「他人に厳しく、自分に甘い」…
「他人に厳しく、自分に甘い」とか、「他のクラブに厳しく、自分のクラブに甘い」とか--。
アクトが何か指摘すると必ずこう言ってくる人がいます。
確かに誰でもこういう傾向がないとは言えませんから、アクトとしても貴重なご指摘として真摯に受け止めたいと思っています。
しかし、こういう人がこう言う「目的」は一体、何なのでしょうか?
そこに「大義」があるとしたら、どういう「大義」なのでしょうか?
TICAアジアをいかに健全でクリーンな組織にするかという「大義」を持ち、止むに止まれぬ気持ちから発した言葉なのでしょうか?
残念ながら、私にはそうは思えません。
そうした人は、要は黙らせたいと思っているだけであり、黙らせさえすればそれで満足であり、ルール違反が改善されようがされまいがどうだっていいようにしか思えないのです。
アクトのシ ョーに対しては、「不慣れなクラークを使っている」とか、「ライセンスを持っていないクラークを使っている」とか、様々な指摘があることは知っています。
アクトの場合、クラークをお願いできる人は限られていますから、否定するつもりはありません。
しかし、そうした表面的な事だけを取り上げて、「他のクラブに厳しく、自分のクラブに甘い」と言うのは短絡的と言わざるを得ないでしょう。
アクトではしっかりとした「バックアップ体制」や「セーフティネット」を講じているからです。
アクトクラブ員のショーマネは正式なマスタークラークライセンスとエントリクーラークライセンスを持っています。
私も正式なマスタークラークライセンスを持っており、それだけでなく毎年、クラーク更新テストとエントリークラーク更新テストには目を通しています。
TICAアジアのクラブ代表の何人がそうした「バックアップ体制」や「セーフティネット」を講じているでしょうか?
私の知る限り、アクトの他にはもうひとつのクラブぐらいしか思い浮かびません。
そうした真の実態に思いを至らせることなく、「他人に厳しく、自分に甘い」とか、「他のクラブに厳しく、自分のクラブに甘い」と言う人たちの”口車”に乗って、「そうね」「そうよね」と不用意に同調する人たちがいるのも残念と言わざるを得ません。
私は、なんでもかんでも杓子定規に「ルール順守」を訴えているわけではありません。
ルールが実情に合わない場合だってあるわけで、そうした場合には表面的に”辻褄”を合わせても仕方ありません。
ルールが求めているものは何なのかをしっかり考えた上で、実質的な「ルール順守」の確保につながる方策を考えていくことが大切なのではないでしょうか。
表面的な事柄だけを捉えて、「黙らせる」ような発言をする人がいて、軽はずみな気持ちでそれに同調する人がいる限り、組織全体が健全でクリーンに向かうことはないのです。