良識とかなり乖離していると言えるでしょう。

そのことを多くのTICAアジアメンバーと出陳者が”自覚”しない限り、組織風土が改まることはあり得ません。

2018年2月10日 (土)

カタログ「ごあいさつ」の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…(8)

東京高等裁判所での「和解」を巡り、被控訴人(被告)側が”謝罪”する機会はいくらでもありました。

クラブサイトの掲載することもできましたし、1月27~28日のショーカタログに”謝罪文”を載せることできたはずです。

前セクレタリー(現Asia Director)の了解を得て、TICA Asia Region official siteに載せることだってできたでしょう。

しかし、前アジアディレクターであったクラブオーナーは、こうした機会をことごとく無視し、今なおTICAアジアメンバー、出陳者に対して公式な”謝罪”をしていません。

もちろん、メンバーの間には「公式に”謝罪”しようがしまいが、本人の自由でしょう」という考え方があるかもしれません。

ですが、それは前アジアディレクターら被告側が最高裁まで争った上で敗訴し、裁判所の判断には最後まで納得していないので”謝罪”する必要性を感じないと言うのであれば、理解できなくもありません。

あるいは、たとえ「和解」したとしても、「和解条項」に「深謝する」という”謝罪”の文言も、解決金の支払いも盛り込まれなかったというなら、敢えて公式に”謝罪”する必要はないかもしれません。

ですが、今回、前アジアディレクターら被告側4人は「出陳拒否」したことを「深謝する」とし、エントリークラークを除く2人は解決金の支払いにも応じたわけです。

そうであるなら、TICAの”看板”を傷つけたこと、多くのTICAアジアメンバー・出陳者に迷惑をかけたことを公式に”謝罪”するべきではないでしょうか。

けじめも付けず、禊ぎも済まさず、過去の出来事を闇に葬り去ろうとするかのような態度を取ることこそ最大の問題であり、今後に禍根を残すと思わずにはいられません。

2018年2月 9日 (金)

「プロテスト」裁判、原告側「控訴」しました!!

前セクレタリー(現Asia Director」と77人の「共同申立人」による「プロテスト」を巡る裁判の東京地裁での一審判決を受け、原告側はこのほど控訴しました。

原告側としては今後、「控訴理由書」を裁判所に提出し、東京高等裁判所において控訴審が始まることになります。

前回(前アジアディレクターがオーナーのクラブによる3回の「出陳拒否」裁判)同様、控訴審に進むわけですが、前回はと言うと、判決理由について大筋では納得できたものの、判決自体に納得がいかなかったため、控訴したものでした。

今回は、判決理由も判決自体も納得できるものではなく、さらに審理が尽くされていないと思われることもあって控訴することにした次第です。

また、前回は東京地裁での期日において、「和解」協議の動きがあったため、高裁でも改めて「和解」の可能性を打診したのだと思いますが、今回は東京地裁の段階で「和解」の話は一切出ていないため、前回のように高裁で「和解」することはないと思われます。

※「カタログ『ごあいさつ』の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…」は休みました。

2018年2月 8日 (木)

カタログ「ごあいさつ」の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…(7)

仮に、TICA公認ショーの「カタログ」の「ごあいさつ」で裁判のことに言及するにしても、もっと違った内容であるべき…。

私はそう思ってしまうのです。

前アジアディレクターであったクラブオーナーは、東京高等裁判所の「和解」において、「出陳拒否」したことを「深謝」し、解決金まで支払ったわけです。

しかも、「出陳拒否」の対象となったのは、TICAメンバーだけでなく、当時TICAにもクラブにも所属していなかった一般の出陳者も含まれていました。

確かに人や猫が死んだり、怪我したりしたわけではありませんが、一般に広く開かれたキャットショーを公認するTICAにとって、ルールを”悪用”して一般出陳者を”排除”したとあっては、これ以上の信用と評判を落とす出来事はないでしょう。

それも、TICA Board Memberであり、Directorが”首謀”したわけですから、問題の”根”の深さ、”闇”の深さが分かるというものです。

そうであるなら、「謝罪文」とまではいかなくても、”詫びる”一文があって然るべきでしょう。

それが”詫びる”どころか、「3年かかりましたが一つの裁判が終わりました」「サイトにご報告した通りの解決です」とはどういうことなのでしょうか。

TICA Board Member、Director経験者であり、TICA公認ジャッジでもある人物のすることとは到底、思えないのです。

まるで高裁で「和解」した際の「和解条項」に盛り込んだ「深謝する」の文言が、ただの紙切れに書いた無意味な言葉であったかのようです。

東京高等裁判所で「和解」したことの重み、裁判所で「深謝する」として”謝罪”し解決金の支払いに応じた重みをしっかり考えることができる人物が多く集う組織でない限り、TICAアジアがまともな趣味の団体として”再生”することはないと思わざるを得ません。

2018年2月 7日 (水)

カタログ「ごあいさつ」の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…(6)

皆様には引き続きお力を貸していただきたいと思っています」--。

前アジアディレクターであったクラブオーナー兼代表が1月27~28日のショーのカタログの「ごあいさつ」で書いたこの一文に強い違和感を覚えたのは私だけでしょうか。

具体的にどんな「お力」を「貸していただきたい」と思っているのかこの一文だけからは分かりませんが、単なる事実報告を超え、TICA公認ショーの「カタログ」で、”個人的なお願い”をすることが許されるはずがありません。

これも、前アジアディレクターがTICA公認クラブ、そしてTICA公認クラブのショーを”私物化”しているからこそ書けるとしか思えないのです。

百歩譲ったとして、クラブが訴えられているなら、分からないでもありません。

しかし、訴えられているのは、前アジアディレクターであったクラブオーナーであり、前クラブ代表であり、それぞれのショーのエントリークラークです。

大半のクラブ員は直接的な関係はありませんし、このショーに参加した多くのTICAメンバー・出陳者にとっても直接的な関係はないはずです。

心の中で「お力を貸していただきたい」と思っても、それを口に出すべきではなく、口にしてもせいぜい懇意としているクラブ員やメンバー、ブリーダーに対してであって、TICA公認ショーの「カタログ」に書くことでないことは、まともな大人なら判断が付くでしょう。

他の猫団体だけでなく、世界中に数多くある趣味の団体の人たちが知れば、”嘲笑”の的になっても不思議ではないと深く憂慮せざるを得ません。

2018年2月 6日 (火)

カタログ「ごあいさつ」の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…(5)

「○○○(クラブ名)のサイトにご報告いたしました通りの解決です」--。

前アジアディレクターであったクラブオーナー兼代表は、1月27~28日のショーカタログの「ごあいさつ」でこう書きました。

しかし、その「ご報告」なるものが、数々の”嘘”や”捏造”によって事実と異なるものであり、被害者感情を”逆撫で”するものであったことは、このブログでも具体的に指摘してきた通りです。

それにもかかわらず、どうして前アジアディレクターは敢えて、「サイトにご報告いたしました通り」と、噓偽りなどなかったかのように改めて書くのでしょうか。

そんなに被害者感情を”逆撫で”したいのでしょうか。

私には本当に理解できません。

あの時、前アジアディレクターは「ご報告」で、「謝罪をするつもりはありませんでしたが、早く終わらせる事で気持ちが楽になると思い、合意したものです」と書きました。

これをを改めて言いたいがために、敢えて「ご報告いたしました通り」と強調したのであれば、控訴人(原告)側に対する許されざる“侮辱”と思わざるを得ません。

それを、TICA公認ショーの「カタログ」に堂々と掲載することの是非の判断もまた、私には本当に理解できずにいます。

TICA公認クラブ、そしてTICA公認クラブのショーを”私物化”しているからこそ(意識的でなかったとしても…)、こうしたことをTICA公認ショーの「カタログ」に平然と書けるのだとしか思えません。

2018年2月 5日 (月)

【速報】ベンガル、日本の主要2団体でChampionship公認へ

日本でキャットショーというと、国際団体のショーとしてはTICAとCFAが主要2団体であり、ベンガル(BG)はTICAだけでしかChampionshipで公認されていませんでしたが、この5月1日からスタートする新シーズンから、CFAでも公認されることが決まりました。

これにより、BGブリーダーやオーナーは、TICAとCFAの両団体のショーに出陳できるようになります。

とは言え、「Standard」は微妙に異なりますから、同じBGが両団体で優れた成績を収めることは難しそうです。

ちなみに、CFAではChampionship公認に先駆け、BGの「Standard」の改正案が出されました。

この改正案は、最初に作った「Standard」案を大幅に変更(TICAの「Standard」とはさらにかけ離れた内容)するものでしたが、BG Breed Committeeのメンバー投票の結果、賛成17票、反対22票で否決されました。

従って、CFAで適用されるBGの「Standard」は、かつてこのブログでもご紹介したものとなります。

日本だけでなく、世界各地のBGブリーダー、オーナーがどちらのショーを選ぶようになるのか、高い関心を呼びそうです。

TICAとCFAのBG「Standard」の違いなどについては、改めてこのブログで「Online BG Breed Seminar」としてご紹介したいと思います。

※「カタログ『ごあいさつ』の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…」は休みました。

2018年2月 4日 (日)

カタログ「ごあいさつ」の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…(4)

「全てが終わったわけではありませんので…」

前アジアディレクターであったクラブオーナー兼代表は、1月27~28日のショーカタログの「ごあいさつ」でこう書き、続けて「もう少し時間がかかりますが…」と書いたわけですが、残る裁判は2014年10月のAsia Regional Showでの「出陳拒否」裁判だけではありません。

前アジアディレクターは「名誉毀損」の疑いでも民事訴訟を起こされていますし、自らも私を相手取って300万円の損害賠償請求を求めた裁判を起こしています。

「全てが終わったわけでは」ないどころか、前アジアディレクターが関係する裁判はたった1つ終わっただけであり、まだ残り3つもあるのです。

先日もお伝えしたように、Asia Regional Showでの「出陳拒否」裁判は始まったばかり。

「名誉毀損」裁判は1年半以上が過ぎてはいるものの、いまだに「和解」か「判決」かの見通しもたたぬまま。

自ら起こした裁判はまだ始まって間もない段階です。

これだけ考えても、「もう少し時間がかかる」どころではないことが分かるかと思います。

それに東京地裁で「判決」が出たとしても、どちらかが控訴すればさらに続くのは前回と同じです。

楽観的と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、TICAのディレクター経験者として、TICA公認クラブ代表として、そしてジャッジとして、どうして事実を正確に把握し、的確に伝えることができないのか、不思議でなりません。

2018年2月 3日 (土)

貴乃花親方落選、「コメント」から猫界が学ぶこと

昨日、貴乃花親方の”決意表明”を紹介した以上、理事選挙で落選したこともお伝えしなければならないでしょう。

昨夕から今日にかけては、様々な人から様々なコメントが出たのはご存知の通りです。

そして、そうしたコメントの中にも、やはり猫界にとっても役立つ貴重なものが数多くあったのを見逃してはなりません。

例えば、ホリエモンさん。

「ガチンコ原理主義みたいなのは、たぶん相撲にそぐわないと思いますよ」--。

キャットショー界の中にも、「ガチンコ審査主義みたいなのは、たぶんキャットショーにそぐわないと思いますよ」という人は多いのではないでしょうか。

やくみつる氏も「理念は立派だが、行動が伴わなかった」と指摘したほか、親方衆の中には「貴乃花親方のやり方にもう付いていけない」という人がいたと報じられました。

一方、東国原氏は、「協会には隠蔽体質・暴力体質・旧態依然の体質等、貴乃花親方以上に問題があると述べて来た。それでも貴乃花親方は受け入れられなかった。永田町や霞が関の認識・常識と一般国民のそれとはちょくちょく乖離する」と苦言を呈したとのこと。

政治と良く似た構造があるのは猫界も同じ。猫界の常識・慣習と、世間の常識・良識とはかなり乖離していると思う人もいるかと思います。

選挙に先立っては、立川志らくさんが、「貴乃花親方が理事長になるべき。相撲界が変わるチャンスってのはそこにしか見いだせない」と話し、理事選後は「不祥事の連続にも理事長たちが責任取ってやめるでしょ。やめないってことが不思議」と語っていました。

フィフィさんの公式ツイッターでのコメントも、猫界としては他山の石としたいところです。

「なんの責任も取らない方々が恥ずかしげもなく立候補して当選しちゃうところに、なんの根回しも小細工もせず清く完敗した貴乃花親方が相撲界の闇をさらに浮き彫りしていますね」--。

ネット民の間では、何も変わらぬ相撲協会に非難轟々だとか。

「落選させちゃダメだろ!」「腐った組織」「完全な隠蔽体質」「公益法人を返上すべき」等々、怒りや疑問の声が相次いでいるそうです。

※「カタログ『ごあいさつ』の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…」は休みました。

2018年2月 2日 (金)

ショーは「誰のもの?」 「我々は考え直し、正す時期に来ている」

日本相撲協会の理事選挙が本日2時にあり、貴乃花親方が当選するかどうか分かりませんが、貴乃花部屋に掲載された〝決意表明〟は非常に意義深いものでした。

相撲界と猫界は当然のことながら、様々な面で大きな違いはありますが、そうであったとしても、貴乃花親方の〝決意表明〟には猫界としても胸に刻み、学ばねばならないことがたくさんありました。

◎貴乃花親方:私なりに今後の相撲界がどうあるべきかを熟考した上での決断です。
 →
今のTICAメンバーの中に、どれだけ「今後の猫界がどうあるべきかを熟考したうえで
   決断」している人がいるでしょうか。


◎貴乃花親方:いま相撲界では、過去の反省を顧みない度重なる暴力事件や不祥事によ
  り、国民の皆様の期待を大きく裏切り…
 →
今の猫界でも、「過去の反省を顧みない度重なるルール違反や不祥事」がなかった
   でしょうか。

 →メンバー、出陳者の「期待を大きく裏切って」きたのではないでしょうか。

◎貴乃花親方:社会的な信用を損なった結果、組織としての公益性や透明性が大きく問わ
   れております。
 →
今のTICAも「社会的な信用を損なった」事態を招いていないでしょうか。
 
「組織としての公益性や透明性が大きく問われて」いるのではないでしょうか。
   
(※相撲界と猫界では「公益性」の度合いに格差があるとは思いますが…)

◎貴乃花親方:税制上でも多大な優遇を受けており、その意味では社会的に大きな責任
   も伴います。
 →
知らないメンバーがいるかもしれませんが、TICAは非営利法人であり、税制上の優
   遇を受けているわけですから、「その意味では社会的に大きな責任も伴う」と言える
     でしょう。


◎貴乃花親方:相撲協会の現状を見てみると、社会的な責任を果たすよりも協会内の事
  情や理屈が優先され、公益性から逸脱しているのではないかという大きな疑念を抱いて
   おります。
  →
猫界の現状を見てみると、TICAメンバーとしての責任を果たすよりもクラブや懇意
   のブリーダー・出陳者の事情や理屈が優先されている疑念を抱かないでしょうか。


◎貴乃花親方:相撲は誰のものか? その公益性の意味を我々は考え直し、正す時期に
  来ているのではないかと思います。
   →
キャットショーは「誰のものか?」 「その意味を我々は考え直し、正す時期に来てい
       るのではないかと思います」


◎貴乃花親方:公益法人としての社会的使命を全うしながら、透明性を持った健全な組織
   運営をしていくことが、私が思う理事の使命です。
  →
TICAにおいても、非営利法人としての「社会的使命を全うしながら、透明性を持った
      健全な組織運営をしていくことが」欠かせないのではないでしょうか。


◎貴乃花親方:その使命を果たすために、相撲協会全体の器量を大きくし、大相撲一門と
    して自由に意見を交わせる風土を作り上げることを私の目標といたしたいと思います。
    →
TICAの理念と「使命を果たすために」、「TICA全体の器量を大きくし、自由に意見を
       交わせる風土を作り上げること」を目標とすべきではないでしょうか。


◎貴乃花親方:現在は力士の数が大きく減少しています。この先、相撲は残っても、相撲
   協会は残れるとは限りません。その危機感を、私は強く持っています。
  →
出陳者の「数が大きく減少しています」。「この先、キャットショーは残っても、TICAア
       ジアは残れるとは限りません」。その危機感を、私も強く持っています。


◎貴乃花親方:理性を持って自分を制し、逃避をしない組織論と嘘偽りのない組織編成。
    これが将来あるべき相撲界の礎となります。
    →
TICAアジアも同様であり、「理性を持って自分を制し、逃避をしない組織論と嘘偽り
       のない組織編成。これが将来あるべきTICAアジアの礎となります」


◎貴乃花親方:しなやかに柔らかく強靭で何事にも耐えうる自由闊達な協会運営の執行を
    目指して邁進する…
    →
TICAアジアも同じで、「しなやかに柔らかく強靭で何事にも耐えうる自由闊達なリ
        ジョンオフィス運営の執行を目指して邁進する」ことが重要だと私は思っています。


※「カタログ『ごあいさつ』の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…」は休みました。

2018年2月 1日 (木)

カタログ「ごあいさつ」の余りに身勝手な”詭弁”に唖然…(3)

「もう少し時間がかかる」と言った場合、その「もう少し」がどのくらいかについては個人差があるかと思います。

前アジアディレクターであったクラブオーナー兼代表は、2014年10月のAsia Regional Showの「出陳拒否」裁判について、「もう少し時間がかかりますが…」とショーカタログの「ごあいさつ」で書いたわけですが、正直、「まだまだかかる」という方が正確だと思います。

というのも、この裁判の第二回期日は昨日開かれ、被告側が主張する次の第三回期日は4月中旬の預手になっているからです。

その後、今度は原告側が主張することになりますから、それだけでも夏場にかかって来るでしょう。

そうして考えれば、裁判が終わるのは、早くて年内、場合によっては2019年明けになることも考えられるだけに、どうして「もう少し」と言えるのか理解に苦しみます。

しかも、それもこれも、被告側3人(クラブオーナー、当時の代表、エントリークラーク)が、アクトの2013年4月29日ショーで不正があったと言い張り、そのために「出陳拒否」をしたと主張し続けているからに他なりません。

前アジアディレクターがオーナーのクラブにあっては、すでに3回のショーの「出陳拒否」について、アクト4月29日ショーの不正なり、ルール違反を立証できなかったからこそ、最終的に「深謝」し、解決金を支払うことになったのではないでしょうか。

2014年10月のAsia Regional Showでの「出陳拒否」裁判でも、「和解」した3回のショーの「出陳拒否」裁判と同じ主張を被告側が繰り返すなら、「もう少しかかる…」で終わるはずがないのです。

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