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2017年4月 3日 (月)

「我見を離るべし」の教えどおりに…(2)

「我見を離るべし」には、「自分の正当性を主張し、自分の非を隠そうとする心を離れる」という意味も含まれているそうです。

偉い人の言葉だと、すぐに「有り難い、有り難い…」と真に受けてしまいがちですが、それこそ「我見」を離れていない証拠…。

なぜなら、「自分の正当性を主張する」ことが、そのまま「自分の非を隠そうとする」につながるものではないからです。

自分の正当性を主張する一方で、自分の非を全く隠そうとしない人もいれば、自分の正当性を主張しないことで、ひたすら自分の非を隠そうとする人もいるわけです。

私に言わせれば、自分の正当性を主張すること自体は正しいことであり、「自分の非を隠す心を離れる」のが正しい”教え”に思えます。

とは言え、四六時中、「自分の正当性を主張したり、自分の非を隠そうとしたりする」人ばかりの組織だったら、トラブルや軋轢が後を絶たないのも確かでしょう。

常に「我見」を離れられないとしても、TPO(Time、Place、Occasion)に応じて、「我見」を離れることも必要です。

ですから、私たちは、「我見を離るべし」の教えどおり、「自分の正当性を主張する」のは裁判の場にしたいと思っているのです。

有り難いことに、裁判では相手側がこちらの「非」を一生懸命、突いてきてくれますし、こ ちらに正当性があると思う主張でも、いろいろと反論してくれます。

私のような凡人にできること、凡人がしなければならないことは、「我見」にとらわれて臆測や思い込みを流布することではなく、「我見を離るべし」の教えどおり、全ての判断を司法に委ね、司法の場で「正当性を主張する」ことだと思っています。

※本日も2本をアップする予定にしています。”夕刊”の配信は18:00の予定です。

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