戦後70年に関連して思う(2)
「おわびがない反省は空論だ」--。
中国国営通信の新華社は、安倍首相の戦後70年談話に向けた有識者懇談会の報告書が「おわび」の必要性に触れなかったことについてこう論評したそうです。
私は第2次世界大戦の歴史観については知識も乏しく、話す資格はありませんが、人としての原点に立つなら、「おわびがない反省は空論だ」という主張に共感を持ちます。
そして、それは猫の世界においても同じではないでしょうか? 全くと言っていいほど「おわび」も「謝罪」もないからです。
「出陳拒否」など、その最たる例ではないでしょうか…。
「反省」したのか定かではありませんが、「出陳拒否」を改めれば「おわび」も「謝罪」の必要性もないとの態度に映ります。
しかも、「おわび」や「謝罪」を求めるアクトクラブ員に対して、「正義を振りかざすな」とか「正論を押し付けるのは虐めと同じだ」みたいな非難をする人もいる始末です。
「おわび」と「反省」はそもそも”セット”ではないかと思うのですが、そうでないと思う人がいるところが私には全く理解できないのです。