2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

リンク

« どこにでもいる”懲りない”人 | トップページ | ”嫌気”が差すのも当たり前? »

2015年7月 3日 (金)

”贔屓客”がいる店、いない店

”贔屓客”がいるお店は繁盛し、”贔屓客”がいないお店は衰退する--。

こう思う人が多いかもしれませんが、果たしてどうでしょうか?

「贔屓」はもともと、「鼻息を荒くして力んだり力を込めたりする」の意味で、転じて「特定の人を助けたり目をかけたりする」という意味になりました。

しかし、それが度を過ぎ、やり過ぎて”贔屓客”だけのために力添えし、”贔屓客”もそれに呼応してガヤガヤ、ワーワー大騒ぎするようでは、一般の客がいなくなってもおかしくありません。

趣味の集まりも同じではないでしょうか…。

先週末のショーは”贔屓客”によってガヤガヤ、ワーワー大騒ぎする光景は見られず、ゆったりのんびり静かに時間が過ぎましたが、同時に充実した雰囲気を感じることが出来ました。

”贔屓客”がいないからと言って必ずしも衰退するものではなく、逆に”贔屓客”が大騒ぎするようなお店こそ、一般客が遠のき衰退していくのではないかと思いました。

« どこにでもいる”懲りない”人 | トップページ | ”嫌気”が差すのも当たり前? »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ”贔屓客”がいる店、いない店:

« どこにでもいる”懲りない”人 | トップページ | ”嫌気”が差すのも当たり前? »

無料ブログはココログ