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2015年9月

2015年9月30日 (水)

今度は”公私混同”疑惑発覚(3)

こうした”公私混同”疑惑に接していつも思うのは、「注意したり、止めたりするクラブ員やメンバーが誰もいなかったのだろうか…」ということです。

「クラブのショーフライヤーを一緒に入れて送ろうと思う」とディレクターが言い出した時に、クラブ員あるいはリジョンオフィスのスタッフが「それは”公私混同”になりますから別々に送るべきです」と言わなかったのでしょうか?

もちろん周囲の誰にも知らせず、アジアディレクターがひとりで郵送してしまった可能性もあります。

しかし、もしそうなら、こうした郵送物すらディレクターが自ら郵送作業をしなければならない体制は”お粗末”としか言いようがありません。

今後の再発防止も含めて強調しておきたいのは、組織のトップは不正やルール違反そのものだけでなく、たとえ”疑惑”であっても招いてはならないということです。

今回、どういう事情でリジョンの郵送物にクラブの「ショーフライヤー」が一緒に入っていたか詳しい経緯は分かっていません。

リジョン経費節約のため、クラブ経費を使ってリジョンの郵送物も一緒に配ったのなら、それはそれで評価出来るのかもしれませんが、今回は違います。

組織のトップであるなら「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」の戒めを決して忘れてはならないと、私は思うのです。

2015年9月29日 (火)

今度は”公私混同”疑惑発覚(2)

今回、クラブの「ショーフライヤー」が一緒に入っていたのは、リジョンの「アワードカタログ」や「アワードの証書」等の郵送物でした。

となると、一部については出陳者が送料をあらかじめ負担していたはずですから、その送料を使って自分のクラブの「ショーフライヤー」を配ったことになります。

もちろん、その「フライヤー」がリジョンショーであれば何の問題もありませんが、そうではありませんでした。

世界各地のディレクターひとりひとりに聞いたわけではありませんが、リジョンとしての郵送物の中に自分がオーナーのクラブの「ショーフライヤー」だけ紛れ込ませるという”公私混同”をしたのはアジアリジョンだけではないでしょうか?

なぜなら、他のリジョンでは、仮にリジョンとしてどこかのクラブのショーの案内や紹介をする場合、自分がオーナーのクラブだけということはあり得ず、全てのクラブを中立公平に取り上げているからです。

今回、もしリジョンの郵送物に一緒に入れるなら、「ショースケジュール」であるべきでした。

「自分のクラブだけ猫が集まればいい」とでもいうかのような言動がある限り、TICAアジアの健全な発展はあり得ません。

2015年9月28日 (月)

今度は”公私混同”疑惑発覚(1)

東芝の不正会計に続き、独VWの違法な規制逃れが明らかになるなど世の中は不正疑惑や不祥事続き--。

だからという訳ではないでしょうが、私たちはもしかするとルール違反やスキャンダルに”慣れっこ”になってしまいつつあるのかもしれません。

翻ってTICAアジアリジョンでは新たな”公私混同”疑惑が発覚しました。

アジアリジョンとして配る郵送物に、ディレクターがオーナーを務める自分のクラブの「ショーフライヤー」を一緒に入れていたのです。

もちろん、リジョンディレクターが自費でまかなったのであれば問題ありません。

しかし、リジョン経費で郵送しておきながら、自分のクラブの「ショーフライヤー」も一緒に郵送していたのなら、明らかに「公私混同」です。

自分のクラブの「ショーフライヤー」を郵送するのであれば、リジョン経費ではなく、クラブ経費でまかなうのが「世間の常識」というものです。

単に”公私”の区別が出来ないのか、あるいはもともとリジョン会計もクラブ会計も”どんぶり勘定”だから自然にそうなってしまったのか…。

TICAアジアメンバーの中には「どうでもいいこと…」とか「些細なこと…」といった声もあるようですが、私はそうは思いません。

クラブ運営にしろ、ショーにしろ、審査にしろ、ここのところアジアリジョンで続くルール違反や不祥事の”根”は全てこうした”公私混同”にあると思えるからです。

組織のトップ、そしてリジョンオフィスが”公私混同”と決別することが、健全なTICAアジアの実現に向けたスタート地点だと私は思っています。

2015年9月27日 (日)

いまなお尾を引く「不作」発言…

TICAアジアの猫は「不作」だと言う発言がいまだに尾を引いているようです。

「アワード・パーティ」の参加者全員が耳にしているはずですが、「あれは今年度について言ったこと」だとか、「そんな事は言っていない」だとか…。

しまいには「誰が言いふらしているのか!」と”犯人捜し”まで執拗に行われているそうです。

そもそも不用意な発言は慎むべきであることは言うまでもありませんが、自分の発言には責任を持って欲しいと思います。

この件に限らず、猫界は余りに無責任過ぎます。

それとも、誰かが火のない所に“煙”を立てているとでも言うのでしょうか…。

TICAのジャッジとして相応しい発言なのか、ディレクターとして相応しい発言なのか。TICAアジアを健全な組織として発展させるためにも全メンバーが真剣に考えなければならないと思います。

少なくとも「不作」発言は、TICAのジャッジとして、あるいはディレクターとして言語道断のあってはならない発言なのですから…。

2015年9月26日 (土)

被告側、異なる立場がもたらす影響も

被告側は4人いますから、仮に本格的な「和解条項」づくりが始まったからと言って、すんなりまとまるとは限りません。

4人の立場は「オーナー」「代表」「エントリークラーク」と異なり、和解項目によっては「それは認めたくない」とか、「それは謝罪したくない」とかといった事態が起きても不思議ではないからです。

途中で、4人の中で「やはり謝罪したくない」とか「謝罪すべきではない」と言い出す人が出てきてもおかしくないのです。

和解金などの支払いがどうなるかは分かりませんが、仮に支払うとなった場合、4人の負担割合も問題になるでしょう。

一般論としては責任の割合に応じて分担するのでしょうが、被告側代表が全責任を負う形で全額を支払う可能性もあります。

しかし、もしそうなら、残る被告側3人にとって「謝罪する」必要性も薄れると言えます。

被告側4人が足並みを揃えて心から謝罪し、反省するのかどうか--。

それとも具体的な「和解条項」づくりの過程で、「謝罪」し「和解金」を支払う人物が絞られてくるのか--。

和解交渉が進むとしても、これらの動向によって裁判の進み方は変わってくると言えるでしょう。

2015年9月25日 (金)

「日本という国が受けたダメージ」

「日本という国が受けたダメージは多大なものがあります」--。

不当な「出陳拒否」を巡る今回の裁判で、被告側代表は2013年4月29日のアクトのショーについて、「答弁書」でこう書いて裁判所に提出したそうです。

しかし、TICAのオールブリードジャッジであり、ディレクターである人物が裁判で訴えられ、「謝罪する」事態になったことこそ、「日本という国が受けたダメージは多大なものがある」のではないでしょうか…。

しかも、TICAのショールールを自分勝手に解釈して悪用し、「出陳拒否」を通じてTICAのアワードポイント/ランキングを不正操作したわけですから、悪質と言わざるを得ません。

そもそも裁判を起こされたからと言っても、裁判で戦い続ける必要などなく、法廷外で”和解”し、原告に訴えを取り下げて貰うことも出来たはずなのに、被告側はそうしませんでした。

TICAアジアあるいはTICAジャパンに対するダメージを極力抑え、”日本の恥”を世界に晒さないためにも、法廷外で解決してしまうことが組織のトップとして最優先事項だったはずですが、被告側は終始、徹底抗戦の構えを崩しませんでした。

被告側代表がクラブオーナーとしてだけではなく、TICAのオールブリードジャッジ、そしてディレクターとして「何に対して」「どのような」謝罪をするか、あるいはしないかによって、そのダメージはさらに深刻なものになりかねない危うさを孕んでいます。

2015年9月24日 (木)

心ないメンバーによる「カネ目当て」非難

幼い我が子を殺されたり医療事故で子供を失ったりしたケースなどで両親が裁判を起こすと、必ず出てくるのが「どうせカネ目当てでしょう…」と被害者を非難する心ない人たちです。

TICAにおいても同様に、今回の不当な「出陳拒否」の裁判を巡り、原告側のことを「やっぱりカネ目当てだったか…」という声が出ていると聞きました。

私が訴えたわけではないので直接的な意見は言えませんが、一般論として言うなら、やはり心ない人たちの心ない発言としか思えません。

仮に私が原告のひとりであったとしても、何の説明もなく、いきなり「金銭の支払いには応じない」と言われても納得できませんし、「謝罪する」と言っても「何に対して」かが分からない現状ではやはり、応じるわけにはいかないからです。

”罪”や”非”の償いをおカネの支払いでしか表せないのであれば、金銭の支払いも致し方ないでしょう。

そもそも被告側が「何に対して」「どのような」謝罪をするかも分からない現段階で、「カネ目当て」と非難するのは早計ではないでしょうか?

もし仮に、被告側が金銭面以外でそれなりの責任を取り、”償い”をするというのであれば、金銭の支払いなしでの「和解」もあり得ると思っています。

いずれにしても、TICAアジアの中に「どうせカネ目当てでしょう…」と非難するような心ないメンバーがいることは残念です。

2015年9月23日 (水)

被告側の「主張」とは一体何だったのか?

原告側が昨年7月に東京地裁に訴状を提出し、昨年9月に第1回期日が開かれた不当な「出陳拒否」を巡る裁判--。

被告側4人は1年にわたり、答弁書や準備書面を通じて、原告側がTICAのショールール23.6.5に該当するような言動を取っており、「出陳拒否」は正当だと主張し続けてきたわけです。

答弁書に関してはクラブオーナー、クラブ代表、エントリークラークの2人がそれぞれ理由や根拠らしき事情を挙げて、「『出陳拒否』は正当だった」という主張をしてきたそうですし、準備書面でも被告側代理人を通じて同様の主張を続けて来たと聞いています。

それが、ここに来て一転して「謝罪する」と心変わりしたわけです。

そうであるなら 、これまでの答弁書や準備書面での主張を「間違っていました」と、全て撤回して貰わなくては話が前に進まないのではないでしょうか…。

これは「誰が何を謝罪するのか」という問題とも密接に絡んでいます。

被告側4人が答弁書や準備書面を通じてしてきた主張の数々が噓偽りの間違いであり、原告側の信用と評価を著しく傷付けこともまた、謝罪しなければならないはずです。

もし、「謝罪する」と言いながら、「これまでの主張を曲げるつもりはない」とでも言い出すようなら、裁判はまだまだ続くことになるでしょう。

2015年9月22日 (火)

「誰が」「何を」謝罪するのかも重要(2)

「危険であり恐ろしくさえある人が猫をつれて入場し、どんな難題をもちかけられるか知れません。このような理由で相談の結果、ご出陳を拒否した次第です」--。

「出陳拒否」をした被告側のひとりであるクラブ代表は答弁書で、原告側についてこう書き、裁判所に提出したと聞いています。

TICA本部への報告はこれで通じたかもしれませんが、裁判所でも同じような主張をして通じると思ったのでしょうか…。

ここまで原告側のことをこきおろしておいて、いまさらどんな理由で何に対して「謝罪する」のか、私としては不思議でなりません。

本当に「謝罪する」気持ちも反省もないから、「金銭は払わない」という発言も飛び出してくるとしか思えないのです。

クラブ代表はこのほかにも、A4用紙5~6枚に及ぶ答弁書で、原告側が「23.6.5」に抵触する理由らしき事情を縷々述べたそうですから、これらを全て撤回した上で心から「謝罪する」ことが出来るのかどうか疑問でもあります。

もし、「謝罪する」という被告側代理人の発言が本当なら、クラブ代表として何に対して「謝罪する」のかも焦点になることは間違いありません。

2015年9月21日 (月)

「誰が」「何を」謝罪するのかも重要(1)

「何に対して謝罪する」のかと同時に、「誰が何を謝罪するのか」も重要になるでしょう。

なぜなら、今回の不当な「出陳拒否」の裁判の被告側4人はそれぞれ立場が異なっているからです。

ひとりはクラブオーナーであるだけでなく、TICAのオールブリードジャッジであり、ディレクターです。

もうひとりはクラブ代表であり、残る2人はエントリークラークでした。

エントリークラークのうちの1人は答弁書で、「TICAのショールールに則り、断る理由があると判断された」「本件各ショーはショールールに則り、適正に開催運営された」と主張しただけでなく、「業務を全うしただけの者を犯罪者呼ばわりする行為に対し、憤りを禁じ得ない」とも書いたそうですから、本人としては今なお「謝罪する」気持ちなどないかもしれません。

このエントリークラークは「エントリクラークとして支持を仰いだのはショーマネージャーに対してのみ」と強調し、クラブオーナーと代表の関与を否定していたと言いますから、なおさらのこと「謝罪する」意志は全くないかもしれません。

もうひとりのエントリークラークも「クラブとしてはTICAのショールールに計り、断る理由があると判断されたことによる決定である」と主張したとのこと。

加えて、「原告がネット上で誹謗中傷を繰り返す行為は憤りを覚える」と書き、証拠も根拠も示さず恰も原告側がネット上で何かを投稿したり書き込んだりしたかのような噓偽りを裁判所で主張したようですから、「謝罪する」気持ちなどさらさらなくても不思議ではありません。

エントリークラークとして「謝罪する」のであれば、自分たちのしてきた主張を踏まえ、「何に対して謝罪する」のかも焦点になるでしょう。

2015年9月20日 (日)

「謝れば済む」と思っているとしたら…

不当な「出陳拒否」を巡る裁判に関し、被告側が「謝れば済む」だろうと安易に考えているのであれば、考え直した方がいいでしょう。

企業のクレーム対応の現場で良く言われることですが、そういう発言や態度は「謝れば済むと思っているんでしょう!」と相手の怒りの火に油を注ぎかねないからです。

大切なのは「何に対して謝る」かということなのですが、被告側代理人はこれについても一切、明らかにしていないといいます。

もちろん、原告側は「謝罪」を求めているわけですから、それを逆手に取って「『謝罪しろ』と言っているから謝罪するまで」というのでは、子供のケンカと同じです。

もし、被告側が「謝れば済む」と軽く思っているとしたら、裁判軽視もいいところですし、早期に決着するどころか「何に対しての謝罪」なのかを巡って紛糾することは素人目にも明らかです。

「謝罪する」という態度はもちろん評価に値するでしょうが、被告側から何に対して「謝罪する」のかをはっきりさせることが、反省と再発防止につながる「謝罪」になるのではないでしょうか。

2015年9月19日 (土)

これでは終わるものも終わらない…

不当な「出陳拒否」を巡る裁判に関し、被告側代表が「あと2カ月で終わる」といったような”観測”を口にしていると小耳に挟みました。

この発言が被告側代表の単なる見通しを述べたものなのか、あるいは「あと2カ月で終える」という意志なのか、はたまた「終えたい」という希望なのか分かりません。

とは言え、次から次へと”駄々っ子”のような要求を繰り返していては、終わるものも終わらないでしょう。

そもそも「謝罪はするが、(和解金などの)金銭は払わない」という提案にしても、被告側はその根拠と理由について一切、明らかにしなかったそうです。

根拠と理由を述べた上で、「そういうわけですから、金銭の支払いには応じられません」と言うなら理解出来なくもありませんが、そうでないわけですから原告側も「はい、そうですか」と応じるわけに行かないでしょう。

こんな理不尽な要求を繰り返していては終わるものも終わらないでしょうし、少なくとも「あと2カ月で終わる」なんてことは期待できそうにありません。

2015年9月18日 (金)

不可解な”周辺の関係者”の心変わり

それにしても、不当な「出陳拒否」裁判を巡り、「和解」に反対してきた”周辺の関係者”なる人物は、どうしてここに来て矛を収めたのでしょうか?

この人物は被告側代理人らとの打ち合わせ等にも顔を出していたとも言われていますから、単なる”外野”というわけではなさそうです。

もしかすると裁判戦術を転換して、「名を捨てて実を取る」戦略を被告側代表に授けたのかもしれません。

そうだとしたら、「謝罪するが、(和解金などの)金銭は払わない」という提案も理解出来なくもないでしょう。

とは言え、その裁判戦術は有効と言えるのでしょうか?

私にはどうしてもそうは思えないのです。

そもそも今回の「和解」の動きは、裁判官の方から試みに勧めたものだそうで、その中に金銭の支払いも含まれていたというからです。

つまり、被告側の提案は裁判所の勧めを”拒否”するものとも言えるのです。

”周辺の関係者”なる人物が裁判官との駆け引きに長けているのかどうかは分かりません。

一方で被告側代理人は弁護士ですから、「謝罪するが、金銭は払わない」という提案が被告側利益につながると考えなければ、そのような提案をするはずがありません。

しかし、「謝罪するが、金銭は払わない」と言い出すことが社会常識に照らし合わせてまともと言えるのでしょうか?

私が裁判官なら明らかに心証に悪影響を及ぼす提案であり、私ならしませんでした。

2015年9月17日 (木)

「呆れるほかない…」とはまさにこの事?

ただ、ただ、呆れ返るばかりです…。

不当な「出陳拒否」を巡る裁判の第9回期日(9月3日)において、被告側が「和解」に関連して新たな提案をしてきたそうです。

それは「謝罪はするが、(和解金などの)金銭は払わない」というものでした。

「謝罪する」と明言したからには、”罪”や”非”があったことを認めたわけであり、償いとして賠償金なり、慰謝料なり、和解金を払うのが常識的な判断だと思いますが、被告側4人は違うようです。

「金銭は払わない」ということは「償いはしない」という意志を示したように思えてなりません。

子供時代によく、「”ごめん”で済めば警察は要らない」と言ったり聞いたりした覚えがありますが、まさにこの感覚のようです。

「謝罪はするが、金銭は払わない」というのは被告側代理人が裁判官に対して述べたことだそうですから、これはクラブ代表とエントリークラーク2人も含めた被告側全員の総意なのでしょう。

それにしても、こんな提案をすることがTICAのジャッジとして、TICAのディレクターとして相応しい言動と言えるのでしょうか?

私には往生際が悪いとしか思えませんが、単に和解交渉で被告側に有利な条件を引き出すための戦術なのかもしれません。

そうではあったとしても、「謝罪する」と決めたからには、ひとりの“人間”としてしっかり”罪”を償って頂きたいと思うのです。

2015年9月16日 (水)

被告側、「謝罪する」と明言!!

不当な「出陳拒否」を巡る東京地裁での裁判で、被告側が「謝罪する」と明言したそうです。

8月10日の第8回期日では、被告側代表が「個人としては和解してもいいと思っている」との意志を示した一方で、”周辺の関係者”なる人物が「反対している」と言って、謝罪に難色を示していました。

それが9月3日の第9回期日では一転して「謝罪」を受け入れたということです。

それにしても、どうして「謝罪」を決断するまでにこれだけの時間がかかるのでしょうか?

おそらく常識あるTICAアジアメンバーは、今回の「出陳拒否」がTICAのルールに基づいたものではなく、無謀な”暴挙”であったことを分かっていたはずです。

にもかかわらず、1年半以上にわたり「謝罪」を拒み続けたのです。

しかも、被告側代表はTICAのジャッジであり、ディレクターであるわけですから、TICAの看板に泥を塗った責任は極めて重いと言わざるを得ません。

おそらくTICAの長い歴史の中で、そして世界中を見渡しても、TICAのジャッジあるいはディレクターがこうした裁判を起こされて「謝罪する」などいうことは初めてではないでしょうか…。

私にしてみれば、これこそ”日本の恥”を世界に晒す不祥事に思えますが、果たして被告側にそうした反省があるでしょうか…。

これで裁判は「和解」に向けて一挙に動き出す…と期待したのですが、なんと予想外の新たな事態が起きたそうです。

TICAのジャッジとして、そしてTICAのディレクターとして、どうしてそんな言動が取れるのか--。

私には到底、理解出来ませんでした。

2015年9月15日 (火)

議論のテーマに挙がった「23.6.5」(7)

ちょっと間があいてしまいましたが、10日(木)の続きです。

私が主張したいのは、裁判に頼らなくていい「ルール」にして欲しいということに尽きます。

今回の日本で起きた不当な「出陳拒否」を巡る裁判も、本来は裁判など起こす必要はなかったはずなのです。

それはTICAのボードが正しく事実認定し、それに基づいて正しく判断し、不当な「出陳拒否」を裁けば良かっただけなのです。

はっきり言って、今回の不当な「出陳拒否」を裁くのは難しい判断ではありませんでした。

私にしてみれば、こんなに容易な判断すらTICAのボードが出来なかったことが残念でなりません。

そしてそのことがTICAアジアに何をもたらしたかを良く知る必要があると思っています。

TICAのメンバーが裁判所に判断を仰がなくても済む「ルール」にすべきであり、ボードはその責務を負っているはずです。

今回の「「Discussions 1. Conduct detrimental(有害な、弊害をもたらす行為、振る舞い) to the association (Show Rule 23.6.5)」が単なる話し合いで終わらず、裁判所に判断を仰がなくて済む「ルール」の確立に向けた議論のスタートであることを願ってやみません。

2015年9月14日 (月)

関東・東北豪雨の深い”爪痕”に思う(3)

「備えあれば…」とは言うものの、どうしても平時はその意識が薄れがちと言えます。

TICAアジアに限って言えば、多頭飼いのブリーダーも多いわけですから、ブリーダーにとっての「備え」とは何かを常日ごろから考えておくことは重要でしょう。

リジョン事務局を中心に、大規模な自然災害にいかに備えるかを話し合っておく必要もあれば、ディレクターやリジョン事務局が備えの意識を高める呼びかけや働きかけをすべきですが、残念ながら今の体制はそうなっていません。

個人的な意見ですが、私はブリーダーにはブリーダーとしてのしっかりした”自助努力”の意識が求められていると思っています。

例えば、キャリーと簡易テントは頭数分をしっかり備えておき、借りなくて済むようにする。

人間のための備蓄食料・水とは別に、猫のための食料と水、猫砂(あるいはペットシーツ)、ペット用医薬品を十分に確保しておく。

家や猫舎で何がどう壊れても、出来るだけ自分で補修出来るように、それなりの工具・補修部材を準備しておく。

これらはブリーダーとしての最低限の”備え”と言えるでしょう。

その上で、いざという時に地域の動物救助・救護にいかに役立てるかを考えておいてこそ、真のTICAメンバーと言えるのではないでしょうか…。

こうした意識を高め、様々な意見交換を積み重ねて行くことは重要だと思うのですが、現在のTICAアジアではそうした認識がまだまだ不十分のようであり、残念でなりません。

2015年9月13日 (日)

関東・東北豪雨の深い”爪痕”に思う(2)

関東・東北豪雨の被害の大きさと被災地の厳しい状況に思いを巡らせるとき、改めて感じることが多くあります。

例えば、Yahooのポータルサイトではトップページ上段に「大雨被害でお困りの方へ、支援に関する情報」のお知らせがありますが、その中にペットの救助・救出や「同行避難」に関する詳しい情報は含まれていません。

個人の取り組みとして、何をどうすればいいかは様々な情報を探した上で慎重に対応しなければなりません。

こういう時に、TICAアジアの公式サイトにせめてペットの救助・救出・救護情報のリンク一覧があってもいいのでないでしょうか?

「茨城県動物指導センター」では「被災ペットへの支援物資について」とい う案内を掲載しています。
http://www.pref.ibaraki.jp/soshiki/hokenfukushi/doshise/documents/150911shienbusshi.pdf

「どうぶつ救援本部」でも支援活動を始めています。https://doubutsukyuen.org/main/archives/5503

ペットの救護に関する”知的武装”として環境省の「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」は頭に入れておくべきでしょう。https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/h2506/full.pdf

上記はほんの一部に過ぎませんが、こういう時こそリジョンスタッフが力を合わせて情報収集し、リジョンサイトで知らせるべきではないでしょうか?

私が考えるまともなTICAアジアリジョンとは”TPO”を考えてメンバーに必要な情報をタイムリーに提供することであり、被災ペットの事を差し置いて「TICA本部表彰式等参加のご報告」を掲載することではありません。

被災地で一時避難したり、救護されたりしたペットは環境の激変により、食事を受け付けないケースも多いと言います。

支援物資としてフードを送るにしても、嗜好性が高く 高栄養の食べやすいフードを送らねばならないことが分かりますし、ペットの”心のケア”も重要であることが窺えます。

TICAアジアとして出来ることがたくさんあるのに、しなければならないことがたくさんあるのに、なぜ、ショーに関する報告しか掲載できないのか--。

「これがTICAアジアです」と胸を張れるのかどうか、全メンバーひとりひとりが真剣に考えなければならないのではないでしょうか…。

2015年9月12日 (土)

関東・東北豪雨の深い”爪痕”に思う(1)

東京は昨日に続いて秋晴れとなりましたが、関東・東北豪雨の被災地域では深い”爪痕”が今なお残っています。

被災された方々にお見舞い申し上げるとともに、一刻も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。

とは言え、「気持ちだけでは意味がない…」という”お叱り”もまた甘受せねばなりません。

TICAアジアで起きている様々な”不祥事"同様、心では思っても具体的な行動を起こさない限り、事態はいっこうに改善しないからです。

今回の豪雨災害に限らず、ペットの救助・救出をいかにしていくのかは大きな課題であり、そのための具体的な行動をTICAアジアとしても考えなければならないのではないでしょうか?

特に、地域猫活動に携わっておられる方なら同じお気持ちだと思いますが、数多くの”外猫”さんが被災し、「同行避難」出来なかっただろうと思われます。

これは非常に胸が痛みます。

それでもフェイスブック(FB)やツイッターを見ていると、多くの方々が被災ペットさんの一時預かりなどの支援を申し出られており、改めてSNSの重要性を認識しました。

動物愛護や動物福祉団体の各支部のページを見ると、被災地の状況がよく把握できますし、どんな支援が必要かがすぐに分かります。

様々な投稿やコメントを通じて、現場で今何が起こり、何が課題となっているかもリアルタイムで掴めます。

本来、こうした取り組みこそ、TICAアジアを挙げて乗り出すべきなのでしょうが、TICAアジアリジョン公式サイト、ディレクターがオーナーのクラブサイトを見る限り、お見舞いの言葉ひとつなく、無関心なように見えるのは残念でなりません。

まるで、TICAとはキャットショーのためだけの団体であることを”公言”しているように思えてならないのです。

動物愛護、動物福祉に強い関心と情熱を併せ持つ愛猫団体にならなければなりませんし、しなければならないとの思いを改めて強くしました。

2015年9月11日 (金)

誰に向けて何を情報発信したいのか?

TICAのアニュアルボードミーティング(9月2~4日)が終わり、アジアディレクターが「ASIA地区の皆様」と題した簡単な報告をネット上に掲載しました。

とは言っても、TICAアジアリジョンの公式サイトのどこを探しても見付かりません。

なぜなら、それはディレクターがオーナーのクラブサイトに掲載されているからです。

クラブサイトへの掲載であるならば、なぜ、「クラブ員の皆様」とならないのでしょう?

「ASIA地区の皆様」とするなら、なぜ、TICAアジアリジョンの公式サイトに載せないのでしょう?

お読み頂ければ分かりますが、文章の内容は明らかにクラブ員向けではなく、全アジアリジョンメンバーに向けてのものです。

これからはアジアリジョンに関する挨拶や報告は全てクラブサイトに載るということなのでしょうか?

誰に向けて何をどのように発信するかは”トップマネジメント”の「基本中の基本」--。

趣味の世界とは言え、もう少し常識的な組織に生まれ変わらなければ、いずれ誰も見向きもしなくなるでしょう。

2015年9月10日 (木)

議論のテーマに挙がった「23.6.5」(6)

問題はまだ終わりではありません。

⑥組織ぐるみの「出陳拒否」をどう防ぐかという問題もあります。

今回の日本における不当な「出陳拒否」はクラブぐるみ、ショーコミッティーぐるみでした。

クラブオーナーからクラブ代表、エントリークラークに至るまで全て関与し、ある特定のメンバーの排除で”結託”していたわけです。

このメンバーの猫をファイナルに入れ、いい成績を付けると、クラブ員が一斉にそのジャッジのリングをアブセントするわけですから、問題の根は深いと言わざるを得ません。

しかし、こうした組織ぐるみの出陳拒否を防ぐ仕組みを整えない限り、小手先で「23.6.5」をいじっても意味はないと言わざるを得ません。

少なくとも、日本においては「好き嫌い」「意に沿う沿わない」で差別し、「出陳拒否」する事態が現実に起きているわけです。

そこのところを何とかしなければ、抜け穴だらけのルールということになってしまうでしょう。

「23.6.5」を悪用して、強い猫を持つオーナーを意図的に排除したり、Awardポイントやランキングの不正操作したりするのを防ぐためにも、絶対に何らかの対策を取らねばならないのです。

2015年9月 9日 (水)

議論のテーマに挙がった「23.6.5」(5)

問題はこれで終わりではありません。

⑤仮に恣意的な判断を排して客観的に事実認定できたとして、さらに証拠と根拠と理由を対象となる出陳者に示したとしても、もし出陳者がそれに納得しなかったらどうすればいいかという問題が出て来ます。

今回の日本で起きた「出陳拒否」を巡る裁判も、出陳者側が納得せず、TICA本部もクラブ側もそれに対して有効に対処出来なかったがゆえに、裁判沙汰になったのではなかったでしょうか…。

証拠を示したと言っても、捏造されたものかもしれません。

証言があったとしても偽証かもしれません。

根拠や理由を示したと言っても、一方にだけ都合のいい屁理屈かもしれません。

拒否された出陳者が納得しないのであれば、少なくとも1回は出陳者側の反論を聞くことは必要ではないでしょうか?

その上で、ショーコミッティー側の主張が正しいのか、出陳者側の主張が正しいのかを決めるのが正しい手続きのあり方です。

TICAの「プロテスト」の仕組みも基本的にはそうなっているわけです。

「出陳拒否」だけ、ショーコミッティー側の一方的な通告だけで拒否できるのは手続き的な欠陥があるとしか思えません。

2015年9月 8日 (火)

議論のテーマに挙がった「23.6.5」(4)

昨日の続きです。

さて、仮に「Conduct detrimental to the association」が具体的に何を指すのかが列挙され、何が「協会に有害な、弊害をもたらす行為、振る舞い」であるかの事実認定を誰がするのか決めたとしましょう。

④次の問題は、その証拠や根拠、理由を、対象となる出陳者に説明すべきかどうかです。

私としては、当然、「説明責任を果たすべき」だと考えています。

出陳を拒否されるわけですから、「あなたはこういう理由で協会に有害である(あるいは弊害をもたらす)言動があったので出陳を拒否します」と伝えるのが筋ではないでしょうか?

しかし、現在のShow Ruleではそうしたことは規定されていません。

だから、今回日本で起きた不当な「出陳拒否」のように、理由も根拠も示さずに拒否し、それが裁判沙汰になるのです。

一般の刑事裁判でも「量刑」とともに、「判決理由」は必ず述べられます。

拒否理由を出陳者に対し説明するという「説明責任」が果たされない限り、そしてその事を明記しない限り、このルールは有効に機能しないと思います。

2015年9月 7日 (月)

議論のテーマに挙がった「23.6.5」(3)

昨日の続きです。

③「Conduct detrimental(有害な、弊害をもたらす行為、振る舞い) to the association」とは具体的に何を指すのか、どんな言動の事を指すのか、あらかじめ列挙しておくべきではないのでしょうか?

そもそも、今回の日本における不当な「出陳拒否」も、具体的ケースが列挙されていれば、恣意的に判断する余地は格段に狭まったはずです。

具体例が示されていれば、フライヤーに「公の場でTICAを批判した方およびその関係者のエントリーはお断りいたします(Show Rule23.6.5)」などという噓が載ることもなかったはずです。

もし、このルールを有効に機能させたいのであれば、そして無用な混乱を引き起こさないようにしたいのであれば、「協会に有害である(弊害をもたらす)言動」とは何なのか、できるだけ詳細に具体例を明示した方がいいと私は考えています。

2015年9月 6日 (日)

議論のテーマに挙がった「23.6.5」(2)

ちょっと飛んでしまいましたが、1日に書いたブログのテーマの続きです。

今回のディスカッションが「Show Rule 23.6.5」の修正につながるかどうか分かりませんが、私としてはいくつかの注文と要望があります。

①「Conduct detrimental(有害な、弊害をもたらす行為、振る舞い) to the association」であるかどうか、誰が事実認定するのか?という問題です。

「出陳拒否」を巡る裁判も、もともとクラブ側が自分たちに都合良く恣意的にルールを解釈して適用したために起きたことでした。

証拠も根拠も理由も示さず、「協会にとって有害である(弊害をもたらす)」と声高に叫べば、それで済むのでしょうか?

誰かがしっかり、その出来事や言動について、「有害である(弊害をもたらす)」と事実認定しなければ、日本で起きた裁判沙汰は今後も繰り返されることでしょう。

②次に、事実認定においていかに客観性を担保する(保証する)か…。それと同時に事実認定における恣意的な判断をいかに排除するかという問題です。

事実認定する人が、一方の肩を持って恣意的に判断したのでは元も子もありません。

事実認定する人(あるいは組織)は中立公正でなかればなりませんが、それをいかに確保するかはとても重要かつ難しい問題です。

「各リジョンの出来事なんだからリージョナルディレクターが担えばいい」という考えもあるかもしれませんが、TICAアジアにおいて起きていることを考えれば、それが無理なのはお分かりでしょう。

「出陳拒否」を巡る裁判では、「Conduct detrimental to the association」であるかどうかの判断を東京地裁に委ねたわけです。

逆に言えば、裁判所並みの事実認定能力を持たせなければ、仮にルールとしてあったとしても何の意味もなく、逆に今回のようなトラブルを引き起こすだけという結果にならざるを得ません。

2015年9月 5日 (土)

「あまりにも特殊な論理展開に驚き」…

「東京五輪公式エンブレム」の撤回問題と、不当な「出陳拒否」を巡る裁判の構図がどうしてこうも似るのか--。

ひと言でいえば、「根は同じ」ということなのでしょう。

尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏が2日夜にブログに書き込んだとされるメッセージもまさにその証左となるものでした。

尾木氏の元へはデザイン業界関係者から「デザイナーへの批判をやめるように」といった”身内”をかばう声が相次いだらしいのですが、どれもこれも一般常識とはかけ離れていたようで、「あまりにも特殊な論理展開に驚きます…」と書きました。

猫界も同じようなことが起きています。

不当な「出陳拒否」の首謀者であるクラブオーナーらに関する書き込みが”誹謗中傷”だとか”バッシング”だとか…。

あるいはブログでの批判をやめるようにといった”声”が一部で出ているわけですが、尾木ママ同様、私もこうした”声”に関しては「あまりにも特殊な論理展開に驚きます」と感じざるを得ません。

批判されるような事をする方が悪いはずなのに、正して欲しいと願って批判する方が”悪者”になるという不条理--。

しまいには「正義を振りかざすな!」とか「正義を押し付けるな!」とか、「正論が通ると思うな!」とか言われる始末です。

猫界のみなさんにも尾木ママの言葉をそのままお伝えします。

「身内意識のひいきじゃなくどうか視野を広げて下さい」

2015年9月 4日 (金)

「対決姿勢」が”墓穴を掘る”

何事においても”対決姿勢”が騒動の火に油を注ぎ、最終的に”墓穴を掘る”事態になりますが、得てして当事者は気付かないようです。

「東京五輪公式エンブレム」問題を見ても分かるように、自らの非を認め、”和解”を探る機会は何度もありましたが、デザイナー、大会組織委ともに「模倣していない」「似ていない」の一点張りで、”対決姿勢”を取り続けました。

ベルギーの劇場のデザイナーも態度を硬化させ、結局、IOCを提訴しましたし、往生際悪く”対決姿勢”を続けたために、「原案」を公表せざるを得ず、かえって新たな疑惑を生むという悪循環に陥ったのは報じられている通りです。

事態が深刻であればあるほど「対決」を選ぶのではなく、「和解」を選んだ方が得策なのですが、利害打算や責任逃れの意識が強くなると読みが甘くなり、こういう事態を招くと言えます。

今回の騒動について、あるコメンテーターは「自分に非があるなら、すぐに謝る。非がなく本当に間違いであるなら、『言いがかりだ』と主張し訴訟も辞さない強さを示す。それが出来ないなら黙っているか、何もしない方がいい」と話していました。

ホリエモンこと堀江貴文氏も自身のツイッターを更新し、「本当に模倣じゃないと主張したいんなら最後まで諦めるべきでない。諦めた時点で負け」と、つぶやきました。

不当な「出陳拒否」を巡る猫裁判も同じです。

出陳者側はセオリー通りに、出陳拒否の理由が「言いがかりだ」と主張し、訴訟も辞さない強さを示しました。

しかし、一方のクラブ側は非があるにもかかわらず、すぐ謝ることをせず、”対決姿勢”を取り続けたのでした。

しかも、被告側は途中から変心の理由を説明することなく、出陳受け入れに方向転換したのです。

ホリエモンの言葉を借りるなら、「本当に23.6.5に該当する行為があったと主張したいなら最後まで諦めるべきではない」--。

要は裁判の決着を見届けるまでもなく、「諦めた時点で負け」だったということなのです。

2015年9月 3日 (木)

「悪いのは誰か?」ここでも”議論のすり替え”

裁判を起こす方が悪いのか? それとも裁判を起こされる方が悪いのか?

猫界における”議論のすり替え”は「東京五輪公式エンブレム」問題でも見られます。

大会組織委が中止理由に挙げた「国民の理解が得られない」--。

これは暗に「デザインを理解できない国民が悪い」と国民に責任があるかのような言い方です。

デザイナーも同じです。

同氏は「エンブレムにつきまして」のコメントで、「一部のメディアで悪しきイメージが増幅され…」「私自身や作品への疑義に対して繰り返される批判やバッシング」があったことなどを理由に挙げ、「今回の取り下げに関して私自身も決断致しました」と説明しました。

しかし、数々の”パクリ”疑惑を探し出し、正当な根拠と証拠を示したのは紛れもなく、”ネット民”でした。

”ネット民”がいなければ、疑惑の数々は埋もれたままになり、仮に噂に上がったとしても、根拠なき臆測として闇に葬られてしまったことでしょう。

”ネット民”が批判しなければ、そして”ネット民”がブログで書き、SNSで投稿しなければ、いまなお「エンブレム」は使われ続けていたことでしょう。

それをあたかも”ネット民”のせいで取り下げざるを得なかったかのようなデザイナーの主張は理解できません。

猫界も全く同じ構図です。

もし、私がブログで書き続けず、出陳者が裁判を起こさなければ、いまなお不当な「出陳拒否」が続いていたことは間違いないのです。

2015年9月 2日 (水)

「日本の恥」とはこういう時に使うもの

「日本の恥」なる言葉が国内外を駆け巡っています。

選考自体が”出来レース”だったとか、相次ぐパクリ疑惑を経て、昨日ついに「東京五輪公式エンブレム」の使用中止が発表になりました。

中止発表前から、教育評論家の”尾木ママ”こと尾木直樹氏が「弁解の余地ありません。国際的に日本の恥と言わなければなりません」と厳しく指摘していたほか、使用中止を受けて時事通信は「日本のゴタゴタを世界に発表したみたいで恥ずかしい」との都民の声を配信しました。

海外でも「恥ずべき事態」と報道するメディアもあり、今回の出来事こそ、まさに「日本の恥」という言葉を使う象徴例と言えるのではないでしょうか…。

2013年4月29日のアクトのショーを「日本の恥」と騒ぎ立てたメンバーもいましたが、「日本の恥」とは何を根拠に、どういう時に使うべきか--。

これを機会にしっかり学んで頂きたいと思います。

2015年9月 1日 (火)

議論のテーマに挙がった「23.6.5」(1)

2~4日にオーストリアで開催されるアニュアルボードミーティングでは、重要なテーマについての議論がされることになっています。

それは「Show Rule 23.6.5」に関してです。

議案には「Discussions 1. Conduct detrimental(有害な、弊害をもたらす行為、振る舞い) to the association (Show Rule 23.6.5)」と記載されています。

「出陳拒否」を巡る東京地裁での裁判でも、「23.6.5」の解釈と適用理由が焦点となっていますから、ボードも何らかの関心を持っているのかもしれません。

なんと言っても日本では、あるクラブが「ショーフライヤー」に「公の場でTICAを批判した方およびその関係者のエントリーはお断りいたします(Show Rule23.6.5)」と、噓の和訳を載せていたわけです。

「公の場でTICAを批判」することが「Conduct detrimental to the association」に当たるのかどうか、そして「その関係者のエントリー」まで拒否できるのかどうかについて、この際ですからしっかり話し合って頂きたいと思います。

私から見ると、「公の場でTICAを批判した方およびその関係者のエントリーはお断りいたします(Show Rule23.6.5)」という虚偽記載をフライヤーに 載せること自体が明らかに「Conduct detrimental to the association」に当たると考えています。

ボードメンバーにはその認識もしっかり持って頂きたいと思います。

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