正当な理由なき恣意的変更に反対します!(5)
アジアディレクターとスケジュール担当者による「掲載変更」の提案が、なぜ「恣意的」な変更と思えてしまうのでしょうか…。
それは、以下のケースを思い描いて頂ければ、自ずと明らかでしょう。
例えば、来年4月末のスケジュールを巡り、アクトとECCの希望日が重なっていたとします。
そして、「2018年4月末のACCとECCの調整は不調に終わり、結局ACCが下りる結果になりました」となっていたらどうだったでしょうか?
この場合でも、アジアディレクターとスケジュール担当者は「ショースケジュールの掲載変更に関して(案)」を作り、日本のクラブ代表者に送ったでしょうか。
これまでの経緯を踏まえれば、誰が考えてもこうしたことをするはずがなく、単に「ACCが下りて、ECCに決まりました…」で終わりだったでしょう。
「結局ECCが下りる」結果になると、アジアディレクターとスケジュール担当者が腰を上げて「掲載変更」に動き、「ACCが下りる」結果になれば動かないとなれば(注1)、そこには明らかな差別があるということになります。
もし、こうした差別をしたとなれば、アジアディレクターとスケジュール担当者が行ったことはTICAの看板に泥を塗る行為に等しく、世界のリジョン、TICAメンバーからの批判や非難で溢れかえってもおかしくありません。
アジアリジョンに自浄作用があり、自浄作用を働かせようとするクラブ代表やジャッジがいるのであれば、今回の「変更提案」に唯々諾々と賛意を示すことなどあり得ないでしょう。
特定のクラブ、メンバーに対するあからさまな差別は、明確なルール違反であり、TICAのモットーと理念を”冒瀆”する裏切り行為であることを重ねて強調しておきます。
注1)、「ACCが下りる」結果になって、アジアディレクターとスケジュール担当者が今回と全く同じような「掲載変更」を送ってきたとしても、アクトとしてはTICAの理念とルールに則った正当な根拠と理由がない限り、恣意的な変更には同意しかねます。
« 前アジアディレクターが300万円の賠償求め提訴(18) | トップページ | 2017年「イグ・ノーベル賞」の物理学賞は”猫”? »
« 前アジアディレクターが300万円の賠償求め提訴(18) | トップページ | 2017年「イグ・ノーベル賞」の物理学賞は”猫”? »