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2017年7月

2017年7月31日 (月)

「出陳拒否」裁判、「判決」のポイント解説⑦

被告側は「出陳拒否」の理由らしき事情としてアクトのブログも挙げ、準備書面で被告側は以下のような主張を繰り返していました。

「訴外屋和田は自身のブログ上に被告○○(前アジアディレクターであったクラブオーナー)らに対する非難や批判を書き連ねるようになったものである(乙第15号証1乃至3)」

「訴外屋和田は、ACCサイトのブログにおいて、被告○○(前アジアディレクターであったクラブオーナー)に対する批判的な言動に終始するようになった」

しかし、「判決文」では、ブログの「ブ」の字も出てきませんでした。

被告側の証拠として採用はされたようですが、「前提事実(争いのない事実及び後掲証拠により容易に認定できる事実)」にも出て来なければ、「争点と当事者の主張」でも取り上げられることはなく、「当裁判所の判断」でも一切、触れられることはありませんでした。

被告側のブログに関する主張は、裁判所によって完全に”無視”された形となっています。

2014年6月ショーの「出陳拒否」を巡っては、クラブ代表がブログについて「彼女が知っている限りの言葉で私たちを攻撃し」とか、「攻撃的な書き込み」と一方的に決め付け、「屋和田がACCのブログの書き込みをやめるのであれば出陳を受け付ける」と言ってきました。

今回の裁判はこの2014年6月ショーも含まれていたわけですから、「判決文」でブログについて一切触れられていないということは、クラブ代表によるこうした”要求”自体が全く的外れなものであったということをはっきり裏付けたと言えるのではないでしょうか。

裁判所が被告側にとっての重要な主張、あるいは重要な争点と認識していれば、何らかの形で触れたはずですから、全く触れないということは、少なくとも重要な主張でも重要な争点でもなかったと判断したと言えるのだと思います。

2017年7月30日 (日)

「出陳拒否」裁判、「判決」のポイント解説⑥

一連の「出陳拒否」を正当化する根拠らしき事情として、被告側は、原告らがTICAに申し立てた「プロテスト」がことごとく「No Action」として退けられた点を主張していました。

簡単に言えば、「TICAのボードが問題ないと言っているのだから問題ない」「日本の裁判所が出てくる筋合いの話ではない」というわけです。

これを敢えて難しく言うと、
TICAはTICAとしての団体内部の自律的な法規(ルール)を有しており、司法の審査権は及ばないという主張になります。(法律用語で「部分社会の法理」と言います)

こうした被告側の主張に対して、東京地裁は以下の判断を示しました。

①TICA内部においては、バイローその他の自律的規則を有する部分社会が構成されている可能性がある。

②しかしながら、健康な成猫や生後4カ月以上8カ月未満の健康な猫(キツン)の所有者であれば、基本的にはその所有する猫を出陳させる資格があることから、本件の紛争は、ただちに部分社会内部の紛争ということはできない

③本件は、所定の評価基準(スタンダード)に照らしてキャットショーにおける猫の審査結果の当否が争われているものではない。

④原告らがキャットショーに猫を出陳させることを被告らに拒絶されたことにより損害を被ったとして提起された訴訟であるのだから、裁判所が司法権を行使できないほどに被告らの自律的判断権を全面的に尊重しなければならない事情は見当たらない

⑤ショールール23.6および23.6.5に基づき、その裁量権行使に当たって考慮された事項によっては、出陳拒否という行為が一般市民法秩序と直接関係を有する効果をもたらすこともあり得る。

⑥上記に照らせば、本件訴訟にいわゆる部分社会の法理を適用することはできないというべきである

こうした判断もまた、原告側が主張してきたものであり、裁判所は原告側の主張を全面的に採用したと言えます。

東京地裁の一審「判決」は、損害賠償請求そのものは退けたわけですが、「出陳拒否」に違法性があり、権限を逸脱して行われたものであることは認定したわけで、「出陳拒否」に問題がないとするTICAのボード決議は事実上、完全に覆されたことになります

2017年7月29日 (土)

「出陳拒否」裁判、「判決」のポイント解説⑤

今回の一連の「出陳拒否」裁判の「判決」では、アクトと共催クラブに対する「活動停止」提案と、それに関連したクラブ代表・ジャッジに対する意識調査(判決文では「意見聴取」)についても取り上げられ、東京地裁は以下の判断をしました。

①上記「活動停止」なるものが具体的に何を停止するものであるのかは、被告△△(前アジアディレクターであったクラブオーナー)によっても
自覚されていなかった

②意見聴取行為は、
アクト4月ショーにつきショールールに違反していたことを裏付ける相当な理由、根拠を確認することすらしなかった

③TICA会員の中で意見広告を掲載する者や原告○○(アクトクラブ員)をメールで批判する者がいたという事実のみをもって、公然に、アクトと共催クラブの1年間の活動停止という制裁を提案するものであった

④意見聴取の相手方に対し、アクト4月ショーにおいて原告○○(アクトクラブ員)や屋和田が不正を行ったと断定できるかのような印象を与える可能性があり、原告○○及び屋和田の名誉を毀損する危険をはらむ行為であったと思われる。

⑤事実、被告△△(前アジアディレクターであったクラブオーナー)の供述によっても、アクトの「活動停止」とは具体的に何を禁じられたものか不明である上、原告○○は7回のキャットショーへの出陳を拒否されるという、
同原告個人に対する不利益処遇を受けた

⑥上記意見聴取が原告○○(アクトクラブ員)個人の社会的評価を低下させた可能性がある


あの「意識調査」がどういうものであったのか、その本質が今回の「判決文」ではっきりしたのではないでしょうか。

当時のクラブ代表・ジャッジにあっては、東京地裁から”断罪”された、あのような「意識調査」にどんなコメントを回答したのか、いま一度、振り返ってみて頂ければと思います。

小さな趣味の世界の出来事ですが、”魔女狩り”とはこうして起きるということが良く分かります。

TICAアジアという趣味の組織で、当時のディレクターやセクレタリー主導で、こうした”悪質”な嫌がらせ行為が行われたことはとても恥ずかしく、TICAの看板を汚す由々しき出来事であったと思わざるを得ません。

2017年7月28日 (金)

「出陳拒否」裁判、「判決」のポイント解説④

今回の一連の「出陳拒否」では、単にアクトクラブ員が繁殖した猫を譲り受けただけの一般オーナーもまた、「出陳拒否」されました。

被告側は、2013年4月29日のアクトショーを”盾”に取り、TICAのShow Rule 23.6.5を捻じ曲げて拡大解釈して、関係者の猫も「出陳拒否」できるとの主張を振りかざしてきたわけです。

それは、前アジアディレクターがオーナーのクラブの「ショーフライヤー」に、「公の場でTICAを批判した方およびその関係者のエントリーはお断りいたします(ShowRule23.6.5)」との注記を入れていたことでも明らかでした。

これについての東京地裁の判断は極めて明瞭、簡潔でした。

「原告◎◎(一般オーナー)については、
アクト4月ショーの開催には無関係であり、レオもショールール23.6.5に該当するような猫であったことを認めるに足りる証拠はない」--。

まさに原告側が主張してきた通りであり、全面的にその主張が通ったと言えます。

TICAアジアの中に
は、依然として、裁判を起こすのはやり過ぎだとか、裁判を起こす方が悪いというメンバーがいるようですが、こんな当たり前のことですら、司法の判断を仰がなければならない組織の方が”異常”としか思えません。

今回の「判決」を読むと、多くのメンバーが「我関せず…」を装い、声を上げようとせず、”自浄作用”が全く働かない(=働かせようとしない)組織の”異常さ”が浮き彫りになったのではないでしょうか。

2017年7月27日 (木)

「出陳拒否」裁判、「判決」のポイント解説③

今回の「判決」は、前アジアディレクターであったオーナーのクラブにおける3回のショーを対象にしたものでしたが、前セクレタリー(現アジアディレクター)が唐突に”登場”し、被告側として「陳述書」を提出した上に、被告側証人として法廷に現れ尋問に応じました。

果たして、前セクレタリーの”助太刀”は役立ったのでしょうか?

東京地裁は以下のような判断を下しました。

①(前セクレタリーが主宰するクラブは)、同クラブが主催したキャットショーへの望みなきにあらずの出陳を拒絶した。

②□□(前セクレタリーで、現アジアディレクター)は、原告訴訟代理人に対し、「未来永劫依頼人の猫は私のクラブのショー出陳はお断りします」との文書を送付した。

③証人□□(前セクレタリーで、現アジアディレクター)の証言及び陳述書の記載は、前記の事実からして、□□が原告○○(アクトクラブ員)に
敵意を抱いていることが明らかな者であり、客観的な裏付けもないことから、信用することはできない

この「判決文」の記載から分かるように、前セクレタリーの”助太刀”は何の役にも立たなかったことが窺えます。

逆に、客観的な裏付けのない主張を司法の場で陳述する人物としての印象を強めることになりました。

そして、同じTICAアジアメンバーに対して「敵意を抱いていることが明らかな者」が現在、組織のトップに就いていることも白日の下にさらされたわけです。

本来、中立公正な立場で組織運営しなければならない人物が、裁判所から「敵意を抱いていることが明らかな者」と「判決」の中で”指摘”されるのは極めて恥ずかしいことです。

TICAアジアのトップが依然として、こうした人物であることがTICAアジアの正常化と健全性を妨げているとしか思えません。

今回の「判決」でも明らかなように、TICAアジアを正常化するためには、TICAアジアメンバーを敵視することなく、平等・公平に扱い、何を主張するにしても客観的な裏付けやその根拠と理由をはっきり示せる人物が就く必要性のあることがはっきりしたと思います。

2017年7月26日 (水)

「出陳拒否」裁判、「判決」のポイント解説②

前アジアディレクターであったクラブオーナーら被告側は、「出陳拒否」の理由として、2013年4月29日のアクトショーに問題があったかのように主張していましたが、東京地裁は以下の判断をしました。

①アクト4月ショーには、30日ルールやウィークエンドルールと抵触しないかという問題があったものの、事前にTICA本部に照会してキャットショー開催のライセンスを受けている。

②TICA本部においても、アクト4月ショー自体に出陳された猫のポイントを無効とするような不利益処分を何ら科していない。

③被告らは、アクト4月ショーにおいて出陳猫総数が不正に水増しされたかのごとき主張もするが、これを認めるに足りる証拠もない

④そもそも、アクト4月ショーにおける出陳猫総数が極端に多いとも言い難い

⑤当時のTICAのボードメンバーのひとりは、原告○○(アクトクラブ員)のトレイニー申請否決、
屋和田に対するジャッジ資格の降格および剥奪がアクト4月ショーに倫理的な問題があったためになされたのように述べるが、具体的にどのような点が問題であったのか全く明らかにされておらず、ショールール23.6.5に該当する理由があったと認めるには足りない

⑥メーリングリスト(TICAの会員によるメーリングリストではあるが、TICAによる公式のものではない)に、アクト4月ショーの開催に問題があった旨の記載があったことが認められるが、
正確な調査に裏付けられたものであることを認めるに足りる証拠はない

原告○○(アクトクラブ員)やスプレンダーがTICAの利益を損なうような行為をしたことの根拠とはなり得ない。

上記もまた、裁判を通じて原告側が主張してきたものであり、原告側の主張がほぼすべて認められたと言えます。

前アジアディレクターら被告側が、正当な根拠と理由に基づかず(=示さず)、印象操作を施した一方的な主張を喧伝し、同調圧力をかけていた実態がはっきりしたかと思います。

2017年7月25日 (火)

「出陳拒否」裁判、「判決」のポイント解説①

それでは、今日から「判決文」に沿って、ポイント解説をしていきたいと思います。

TICAのShow Rule23.6及び23.6.5解釈と適用について、原告側と被告側の見解は対立していたわけですが、東京地裁は以下の判断をしました。

◆ショーコミッティーによる「出陳拒否」の自由裁量権について

①被告らは、出陳させなかった理由として、原告○○(アクトクラブ員)がアクト4月ショーを開催したことによってショールール23.6.5の事情が生じ、被告らには、その自由裁量権により、出陳を拒否できる権限があったことを主張する。

②この点、ショールール23.6は、出陳拒否理由を列挙しており、仮にこれを例示列挙と解釈したとしても、
ショーコミッティーに対し、完全な自由裁量による出陳拒否権を与えたものでないことは、その定め方からして明らかである。

◆2014年2月ショーの「出陳拒否」の理由について

①被告らは、2月ショーの出陳拒否事由につき、申込締切日までに、原告○○がエントリーフォームを送信していないことを理由のすべてであるとしていたことが認められるが、本件訴訟では、専ら、ショールール23.6.5を出陳拒絶の理由としている。

② このことからすると、被告△△(前アジアディレクターであったクラブオーナー)自身、2月ショー開催時点において、ショールール23.6.5を適用できるだけの裏付けとなる証拠を持っていなかったと考えられる

いずれについても、裁判を通じて原告側が主張してきたもので、原告の主張が全面的に認められたということができます。

2017年7月24日 (月)

【続報】「出陳拒否」裁判、原告側の実質”勝訴”

先ほど、「出陳拒否」裁判の結果について、原告の請求が棄却されたとお伝えしましたが、「判決文」を読むと、損害賠償請求が棄却されただけで、実質的には原告”勝訴”と言える判決内容でした。

というのも、今回の一連の「出陳拒否」(3回分)について、裁判所は具体的な拒否の理由はなかったとの判断を示したからです。

そのことは、裁判長が「判決文」の中で、以下のように述べていることからも明らかです。


被告らによる望みなきにあらず及びレオの各出陳拒否には、ショールール23.6.5に該当する理由があったと認めることはできない

その他、被告らによる出陳拒否には、ショールールに定められた理由があったことを認めるに足る証拠はない

被告らの出陳拒否は、権限を逸脱したものといわざるを得ない」--。

ただ、「出陳拒否」自体に”違法性”はあるものの、法的に保護された権利や利益の侵害に直接的に結び付き、原告に損害を与えたとまでは言えないとして、損害賠償請求は棄却されたということのようです。

今回の「判決」では、みなさんの関心が高いと思われるその他の”問題”についても、東京地裁により”白黒の決着”が付きました。

明日からは、さらに詳しく「判決文」の内容のポイントを解説していきたいと思います。

【速報】「出陳拒否」裁判、請求棄却!

前アジアディレクターがオーナーのクラブにおける「出陳拒否」裁判(3回分)は、原告側の請求が全て棄却されたとのことです。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月23日 (日)

「出陳拒否」裁判、明日いよいよ判決!

前アジアディレクターがオーナーのクラブにおける「出陳拒否」裁判は3年に及ぶ審理を終え、ようやく明日、「判決」を迎えます。

刑事事件の死刑判決だと、主文を後回しにして、判決理由の読み上げから始まる場合がありますが、民事裁判では余程の大事件でない限り、主文が伝えられるだけのごく簡単なものです。

おそらく1分もかからないかもしれません。

原告側、被告側とも、代理人を含めて誰一人出廷せず、裁判長が淡々と主文を読み上げる光景も珍しくないようです。

原告勝訴なら主文において、賠償額(一般に請求額通りとはなりません)が認められ、被告勝訴なら主文は「原告の請求を棄却する」と極めて簡素になるはずです。

「判決文」は、その場で受け取れるケースは少なく、当事者が出廷しなかった場合、「判決正本」は郵便で送られてきます。

控訴する場合、判決の送達を受けた日の翌日から2週間となっています。

従って、この裁判が最終的に終結するかどうか決まるまでには、あと2週間以上先と言うことになります。

2017年7月22日 (土)

裁判の「点」と「点」を結ぶ「線」(5)

5つの「裁判」を結んで「線」とした際に見えてくるもの--。

昨日の続きで言えば、ボード「決議」の信頼性が揺らぎかねないリスクを孕むことは憂慮すべきでしょう。

「出陳拒否」裁判で、原告側が勝訴するということは、「出陳拒否」を問題ないとしたボードの「決議」が”否定”されたことを意味するわけです。

もちろん、それでもTICAのボード「決議」が正しいと信じたり、正しいか正しくないかは別にしてボード「決議」を”信奉”するメンバーがいるかもしれませんが、私にはそうした感覚がまともとは思えません。

昨日も指摘しましたが、原告側はTICAのボードにも、東京地裁にも、同じ証拠を提出し、同じ主張をしているのです。

それにもかかわらず、東京地裁において「ボード」決議を覆す「判決」が下されたならば、TICAのボードの審議のプロセスのどこかに問題があったということでしょう。

今回の一連の「裁判」の「判決」ひとつひとつが、単に原告側、被告側のどちらが勝訴するのかとは別に、ボード「決議」が正しかったか間違っていたか、そのプロセスに問題があったかなかったかも明らかにするという点を見落としてはならないのです。

2017年7月21日 (金)

裁判の「点」と「点」を結ぶ「線」(4)

5つの「裁判」を結んで「線」とした際に見えてくるもの--。

それは、TICAの「プロテスト」という手続きの限界と脆弱性、そして一部で機能不全に陥っている現実です。

前アジアディレクターがオーナーだったクラブ、そして前セクレタリー(現アジアディレクター)が主宰者のクラブにおける「出陳拒否」裁判において、被告側はTICAのボードにおいて「出陳拒否」が問題ない(take no action)とされている旨を主張しました。

しかし、東京地裁が原告側勝訴とするなら、それはTICAのボード決議を覆す「判決」を下したということも意味します。

ここで重要になるのは、原告側はTICAのボードにも、東京地裁にも、同じ証拠を提出し、同じ主張をしているという点です。

別に、国の裁判所でなければならないような高度な法解釈が求められているわけでも、証拠分析能力が求められているわけでもないのです。

だとすると、何のためにTICAにおいて「プロテスト」という手続きが規定されているのか分からなくなります。

こうした苦情申し立て、異議申し立て手続きは、単にルール上、定めておけばいいという類いのものではありません。

実際に機能し、正しく運用できなければ意味がないのです。

今回の一連の「裁判」では、TICAの「プロテスト」の手続きもまた、問われているということを忘れてはならないでしょう。

TICAの活動が新興国へと急速に広がっている点に鑑みれば、現在のルールをむやみに肯定するのではなく、手直しが必要なところがあるなら、積極的に改正していく姿勢が求められていると言えるでしょう。

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座⑫

最終回の今日は、クラーキングスクールを受講する際のちょっとした”心構え”についてお伝えできればと思います。

何の勉強会でもそうですが、出席して単に「聞く」だけでは身に付きません。「聴く」姿勢で臨まなければなりませんが、みなさんはいかがでしょうか。

そもそも、「聞く」と言葉は音や声などが自然に耳に入ってくることを意味するのに対して、「聴く」は積極的に耳を傾け、内容を理解する(あるいは心で受けとめる)ことを意味します。

「知る」ということも同じです。単に見て聞いて触れて「知る」だけでは身に付きません。

「True」か「False」かだけではなく、その根拠にまで踏み込んで理解するためには、「識る」という姿勢が欠かせないのです。

こうした心の様相を含めた言動の違いこそ、”出来る”クラークと、そうでないクラークを分ける分水嶺と言えるでしょう。

実際にショー会場で、クラークは何を「見て」いるでしょうか?

当然のことながら、「見て」いるだけではクラークの務めを満足に果たせません。

クラークの責務を理解した上で、クラークであるという自覚を持って「視る」姿勢が欠かせません。

それだけではなく、隣りのリングはどうなっているか、そのまた隣りのリングはどうなっているかなど、ショー会場全体を捉えて「観る」という能力も不可欠です。

次にクラーキングセミナーに参加される際は、「聞く」のではなく「聴く」、「知る」のではなく「識る」ことを意識して頂ければと思います。

そして、実際にクラークをされる際は、単に「見る」のではなく、「視る」「観る」という姿勢も意識すれば、素晴らしいクラークになれることと思います。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月20日 (木)

裁判の「点」と「点」を結ぶ「線」(3)

5つの「裁判」を結んで「線」とした際に見えてくるもの--。

それは、歴代のTICAアジアディレクター3人が軒並み訴えられている(結果としてひとりは当時、セクレタリーでした)という事実です。

すでに、この一連の「裁判」が、”集団いじめ””集団嫌がらせ””集団差別”に対する側面を持つであろうことは指摘しました。

しかし、加害者側が歴代ディレクター3人となると、単なる”いじめ”や”嫌がらせ””差別”にとどまらなくなります。

”パワハラ”の側面が出てくるのです。

つまり、TICAの日本で起きた一連の「裁判」は、TICAにおいてディレクターによる”パワハラ”があったかなかったかが 裁かれているとも言えるわけです。

その象徴例は、前アジアディレクターと、さらにその前のディレクターらが被告側となっている「ハラスメント」裁判ですが、前アジアディレクターがオーナーのクラブにおける「出陳拒否」も、”パワハラ”の側面を持っていたと言えるのではないでしょうか。

今回の一連の「裁判」では、組織の構造的な面もまた、裁かれているということを忘れてはならないのです。

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座⑪

クラークの「更新テスト」の提出期限が近付いてきましたが、いかがでしょうか。

Section1は20問ありますが、1問=1点ですから、そのほかのSectionが完璧なら、仮に半分間違ったとしても90点ですから、ある意味、安心かと思います。

ただ、私が強調したいのは、「更新テスト」は通ればいいというものではないということです。

単に合格すればいいのであれば、誰かの解答を丸写しにして提出すればいいわけです。

重要なのは、「合格すればいい」のではなくて、ひとつひとつ理解し、知識として身につけなければならないということでしょう。

ですから、アクトの「クラーキングスクール 」では、知識の習得と理解に重点を置き、「更新テスト」についても、100点満点か、少なくとも98点以上での”合格”を目指して学べるようにしています。

どのクラブが開く「クラーキングスクール」であっても、知識の習得と理解に重点を置き、「更新テスト」で100点満点を目指す教え方をしていくことが優秀なクラークの育成につながっていくことでしょう。

そうしたことは、現代日本の受験戦争や学歴社会を見ていれば自ずと明らかではないでしょうか。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月19日 (水)

裁判の「点」と「点」を結ぶ「線」(2)

「不思議なことに…」と思うか、「当然のことながら…」と思うかは人によって違うかもしれませんが、5つの「裁判」の被告側は全員、ある意味で同じグループであり、「線」でつなげると、面的な広がりを持ちます。

その後、一部の被告側において”袂を分かった”メンバーもいたようですが、「裁判」から”抜ける”ことなく、被告側で居続けていますから、「裁判」上は今なお、同じグループと言えるでしょう。

ちなみに、”袂を分かった”被告側エントリークラークのひとりは、結審する前であれば”抜ける”ことも出来ましたが、そうはしなかったわけですから、被告のひとりとして”残る”ことを選んだということになります。

今回の一連の「裁判」は、東京地裁において5つの「裁判」として、別々の裁判官のもとで審理が進んでいますが、TICAアジアとして見るならば、あるひとつのグループによる”集団いじめ”であり、”集団嫌がらせ”であり、”集団差別”であるとも言えるのではないでしょうか。

これが”組織ぐるみ”と言えるかどうかについては議論の余地はあるかもしれませんが、「点」と「点」を結んで「線」にすれば、単にひとりのいじめっ子がいて、いじめられっ子がいるという単純な構図でないことが分かるかと思います。

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座⑩

ちょっと前のアジアリジョンオフィス主催の「クラーキングスクール」で、スコティッシュフォールドのコード記号について話題になったと聞きました。

「Standing Rule」には、以下のように書いてあります。

SCS  Scottish Straight(May 2014 SH)
SC   Scottish Straight Longhair (May 2014)
SF   Scottish Fold (June 1979 SH)
SFL  Scottish Fold Longhair (May 1988)

確かに、「Fold」との兼ね合いでいうなら、「Straight」の方も、SHは「SC」とし、LHを「SCL」とする方が整合性は取れるでしょう。

一方、「Standard」はどうなっているかというと、SCOTTISH BREED GROUP (SF/SFL/SCS/SCL)と書いてあり、「Standard」のコード記号の方が分かりやすいと言えば分かりやすいかもしれません。

では、どちらが正しいのでしょうか? あるいはどちらでも構わないのでしょうか?

ここは「クラーキングスクール」の場ですから、それなりの根拠と理由を示して判断を示さねばなりません。

By-Lawsの「PREFACE(序文)」を見てみましょう。そこにはこう書いてあります。

The By-Laws take precedence over ALL other Rules, followed by the Registration Rules, Show Rules, Standing Rules, and Uniform Color Descriptions, in that order. The Registration Rules, Show Rules, Standing Rules, and Uniform Color Descriptions shall take precedence over any individual Breed Standard UNLESS that Standard is MORE restrictive than the general rules applying to ALL breeds, in which case the Standard shall take precedence.

要は、TICAのルールには序列があるということなのです。

一番、序列が高く、優先度が高いのは「By-Laws」で、ルール的な序列が最も低いのが「Standard」なのです。(※「UNLESS」以降に但し書きが付いていますが…)

つまり、「Standing Rules」と「Standard」を比べるなら、「Standing Rules」の方が序列が高いわけですから、「Standard」でどう書いてあろうと、SCS(Scottish Straight SH)とSC(Scottish Straight Longhair)が正式なコード記号だということになるのです。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月18日 (火)

裁判の「点」と「点」を結ぶ「線」(1)

現在、5つの「裁判」が東京地方裁判所で進んでいるわけですが、それぞれをつなぐ「線」を見い出さないと、TICAアジアにおける問題の本質を見失ってしまいます。

5つの「裁判」全てに共通していることは、それが”いじめ””嫌がらせ”であり、”差別”であるということです。

このうちの3つは「出陳拒否」に絡むものですが、「出陳拒否」は単なる”手段”に過ぎません。

その本質は、TICAのルール(「出陳拒否」ではショールール23.6)を”悪用”した”いじめ””嫌がらせ””差別”であるという点にあります。

実は、私がこの「出陳拒否」が”悪質”であると思う理由も、まさにこの点にあります。

単なる”いじめ”や”嫌がらせ”ではなく、TICAのルールを”振りかざす”ことで、”加害者”側が周囲に対してあたかも正しいことをしているかのような印象操作を施している点です。

ですから、もし「出陳拒否」が正しかったのか、間違っていたのかという点だけで今回の「判決」に注目しているのであれば、それは間違っています。

原告側が何らかの形で勝訴(賠償額の多寡は関係ありません)するということは、TICAアジアにおいて、TICAのルールを”悪用”した”いじめ”や”嫌がらせ””差別”があったということなのです。

たまたま「出陳拒否」という形を取っていただけで、本質は陰湿な”嫌がらせ”であり、”悪質”な”差別”であったということになるのです。

もちろん、その逆に、被告側勝訴(=原告側の請求が棄却)となれば、TICAアジアにおいて、”いじめ”や”嫌がらせ””差別”はなかったということになります。

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座⑨

昨日の続きですが、どうしてジャッジブックのシートの色は関係ないのでしょうか--。

もうひとつ根拠を示しましょう。

理由は簡単で、2015年のAnnual Board Meetingで、改正案が出され、可決したからです。

どのように変更されたかは以下のようになっています。(※削除提案は取り消し線、加筆提案は太字の赤で示しました)

The yellow A copy of all pages of the judge’s book is to be turned in to the master clerk at the proper time during the show. The judge retains the pink a copy of all pages of the judge’s book for his/her personal records. At the completion of the show, the Master Clerk will submit the marked catalog and the yellow copies
a copy of the judge’s books to the Club/Show Committee.

シートの色を示す「yellow」や「pink」はことごとく削除され、単に「copy」と変更されたのが分かるかと思います。

これは2015年のAnnual Board Meetingでしたから、あれからすでに丸1年以上、過ぎているというわけです。

重ねて強調しておきますが、Head Ring Clerkであるなら、「Familiarity with the current TICA Show Rules」「Be completely familiar with current show rules」でなければなりません。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月17日 (月)

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座⑧

もうひとつ、基本中の基本ですが、Head Ring Clerkにおいては、「Clerking Manual」だけを読んでいても仕方ありません。

「Clerking Program」の「INTRODUCTION」には次のようにかいてあります。

Familiarity with the current TICA Show Rules, By-Laws」--。

52.2.3 にも「Be completely familiar with the Clerking Manual, show mechanics, colors, competitive divisions, show protocol and current show rules」と書いてあるのを忘れてはならないでしょう。

特に、いずれにおいても「current」と書いてあるところに注目すべきです。


例えば、日本では多くのクラブがジャッジブックの複写シートを「黄」「ピンク」に色分けし、「黄」色のシートをクラークが受け取っていますが、もはやそうしなければならないというルールは存在しません。

Show Ruleの「ARTICLE SEVENTEEN - Judges Records」の2017.1には以下のように書いてあります。

Judges Books. Judges must forward the COVER and the ORIGINAL (white copy) of all pages of the judge’s book to the Executive Office of TICA within 48 hours after the close of the show. Alternatively, judges may forward a scanned document containing the cover and all white pages to the Executive Office within 72 hours after the close of the show.

The scanned book must be legible and all pages must be included, otherwise the judge’s book will not be considered complete and timely, and the penalties for a late judge’s book assessed.

If a scanned book is used in lieu of the original, the judge must retain the original judge’s book until one year after the close of the show season to which that judge’s book relates, and must provide the original judge’s book to the Executive Office within 48 hours if requested to do so.

A copy of all pages of the judge’s book is to be turned in to the master clerk at the proper time during the show.

The judge retains a copy of all pages of the judge’s book for his/her personal records. At the completion of the show, the Master Clerk will submit the marked catalog and a copy of the judges’ books to the Club/Show Committee.

このルール自体は、ジャッジブックの取り扱いの規定ですが、どこにも「Yellow」だの「Pink」だのという表記が出て来ないのが分かるかと思います。

結論から言えば、現在はシートの色など全く関係ないのです。

(続く)

2017年7月16日 (日)

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座⑦

基本中の基本になりますが、リング内の安全管理はクラークの責務です。

当然のことながら、リング内に入ることが許されていない、認められていない等の人物が入って来ようとした場合、それを制止するのはクラーク(Head Ring Clerk)の仕事です。

そのことは、Clerking Manualの「TWO - Duties of Ring Clerks」の52.2.5に「
Keep all unauthorized persons out of the judging area」と書いてある通りです。

例えば、子供が無邪気にリング内に入ろうとした時など、そうした状況をいち早く察知し、ジャッジが注意する前にクラークが制止しなければなりません。

ジャッジに与えられているのは、誰をリング内に入れるべきか、入れないべきかの許諾権限であって、入れてはいけない人たちを制止する責務はクラーク(Head Ring Clerk)にあります。

ジャッジが審査に集中できるようにすることがクラークの重要な責務であることと考え合わせれば、当然と言えるでしょう。

2017年7月15日 (土)

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座⑥

Show Rule 216の「DQ」についての規定(216.8~216.12.11.3)は、長くなるので省きます。

ただ、噛み付く(あるいは噛み付いた)猫については、216.9として「
A judge shall disqualify and dismiss from the ring any cat that bites」と規定されていますから、212.5に従えば、この「DQ」の猫は「キャットカウント」に含まれるということになります。

そして、216.9をいかに解釈するかという議論に立ち返るなら、

①猫が意図的に噛み付いたかどうかは関係ない
②誰に噛み付いたかは問題ではなく、噛み付く(噛み付いた)行為自体を問題とする
③ジャッジのハンドリング中に限定するわけではなく、リング内での出来事として適用する

わけですから、これらの「DQ」の猫もまた、「キャットカウント」に含まれるということになります。

人によっては、ジャッジが猫に手を触れた、あるいはハンドリングすれば「DQ」であっても「キャットカウント」に含め、ジャッジが猫に触れない、あるいはハンドリングしていない場合の「DQ」は「キャットカウント」に含まれないと言うかもしれません。

ただ、重要なのはその根拠と理由です。

もし、そのように言う人がいたなら、その人に「ルールのどこにそう書いてあるか」を聞いてみることをお勧めします。

2017年7月14日 (金)

【続報】TICA登録情報の漏洩について

5月23日のブログ25日のブログでお伝えした「TICA登録情報漏洩」の続報です。

情報漏洩したのはBGということのようです。(BGだけなのかどうかは不明です)

具体的に誰のどのBGの登録情報が漏洩したのかは明らかにされていません。

また、情報漏洩した後、 それらが実際にどのように使われたのかも不明です。

登録情報の改竄等はなかったようですので、 その点では良かったと言えますが、このようなご時世ですから、 セキュリティ管理の徹底は不可欠と言えるでしょう。

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座⑤

「DQ」とされた猫が「キャットカウント」に含まれるかどうかですが、昨日は「基本的にジャッジによって『DQ』とされた猫であっても、『キャットカウント』に含まれる」とご紹介しました。

ここでポイントになるのは「基本的に」そうなるというところです。

もう一度、Show Rule 212.5を振り返ってみましょう。

Entries disqualified by the judge per provisions on Show Rule 216 are also counted」となっています。

ここで、 「also counted」とされる「DQ」は、「Show Rule 216の規定によってジャッジが『DQ』とした猫」という限定になっているのです。

逆に言うなら、「Show Rule 216」以外の理由によって、ジャッジが「DQ」とした猫は、「キャットカウント」に含まれないと解釈できます。

何を言いたいかといえば、クラークはShow Rule 216を良く理解していなければならないし、Show Rule 216を正確に理解していなければ、「DQ」の猫が「キャットカウント」に含まれるか含まれないか、正しく判断できないということです。

なお、この場合のShow Rule 216とは、「DQ」適用の具体的な規定である216.8~216.12.11.3を指しています。

(続く)

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月13日 (木)

【お知らせ】「TICA Standings Archive」について

もしかすると、前シーズン(2016-2017 Show Season)のランキングについて、「どこにも掲載されていない…」と不思議に思われているメンバーがいるかもしれませんが、それは事実です。

過去の「Standingsについて、TICA公式HPの「TICA Standings Archive」 に掲載されてますが、「2016-2017 Show Season」については、現在、別のページに飛び、上位のランキングしか公表されていません。

これは、米国TICA本部が、まだ全体のランキングを公表していないためです。

従って、上位ランキング以外の猫の最終的なポイントや順位は、現状ではそれが公表されてからしか分からないということになります。

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座④

クラークにとって、「キャットカウント」の確認作業が重要であることは論を待ちません。

となると、「DQ」の猫が「キャットカウント」に含まれるか否かもまた、当然のことながらクラークにとっては知っておかねばならない必須項目と言えるでしょう。

いろいろな人がいろいろなことを言う(=解釈をする)かもしれませんが、TICAの「Clerking Program」に入るのであれば、TICAのルールに基づいて知っておくべき知識は頭に入れておかねばなりません。

「DQ」とされた猫の扱いについては、Show Rules の「ARTICLE TWELVE - Prizes and Trophies Ribbons and Rosettes」にある 212.5を確認する必要があります。

212.5 Entries not eligible for competition under Show Rules 23.2.1 and/or 216.4.1 may be “presented” in the ring where ineligible for competition and shall be counted when determining the number of entries present and competing. Entries disqualified by the judge per provisions on Show Rule 216 are also counted.(※太字で赤にした部分は私がしました)

TICAのShow Rule上、基本的にジャッジによって「DQ」とされた猫であっても、「キャットカウント」には含まれるということになります。

(続く)

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月12日 (水)

【お知らせ】「TICA YEARBOOK」写真送付について

「2017 TICA YEAR BOOK」の早割の締切が近付いて来ました。(7月15日)

アジアリジョンの「RW」の猫も写真が載ります(載せられます)が、全部ではありません。

①「YEAR BOOK」に掲載されるのは、オールブリードの「RW」のトップ25です。(※LH、SHのトップ25ではありません)

②無料で掲載されるのはトップ10です。

③オールブリードの「RW」の11~25位の猫の写真を載せるには15ドルを支払い、写真を「YEAR BOOK」編集長に送る必要があります。(※昨日時点)

この他、以下の猫の写真も載せることができます。

・チャンピオンシップのカラー別トップ3(20ドル)
・2nd Best Breed、3rd Best Breedのcats/kittens/alters (15ドル)
・Grand~Quad Grandを獲得した猫(14ドル)
・Supremeを獲得した猫(18ドル)

↓↓↓申し込み用紙は下記サイトで入手できます↓↓↓

www.tica.org/pdf/forms/yearbook/2017.pdf

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座③

Show Rule 216.9:A judge shall disqualify and dismiss from the ring any cat that bites.

昨日は、解釈のポイントを2つご紹介しました。(①誰に噛み付いたかではなく、とにかく噛み付く猫を対象にしていること、②ジャッジの審査中に限定するものではなく、リング内で噛み付く猫を対象にしていること)

このルールに限りませんが、解釈するに当たっては、常に「根拠」と「理由」を念頭に置かなければ、自分勝手に解釈して、後々、トラブルになりかねません。

今回のテーマに関しては、2014年のアニュアルボードミーティングの「議案」と「議事録」を再確認する必要があります。

実は、この時、216.9の記述が「曖昧である」という理由から、全面的に書き直す改正案が提出されたのでした。

その時の改正項目のひとつが以下のようなものでした。

216.9 Any cat or kitten which intentionally bites the judge, clerk, steward, trainee or any other show official during the course of judging, shall be immediately disqualified from that ring. The cat shall not be eligible to compete in any rings in which it has not already been judged for the remainder of the show.

改正のポイントは3つありました。

1つは、「intentionally bites(意図的に噛み付く)」場合に限定したこと。(※猫が意図的に噛み付いたか、意図的でなかったかを、どう見分けるかは置いておきます)

2つ目は、誰に噛み付いたかをはっきりさせて、「the judge, clerk, steward, trainee or any other show official」と限定したこと。

3つ目は、「during the course of judging(審査の過程の間)」とすることで、噛み付く行為が起きた場面もはっきりさせたこと。

しかし、この改正案に対しては、「No Action(=改正しない)」という動議が出されて可決されました(=改正されないことになりました)

つまり、①猫が意図的であったかなかったかは関係ない。②誰に噛み付いたかは問題ではなく噛み付く行為自体を問題とする、③ジャッジのハンドリング中に限定するわけではなく、リング内での出来事として適用する--ということが分かります。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月11日 (火)

「どうしてここまで放置してきたのか…」という疑問(4)

「いずれこうなることは分かっていたのに、どうしてここまで放置してきたのか…」

組織としての構造的な要因も忘れてはならないでしょう。

言い換えれば、単に一部のクラブ、一部のメンバーの問題ではないということです。

たまたま、一部のクラブ、一部のメンバーにおいて、突出した形で”依怙贔屓”や”利益誘導””公私混同””私物化”が顕在化し、それが「出陳拒否」や「ハラスメント」へとつながりましたが、組織風土として構造的に抱えている問題があることを忘れてはなりません。

それぞれのクラブの代表が、TICAの公認クラブの代表であるという自覚を持っていれば、クラブの”私物化”が起きるはずはなく 、クラブ員の猫に優先していい成績を付けることなども皆無になり、クラブ会計の透明性も向上していたはずです。

TICA公認クラブの代表、ジャッジとして本当に公平性、公正性、平等性を重んじるなら、このクラブには協力するが、あのクラブには協力しないといった”差別”行為は出て来ないはずです。

”依怙贔屓”や”利益誘導””公私混同””私物化”がなければ、”逆らえない”組織風土が根付くはずはなく、クラブオーナーやクラブ代表の指示に唯々諾々と従わざるを得ないようなクラブ員も存在しなかったはずなのです。

では、なぜ”依怙贔屓”や”利益誘導””公私混同””私物化”がなくならないのか--。

それは、メンバーひとりひとりに、TICAメンバーとしての自覚が欠けていることもあるでしょう。(それに、実際のところ、TICAの会員でないけれどもクラブ員であるという人もいるわけです)

さらに、心の奥底で程度の差こそあれ、”依怙贔屓”や”利益誘導””公私混同””私物化”を容認する気持ちがあり、それによって自らも何らかの”恩恵”を受け続けてきたからです。

北朝鮮問題はどこか一国が「放置してきた」のではなく、全ての国と国際社会全体が解決を先延ばしにし、問題を温存してきたからこそ、今日のような事態を招いたのです。

TICAアジアもある意味で同じではないでしょうか。

誰かが「ここまで放置してきた」のではなく、全員が組織風土の構造的な問題に目をつぶり、今なお過去の反省に立つことなく温存し続けようとしているところに、最大の問題の”根”があるように思えてなりません。

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座②

今日のテーマは、噛み付いた猫の扱いがどうなるかです。

実は、これに関連したルール改正案が、かつてボードミーティングで出され、大きな話題となりました。

まず、現状のルールがどうなっているかを確認しましょう。

Show Rule 216.9には以下のように書いてあります。

A judge shall disqualify and dismiss from the ring any cat that bites」--。

日本語に訳すと、「ジャッジは噛み付くいかなる猫も失格とし、リングから退場させねばならない」となります。

これは、「ARTICLE SIXTEEN(第9条) - Judging Procedures(審査手続き)」の中の「Disqualifications(失格)」のところに入っているルールです。

このルールの解釈のポイントは以下の2点です。

①誰に噛み付いたかではなく、とにかく噛み付くような(あるいは噛み付いた)猫を対象にしていること

②ジャッジの審査中に限定するものではなく、リング内で噛み付くような(あるいは噛み付いた)猫を対象にしていること

クラークの「更新テスト」を受けられている方々からは、もしかすると「なぜ、そう言えるのか?」「勝手に解釈しないで!」という”突っ込み”が入りそうですが、根拠と理由なく、言っているわけではありません。

それについては明日、お伝えしたいと思います。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月10日 (月)

「どうしてここまで放置してきたのか…」という疑問(3)

北朝鮮問題を見ていて思うのは、世界各国が毅然とした態度で「NO!」を突き付けないと、相手は人の足元を見透かして止めようとしないばかりか、エスカレートしていくということです。

もちろん、「NO!」が単なるポーズや見せかけであっては意味がなく、それは現在の北朝鮮の度重なる挑発を見れば手に取るように分かります。

組織内における「いじめ」や「嫌がらせ」も同じです。

はっきりと「NO!」と言わず、”圧力”や”脅し”に屈することは、相手に付け込む隙を与え、結局のところ「この人は”圧力”かければ言うことを聞く人」と思われるだけになってしまいます。

昔は必ず、クラスにひとりやふたり、いじめっ子がいると懲らしめるような生徒がいて、クラス全体として「いじめ」に同調したり、弱い者いじめをしたりするのを許さない雰囲気がありましたが、今は全くそうではなくなりました。

懲らしめようとする正義感の強い生徒はおらず、クラス全体としても”圧力”や”脅し”に屈することを「やむを得ない…」と容認する雰囲気が蔓延しています。

確かに、学校において、担任の先生や校長といった組織のトップが「いじめ」や「嫌がらせ」の”張本人”であったとしたら、なかなか”圧力”や”脅し”に抗うことは難しいかもしれません。

だからと言って、”圧力”や”脅し”に屈して”泣き寝入り”していていいはずがありません。

長年にわたり、ひとりひとりが「放置してきた…」組織にあっては、誰かがまた”圧力”や”脅し”に屈することで、さらに問題は「放置」し続けられ、組織風土の”腐敗”と”退廃”が一段と進むことになるのです。

【eセミナー】クラーキングスクール夏季講座①

eクラーキングスクールの夏季講座を始めたいと思います。

昨日開催したアクトの「クラーキングスクール」から、ポイントのいくつかをご紹介します。

「クラークテスト」の提出期限も迫りつつあり、「テスト」を受けられている方は参考にして頂ければ幸いです。

まず、クラーク資格の更新手続きが若干、変わった点を再確認したいと思います。

「クラークテスト」を受け取っているメンバーはその1ページ目にポイント概略が記載してあり、そこにも含まれているのでお分かりかと思います。

これまでは5ドルの更新料を支払わず、提出期限までに「更新テスト」を送り返さないと、ク ラーキングプログラムから落ちてしまいましたが、現在は変わりました。

提出期限までに送り返せなかった場合は、10ドルのPenaltyを払えば、さらに2週間の猶予が与えられるというものです。

しかし、この規定はTICA本部が公表している「Clerking Program」には記載されていません。

早い話が、「Clerking Program」のVersionが旧く、まだ改正が反映されていないのです。

そこで、2016年のアニュアルボードミーティングの「議事録」を読み返す必要があります。

そこには、「Clerking Program」 51.2.5.3の改正案が提出され、可決されたことが載っています。

The re-certification exam must be returned to the Clerking Administrator within 60 days of the date when the exam was mailed or emailed. Failure to comply with this deadline will result in the Trainee or Clerk being dropped from the Clerking Program
being assessed a penalty of $10 and being given an additional 2 weeks to complete and return the test.

つまり、5ドルの更新料を支払わず、提出期限までに「更新テスト」を送り返さない場合、クラーキングプログラムから落ちることはなく(※改正案ではその部分が削除されています)、10ドルのPenaltyを払えば、さらに2週間の猶予が与えられるというわけです。

①10ドルのPenaltyを払わず、猶予期間内でも「更新テスト」を終えなかった場合、②10ドルのPenaltyを払って2週間の猶予を貰ったが、それでも「更新テスト」を送り返さなかった場合に初めて、クラーキングプログラムから落ちることになります。

従って、復職のために再申請手続きをしなければならなくなるのは①と②のケースというわけけです。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月 9日 (日)

再びとんでもない”虚偽報告”が発覚(7)

なぜ、TICAアジアにおいてトラブルが複雑化し、長期化するのでしょうか--。

その原因の一端が、今回の”虚偽報告”問題の中にも見て取れます。

TICA公認クラブの代表であるオールブリードジャッジが、「出陳拒否」裁判の原告側として「陳述書」を提出し、取り消しも取り下げもしないまま結審したのは事実です。

ですから、前アジアディレクターであったクラブオーナーは素直に、「私の勘違いでした。撤回し謝罪いたします」と素直にTICA本部に報告すればいいだけのことだったのです。

実際に、その「陳述書」が取り消されたかどうか、取り下げられたかどうかは、原告側に聞かずとも、自分が雇っている被告側代理人に聞けば、すぐ分かることでした。

それにもかかわらず、一切、確認しようとせず、「That is not illegal」と”詭弁”を弄したわけです。

それだけでなく、「彼の苦情は支離滅裂なでっち上げ以外のなにものでもない」とか、「私は、この種のプロテストが私に対するハラスメントだと結論付けないわけにはいかない)」と、相手を”誹謗中傷”するようなことを書くから、問題が拗れるのです。

どんな組織でもそうですが、事実確認すれば分かることでも決してしようとせず、追及されると「違法ではない」とか「不法行為ではない」と”詭弁”を弄するような人がいると、組織風土は”退廃”し、嫌気が差す人が増えていくのです。

自分の主張が正しいかどうか常に確認する努力を怠らず、誤解や勘違いがあったなら素直に謝る組織風土にしていかないと、いつまで経っても良い方向には向かいません。

2017年7月 8日 (土)

再びとんでもない”虚偽報告”が発覚(6)

「重婚ストーカー『中川俊直』 お詫び行脚でトンデモ釈明」--。

昨日発売のある週刊誌にこんな見出しの記事が載りました。

「魔の2回生」であり、不倫の末に“重婚ストーカー”で世を騒がせた前経産政務官に関する記事です。

記事によると、後援会関係者の話として、「留守中に来て名刺を置いていったけど、そこには彼の直筆で“私は不法行為をしていません”と書いてあってね」というコメントが出ていました。

その後に続く、後援会関係者の”心の内”は以下のようなことになるでしょう。

「不法行為をしたかどうか、犯罪かどうかが問題なのではなく、長年支えてきた支援者、特に女性には重大な裏切り行為だ」いうことであり、「離党じゃ済まない。辞職すべきだ」という気持ちなのだと思います。

前アジアディレクターだったクラブオーナーのショーカタログの「ご挨拶」を巡る出来事にも同じことが言えます。

というのも、前アジアディレクターはTICA法律顧問に送った報告文書で、自分が「ご挨拶」で書いた内容について「That is not illegal」と言っていたからです。

しかし、私たちが問題にしているのは、「違法であるかないか」「不法であるかないか」ではないのです。

TICA公認クラブのオーナー、アジアディレクター(当時)が書く内容として適切でないということであり、TICAのモットー、TICAの使命に対する重大な裏切り行為ではないか…ということでした。

それにもかかわらず、「That is not illegal」という訳の分からない”釈明”をして正当化しようとしたところが問題であり、TICA公認クラブのオーナーとして”不適格”と思われても仕方がないのではないでしょうか。

2017年7月 7日 (金)

「どうしてここまで放置してきたのか…」という疑問(2)

昨日は、共通性について考えてみましたが、大きな違いもあります。

北朝鮮の核実験やミサイル発射に対しては、そのたびに各国が「非難声明」を出し、「制裁措置」を実施し、国連も様々な「決議」をしてきました。

それでも、北朝鮮は核とミサイル開発を止めることはありませんでした。

しかし、TICAアジアにおいて、事情は大きく異なります。

ある一部のクラブが「出陳拒否」しようが、何をしようが、他のクラブ代表もジャッジも表立って声を上げることなく、見て見ぬふりをし、時に”圧力”や”脅し”に屈し、「所詮は他人事…」とばかりに沈黙を守り続けてきました。

今では、「出陳拒否」は悪いことではなく、「裁判」を起こした方が悪い、「ブログ」が悪いというようにすり替えられ、今なお”魔女狩り”のような様相は続いています。

一方、TICAのボードに目を移せば、その重い腰を上げたのは実効性に疑問符が付くような「1000ドルの罰金」と「1カ月のショー禁止」ぐらいでした。

これでは”止まる”ものも”止まり”ませんし、”止まる”はずがありません。

北朝鮮問題はある意味、「止められなかった」と言えるかもしれませんが、TICAアジアにおいては誰も”止めようとしなかった”のですから、そもそも”止まる”はずも”止む”はずもなかったと言えるでしょう。

再びとんでもない”虚偽報告”が発覚(5)

前アジアディレクターであったクラブオーナーの”虚偽報告”が、なぜ”悪質”であると思えてならないのか--。

それは、TICA法律顧問あるいはボードメンバーが「どうせ、日本語など分かるはずがないだろう」などと、容易に”騙せる”と高を括っているようにしか見えない、ある前提に立って書いたと思われるからです。

いま一度、ショーカタログの「ご挨拶」に戻ると、前アジアディレクターは、原告側として提出したジャッジの「陳述書」について、「内容はとんでもなく過激なものでした」と書いていました。

アクトクラブ員はこれを「extremely radical」と訳しましたが、前アジアディレクターは”誤訳”だとし、「正しくは『something terribly shocking』である」と、TICA本部に報告したのです。

「radical」は文字通り、「過激な」という意味であり、アクトクラブ員はまさに前アジアディレクターが書いた通りに直訳したわけです。

これに対して、前アジアディレクターは「ご挨拶」では書いていない「something(何か)」を補った上に、「過激な」を「shocking(衝撃的な)」と訳したというわけです。

日本人であれば、「内容はとんでもなく過激なものでした」という文章と、「内容はとんでもなく衝撃的なものでした」という文章の微妙なニュアンスの違いは一目瞭然(=一読瞭然)でしょう。

前者は、「過激なもの」と客観的に言い切っているのに対し、後者は内容が実際に過激かどうかは別にして、「(本人にとっては内容が)衝撃的だった」と、読み手の主観を述べているに過ぎないからです。

日本語が理解できないボードメンバーは、前アジアディレクターが「『radical』ではなく、『shocking』と書いたんです」と主張すれば、「日本語は分からないけれど、書いた本人が言っているのだから、きっとそうなのでしょう」と信じ込まされてしまうでしょう。

しかし、それは日本語を理解できない外国人だから通じるのであって、日本語が理解できるなら、「過激なもの」と「衝撃的なもの」は明らかに意味するところやニュアンスが違うことは分かるはずです。

そこには、証拠さえ掴まれなければ何をしてもいいといった、たちの悪い発想が横たわっているとしか思えません。

なお、あるTICA公認クラブ代表でジャッジでもある人物が原告側として提出した「陳述書」は、取り消されても、取り下げられてもいませんから、この裁判が終われば公開資料として、誰でも読めるようになります。

そこに書いてある内容が「過激(radical)」だったのか、「とても衝撃的(something terribly shocking)」だったかは、歴史が証明してくれることでしょう。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月 6日 (木)

「どうしてここまで放置してきたのか…」という疑問(1)

北朝鮮が「ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験に成功した」と発表し、米国もこれが「ICBMだった」と公式に認めました。

一般的な国民感情として思うのは、「いずれこうなるであろうことは分かっていたのに、どうしてここまで放置してきたのか…」という素朴な疑問です。

もちろん、その間、各国においてそれなりの対応をしてきたのでしょうが、結果としてこうなっているわけですから、やはり「なぜ、こうなるまで…」という思いは拭いようがありません。

TICAアジアもある意味、同じでしょう。

私の中では、「どうしてここまで放置してきたのか…」との疑問は共通します。

しかし、そこは趣味の世界--。経緯を辿れば、いくつもの”原因”が手に取るように分かります。

2013年4月29日のショーの件は、あくまでアクトとTICAボードの問題でしたが、それを「アクト潰し」や「アクト叩き」に”悪用”した人たちがいて、さらにその”尻馬”に乗って同調した人たちがいたということに尽きるでしょう。

今から振り返ってなお、アクトに対する「1年間の活動自粛」が不可欠であったと考えるクラブ代表者・ジャッジが何人いるでしょうか?

今から振り返ってなお、「意識調査」にあの時と全く同じコメントを書くクラブ代表者・ジャッジが何人いるでしょうか?

確かな根拠も理由もなく、一方的に「1年間の活動自粛」を”押し付け”ようとする人がいたとしても、軽はずみに”同調”する人がおらず、「意識調査」に安易に答える人がいなければ、一部のクラブにおける「出陳拒否」なる”愚行”も起こり得なかったことでしょう。

今、振り返れば、あの時、組織としての”自浄作用”が働かなかったのではなく、ひとりひとりが働かせなかったのだということが、実に良く分かります。

再びとんでもない”虚偽報告”が発覚(4)

「I cannot avoid concluding that this kind of protest is just a harrasment against me」--。

前アジアディレクターであったクラブオーナーは、ショーカタログの「ご挨拶」に関連してアクトクラブ員が申し立てた「プロテスト」に関して、冒頭のように書いてTICA本部に報告しました。

日本語にすれば、「私は、この種のプロテストが私に対するただのハラスメントだと結論付けないわけにはいかない」とでもなるでしょうか。

しかし、これもまた、広義に捉えれば”虚偽報告”の部類に入るでしょう。

どうして、あの「プロテスト」が、前アジアディレクターであったクラブオーナーに対する「ハラスメント」と言えるのかについて、前アジアディレクターは正当な根拠も、論理立てた説明もしていないからです。

これは子供の世界で良く見られる、”被害者”を装った”加害者の姿”です。

誰かがある生徒の悪い点を指摘したり、先生に言い付けたりした時に、悪いことをした生徒本人が変に”開き直り”、「何も悪いことをしていないのに、『悪いことをした』と言っていじめられた」と騒ぎ立てるのと同じ構図です。

今回の件で言えば、「ショーカタログ」の「ご挨拶」に、裁判の経緯や個人的な思いを書くのが適切かどうかと言えば、明らかに不適切と言えたでしょう。

裁判の経緯を淡々と綴ったとしても不適切なのに、「この方とはどんなことがあっても昔のようなTICAの仲間として接する事は出来ないと思いました」と、ショーとは全く関係ない個人的な”恨みつらみ”を書き連ねたのも、不適切極まりないと言えます。

TICA公認クラブ代表でもあるジャッジが東京地裁に提出した「陳述書」を読んで、仮にそう思ったとしても、自分の日記やブログに綴ればいいだけの話であって、TICAのショーカタログに載せるべきでないのは普通の大人の感覚があれば分かるはずです。

しかも、「(そのクラブ代表でもあるジャッジが)陳述書を取り消した」とか「取り下げた」などという”嘘”を書いてTICAに報告したわけですから、やはりその”罪”も問われるべきでしょう。

TICAのショーカタログに掲載する「『ご挨拶』として不適切である」ことを指摘した「プロテスト」が、どうして「ハラスメント」になってしまうのか--。

「ハラスメント」というのは、その人に関する事実でないことを報告して信用と評判を落とすことが「ハラスメント」であり、「ハラスメント」だと主張するからには根拠を示し、その理由を丁寧に説明すべきでしょう。

根拠も示さない一方的な主張が幅を利かせ、平気で”嘘”を報告するようなトップやトップ経験者のいる組織がまともとは思えませんし、TICAのジャッジングプログラムに則して考えても、そうした言動はTICAのジャッジとして”不適格”としか思えません。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月 5日 (水)

「裁判」の最近の状況について(20)

一昨日の続きになりますが、このクラブの「2月ショー」のエントリークラークはショーコミッティーメンバーであったにもかかわらず、「私の一存では決められない」「○○(前アジアディレクターのクラブオーナー)の方にお伝えください」と言っていたわけです。

加えて、”最悪”なことに、前アジアディレクターであったクラブオーナー自身が、それまでの「陳述書」において、出陳拒否を「最終的に決定したのは、当時、実質的な代表者であった私ということになります」と、堂々と陳述したわけです。

しかし、TICAのルールに”疎く”ないというのであれば、「最終的に決定したのはショーコミッティーです」と陳述すべきでした。

つまり、仮にこのクラブのショーにおいて「ショーコミッティー」があったとしても、”形骸化”していたか、全く実態のない”名ばかり”「ショーコミッティー」であったということが見て取れます。

初心者がルールに”疎い”のは仕方ないにしても、ディレクターを何期も務めた人物が、自分の属する組織のルールに”疎く”ていいはずがなく、ほぼ3年にわたる裁判を通じてでなければ、ルール通りの”認識"に至らないというのは信じられません。

規模の大小を問わず、トップが”面汚し ”や”恥さらし”をしていては、どれだけ社員や会員が頑張って組織を正常化、健全化しようとしても、その努力は実りません。

それは現在の自民党や安倍政権の状況と、都議会選挙での自民党の歴史的惨敗を見ても明らかでしょう。

TICAアジアにおいては、正しい日本語を理解し、自らの組織のルールに精通し、司法の場に出たら誰もが納得するような筋の通った「主張」をしっかりできるトップが必要であるとの思いは私だけではないはずです。

再びとんでもない”虚偽報告”が発覚(3)

前アジアディレクターであったクラブオーナーの”虚偽報告”が、なぜ”悪質”であると思えるのか--。

それは、前アジアディレクターが”虚偽報告”しただけにとどまらず、「プロテスト」したアクトクラブ員に対して、「(彼の)苦情は支離滅裂なでっち上げ以外のなにものでもない(complaints are nothing but incoherent fabrications)」とも書き連ねていたからです。

自分で”虚偽報告”しておきながら、その”虚偽報告”を棚に上げ(ボードにバレル恐れはないと思ってしたかどうか分かりませんが…)、アクトクラブ員を”誹謗中傷”する報告をするとは、人権侵害も甚だしいと言わざるを得ません。

何より問題なのは、前アジアディレクターは報告の中で、何を以てして「支離滅裂なでっち上げ」と言えるのかについて、正当な根拠も理由も示していないことです。

いつものことながら、正当な根拠を示さず、論理立てて説明を尽くさず、一方的に”罵詈雑言”とも受け取れるような”誹謗中傷”を言い放つだけです。

そう言えば、前アジアディレクターはかつて、「出陳拒否」に絡んで仮処分命令の申請を申し立てられた際、それが単に取り下げられただけだったにもかかわらず、「勝った!勝った!」と”嘘”を吹聴し回ったことを忘れてしまったのでしょうか。

その経緯は、TICA公認クラブ代表でもあり、オールブリードジャッジでもある人物が、東京地裁に提出した「陳述書」の中で詳細に述べています。(※この「陳述書」は取り消しも取り下げもされていません)

司法手続きに関して”嘘”を触れ回り、TICAアジアメンバーを”欺く”ことは、ルールに”疎い”とか疎くないとか、”無知”であるとかないとかの問題ではなく、国際団体のトップとしての”資質”と”適格性”に疑いを投げる重大な問題です。

組織のトップあるいはトップ経験者にこうした人物がいる限り、組織が健全になるはずがありません。

何度も言いますが、どんな国・企業・団体であっても、組織のトップであるからには自らが所属するルールに精通し、正しく事実を把握し、正しい解釈によって正しく判断し、正しい言葉で正確に仲間に伝えられなければ、トラブルの”種”を撒き散らすだけになるのです。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月 4日 (火)

今ここでも聞こえる「こんな人たちに…」の声

都議選の応援演説で、安倍首相が放った「こんな人たち」発言が波紋を広げました。

秋葉原で街頭演説していた安倍首相に対し、「安部やめろ」コールが出て、安倍首相がその方向を指さして「こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかないんです」と言い放ったのです。

TICAアジアにおいて、私の耳には似たような言葉の数々が聞こえてきます。

「こんな人たちに、裁判で負けるわけにはいかない。負けるわけがない」--。

「こんな人たちに、出陳してほしくない」--。

「(裁判を起こすような)こんな人たちと、ショー会場で顔を合わせたくない」--。

冒頭の安倍首相の発言には、ある元議員が以下のようなことをツイッターで投稿したそうです。

「この方は、自分に反対の考えを持つ人々は国民ではないと思ってる。総理になって何年も経つのに、この方は全国民のために選ばれた職にある自覚は持ち合わせない」--。

ジャーナリストの江川紹子さんは、この問題を取り上げ、いくつかの事例を挙げて、発言の”異常”さを指摘しています。

「2008年の米大統領選で、共和党のマケイン候補と激しい選挙戦を戦った民主党オバマ候補は、勝利が決まった後の演説で、マケイン氏を称え、こう語った。

『私がまだ支持を得られていない皆さんにも申し上げたい。今夜は皆さんの票を得られなかったかもしれませんが、私には、皆さんの声も聞こえています。私は、皆さんの助けが必要なのです。私はみなさんの大統領にも、なるつもりです』(加藤祐子訳)

韓国の文大統領も、5月の就任宣誓で『私を支持しなかった国民一人ひとりも国民』とし、その国民に奉仕することを約束し、『皆の大統領になる』と強調した」--。

「こんな人たち」発言が出るような組織、他のメンバーを「こんな人たち」と心の中で蔑むような人物がトップに就く組織が健全で正常に発展するはずがありません。

※「『裁判』の最近の状況について」は休みました。

沖縄タイムスの「社説」から汲み取るべき”教訓”

沖縄タイムスの「社説」から、一部をそのまま引用してお伝えします。組織の大小を問わず、汲み取るべき”教訓”は同じだと思います。

「東京都議選から一夜明けた3日、安倍晋三首相は自民党惨敗に終わった選挙結果について『深く反省しなければならない』と記者団に語った。その後もさまざまな場で『反省』を繰り返した。

今回の歴史的敗北は『反省は口先だけ』と都民が不信感を抱いた結果ではないか。

自民党が過去最低の23議席と大敗したのは、国民の不安や疑問に向き合おうとしない政権の『おごり』に民意が強く反発した結果だ。

都議選の真の敗者は安倍首相その人というべきだろう。

自民党内からは『おごりが国民の怒りを招いた』との批判が出ている。

ただ、物申すのは一部の限られた議員だけ。いまだに多くは官邸の顔色をうかがい、沈黙したままである。

異論を許さない空気が『おごり』を助長してきたというのに、開かれた議論で民意をくみ取っていく動きにつながっていない。

『安倍1強』の下で国政はチェック・アンド・バランスの機能を失っている。

安倍氏の政権運営で目立つのは、数の力による強引な手法だ。

『手荒い方法で成立しても、失言や暴言が飛び出しても、時がたてば国民は忘れ、支持率は回復する』-そんな高慢な姿勢さえ見え隠れした。

個々の自民党議員に対してもイエスマンからの脱却を求めたい。

日本の政治は大きな曲がり角に差し掛かっている。行政府の暴走を食い止めるためチェック・アンド・バランスの機能を回復させることが何より重要だ」--。

※「再びとんでもない”虚偽報告”が発覚」は休みました。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月 3日 (月)

「裁判」の最近の状況について(19)

”長丁場”の裁判の場合、最後の最後で「主張」を微妙に変えてしまうと、当初にしていた「主張」と整合性が取れないままに、結審してしまいます。

3年に及ぶ今回の「出陳拒否」裁判も、そうした例のひとつかもしれません。

前アジアディレクターだったクラブオーナーら被告側は、最後の最後の方になって「出陳拒否」を判断できるのは「ショーコミッティー」であることを認めたと思われる「主張」をしてきました。

このブログで何度も取り上げたTICAのShow Rule 23.6には、「ショーコミッティーの自由裁量で、以下の理由においてエントリーを拒否できる」となっているわけですから、当然といえば当然なのですが、被告側は正面から認めることを”拒み”続けてきました。

しかし、最後の最後の方で事実上、「認めた」ため、当初してきた「主張」と”矛盾”が生じることになってしまいました。

なぜなら、「6月ショー」のエントリークラークはショーコミッティーメンバーでもあったわけですが、「出陳拒否」の理由について、「クラブの意向」としてきたわけです。

本来なら、「クラブの意向」ではなく、「ショーコミッティーの意向」あるいは「ショーコミッティーの決定」とすべきでした。

TICAのShow Rulesを理解していれば、出陳拒否が「クラブの意向」であったなどと口が裂けても言えないはずですが、敢えて「クラブの意向」と言った背景には、このクラブにおける「ショーコミッティー」が”形骸化”していたことが挙げられるでしょう。

そして、「クラブの意向」なるものが”幅を利かせる”ようになった根底には、TICAのルールに”疎い”メンバーによるクラブの”私物化”という構造的な要因があったであろうことは容易に想像が付くのではないでしょうか。

再びとんでもない”虚偽報告”が発覚(2)

前アジアディレクターであったクラブオーナーがTICA法律顧問宛に”虚偽報告”したのは、あくまで原告側として提出したジャッジの「陳述書」に関してです。

実は、前アジアディレクターはTICA法律顧問に対し、被告側代理人弁護士の「文書」も英語にして送っています。

もし、前アジアディレクターの書いたことが”虚偽”でないなら、被告側代理人弁護士の「文書」にも、このジャッジの「『陳述書』は取り消された」とか、「取り下げられた」と書いてあるはずですが、そうした記述は一切ありませんでした。

そもそも、前アジアディレクターが仮に、このジャッジから「陳述書」を取り消したとか、取り下げたと聞いたとしても、自分の代理人弁護士に、「原告側として提出されたジャッジの『陳述書』が取り下げられたと聞きましたが、事実ですか」と聞けばいいだけの話でした。

容易に確認できることをせず、”嘘八百”を報告したわけで、しかも前アジアディレクターにおいてこうしたことは一度や二度ではないわけですから、そこに”悪意”を感じたとしても不思議ではないのではないでしょうか…。

もはや、”あることないこと”を話すとか、”尾ひれはひれ”を付けて話すとかいったレベルを超えた、ある種の”悪質さ”に恐怖を覚えずにはいられません。

「フェイクニュース」や「オルタナファクト」が世界中を跋扈していますが、だからと言って趣味の世界も同じでいいはずがありません。

趣味の世界であるからこそ、人を貶めたり誤導したりするような”虚偽報告”や「フェイクニュース」「オルタナファクト」とは無縁であるべきではないでしょうか。

健全な組織とするためには、まずトップが確認努力を怠らず、事実関係を正確に把握したうえで伝えるという基本動作を率先しなければなりません。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

2017年7月 2日 (日)

「裁判」の最近の状況について(18)

6月15日のブログでも書きましたが、前アジアディレクターだったクラブオーナーら被告側は、「批判」という言葉の正しい意味を知らずに、東京地裁でも的外れな「主張」をし続け、そのまま結審してしまいました。

言葉の正しい意味を知らないことを”無知”というなら、まさしく”無知”から生まれた「主張」と言えるかもしれません。

例えば、被告側が今年4月に提出した準備書面(5)には以下のような「主張」がありました。

「TICA本部を批判する主張を繰り返していたところ、TICAとしては更に厳しい処分として、ジャッジ資格を更新しないことが決定した」--。

しかし、まともな感覚を持つ社会人なら、「なぜ、批判する主張を繰り返すと処分されるのかしら?」と不思議に思うはずです。

TICAを「誹謗中傷」したというなら話は別です。

あるいは根拠も理由も示さず一方的にTICAを「非難」したというなら話は別です。

しかし、「批判」は「誹謗中傷」や「非難」とは全く異なる意味であり、「批判」したからと言って責められる筋合いの話でないことは、世界共通の社会常識であるはずなのですが、被告側にあってはそうでないということを示しています。

「批判精神」がなければチェック機能は果たせず、不正も不平等もルール違反も闇から闇へ葬り去られてしまうでしょう。

「巨悪を眠らせない」ためにも、本来はメンバーひとりひとりが「批判精神」を持ち、メディアにおいても「批判精神」を十分に発揮しなければならないのです。

組織に自浄作用を働かせ、改善を促すためにも、「批判」は欠かせず、「批判」を封じ込めるような組織に未来はありません。

もし、被告側の「主張」が正しく、TICAを「批判」する主張を繰り返したために「厳しい処分が下った」のであれば、それは被告側がTICAをどこかの”独裁国家”並みの組織だと言っているに等しく、司法の場でTICAという団体の信用と評判を深く傷つけたと言えるでしょう。

何度も言いますが、民主主義国家、自由主義国家にあっては、「言論の自由」と「表現の自由」が保障されているわけですから、誰にでも何かを「批判」する権利は平等にあり、「批判」する主張を繰り返したために、「厳しい処分が下る」ことなどあってはならないのです。

では、あってはならないし、あり得ない「主張」がどうして司法の場で出てくるのでしょうか--。

こうした「主張」は、TICAのディレクターとして、TICAのジャッジとして、TICA公認クラブのオーナーとしての”自覚”も”誇り”もなく、断じて許されるべきではないように思います。

少なくとも、前アジアディレクターがそのように主張したのであれば、TICAのディレクターとして、TICAのジャッジとして、TICA公認クラブのオーナーとして、許容される”無知”の限度を超えていると思わざるを得ません。

2017年7月 1日 (土)

「裁判」の最近の状況について(17)

前アジアディレクターがオーナーのクラブにおける「出陳拒否」裁判では、”印象操作”を強くうかがわせる被告側の「主張」が、最後まで正されることなく、結審しました。

例えば、アクトの2013年4月29日のショーに関し、被告側は「ACC4月ショーによる影響は、世界中のTICA会員に及ぶ非常に甚大なものであった」と主張し続けました。

しかし、被告側は、①影響が世界中のTICA会員に及んだという事実、②その影響が非常に甚大なものであったという事実--について、最後の最後まで立証することはありませんでした。

唯一の根拠らしき事情は、被告側が「TICA公式メーリングリスト」と”言い張る”Yahoo Group Mailであり、被告側は「ACC4月ショーに対する批判や非難で溢れかえった」と主張しましたが、素人の私の目から見ても”杜撰”で”いい加減”としか映りませんでした。

なぜなら、被告側が「証拠」として提出した投稿のプリントアウトは20人強の投稿者による30件前後の投稿に過ぎなかったからです。

このメーリングリストのメンバーは2000人前後ですから、「証拠」として提出された投稿者はたった1%に過ぎません。

TICAの会員は全世界で5000人以上いますから、投稿者はたった0.4%に過ぎないのです。

こんな「証拠」で、どうして「影響は世界中のTICA会員に及ぶ非常に甚大なものであった」と言えるのか、私には全く理解できません。

TICAのジャッジとして、TICAのディレクター経験者として、TICA公認クラブのオーナーとして、TICAの”看板”を背負っている”誇り”や”プロ意識”があるなら、司法の場における「主張」についても、誰もが納得する裏付けと根拠を示した上ですべきでしょう。

まるで”尾ひれはひれ”を付けるかのような”誇大な”表現を使って「主張」することは、”印象操作”に他ならず、原告側が裏付けと根拠に乏しいと指摘し続けたにもかかわらず、”正さない”のはそこに”悪意”があるからとしか思えないのです。

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