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2015年6月

2015年6月30日 (火)

今日でちょうど半分が経ちました…

2014年1月からスタートした新体制も今日でちょうど1年半が経ちました。

この1年半にTICAアジアで起きたことがTICAの歴史、TICAアジアの歴史においてどれだけ異常で特異なものであるかはTICAに長い間、おられればおられるほど分かるかと思います。

そして、公約通りの「強いリーダーシップ」が遺憾なく発揮できているかどうかも、みなさんが良くご存知の通りです。

私はこうした現状に鑑み、当たり前の考え方を持つ愛猫家が集い、当たり前の事を当たり前に出来る組織にするために、今すぐにでも全てを”リセット”すべきだと考えています。

本当に猫のことを考え、TICAの事を真剣に考えているのなら…

2015年6月29日 (月)

わずか「0.2%」がもたらした結果責任

「0.2%」と聞けば、大半のメンバーが「わずか0.2%か…」と感じると思います。

しかし、そのわずか「0.2%」であっても、どういう「結果責任」が生じるかは東洋ゴム工業を見れば明らかでしょう。

免震ゴム事業は年間約7億円。東洋ゴム全体の連結売上高比率は0.2%に過ぎません。

しかし、その事業におけるデータ偽装問題の責任を取り、首脳は総退陣を余儀なくされました。

問題を把握していたにもかかわらず対応が遅れるという”不作為の罪”、そして経営陣における”隠蔽体質”など、あってはならない事がいくつも重なりました。

そして、それらは全て趣味の世界にも共通します。

ルール違反や不正に目をつぶり、見過ごそうとすれば 、きっかけとなる出来事がどんなに小さいものであっても、重大な「結果責任」が生じることを、肝に銘じなければなりません。

2015年6月28日 (日)

全く驚かない自分に驚き!

朝日、毎日、東京新聞をお読みなら、昨日の朝刊1面トップで大きく取り上げていましたからお分かりかと思います。

テレビ各局も大きく取り上げ、ネットでも大騒ぎになっています。

しかし、私は全く驚くことなく、冷静に受け止めました(そうした受け止め方の是非は別にして…)。

なぜなら、アクト及び私自身が同じ非難と批判にさらされているからです。

「アクトは潰さないとならない」「屋和田は潰さないとならない」との大合唱は今なお続いています。

ある議員から出たという「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番だ」の発言も、「アクトを懲らしめるには出陳者がいなくなるのが一番だ」とか「アクトを懲らしめるには出陳拒否するのが一番だ」というように読み換えれば理解頂けると思います。

猫界と政治の世界で敢えて違いを見い出すなら、自民党勉強会で発言した作家が「冗談としていった」と釈明したのに対し、猫界の人たちは本気でそう思っているということでしょう。

※その後、この作家は「その時は冗談口調だったが、今はもう本気で潰れた方がいいと思う」と話したとの報道がありました。

2015年6月27日 (土)

ご理解とご協力のお願いについて

このブログは単なる「日記」ではなく、TICAアジアにおけるガバナンス(統治のあり方)のチェック機能を果たし、猫界における新たなメディアを目指したものであることは何度もこのブログでお伝えした通りです。

従って、「これは書く」けど「あれは書かない」など、取り上げるテーマや内容が恣意的に偏ったものであってはならないことが大前提であることは言うまでもありません。

このたび発覚したある”事件”についても、「このブログでしっかり取り上げるべき」とのご意見を多数頂いており、基本的に私もその通りだと思っています。

「言論の自由」「表現の自由」は常に中立公正な立場に立ってこそのものであり、このブログにあってはTICAアジアメンバーみなさまの「知る権利」に応える使命もあると考えています。

ただ、すでに警察が動き始めているとのことで、このブログが捜査の支障につながりかねないということであれば配慮せざるを得ません。

従って、このある”事件”については当面、このブログで取り上げることは控えたいと思っております。

もし、正確な情報をお知りになりたい方は個別にお問い合わせを頂ければ、捜査に支障がない範囲でお答えしたいと考えています。

また、私どもとしても捜査には全面的に協力させて頂こうと思っています。

みなさまのご理解とご協力を賜れば幸いです。

2015年6月26日 (金)

何が最大の「原因」なのか?

「利益追求主義が最大の原因だ」「情けなく恥ずかしい。役員は全員退任だ」--。

東芝の株主総会ではこんな厳しい批判が相次いだそうですが、やはり私には他人事とは思えません。

趣味の世界であっても、「ショー至上主義が最大の原因だ」といった声が出ておかしくない状況だからです。

猫界にあっては「株主」がいるわけでも、「株主総会」があるわけでもありませんから、首脳陣や執行部が批判にさらされることはありません。

とはいえ、だからといってこのままで良いはずはないのではないでしょうか…。

本来は「ショー至上主義」ではない団体であるにもかかわらず、なぜ、「ショー至上主義」のようになってしまったのか? しまうのか?

ショーを巡っては、猫愛好家が集い、語らい、情報交換する楽しい場だという方も多いと思いますが、そうであるなら審査抜きで大規模なランチ会や夕食会の機会をもっと増やしてもいいでしょう。

”競う”という点に問題の根があるなら、海外であるような「Meet The Breed」のようなことを日本でやってもいいでしょう。

「ショー至上主義」を軌道修正するにはどうすればいいのか?

全員が真剣に考えなければ、”動物虐待”まがいの行為は形を変えつついつまでも出てくるのではないでしょうか…。

2015年6月25日 (木)

他人事と思えない東芝の”事件”

東芝の「不適切会計」問題に接するたびに、他人事ではない気がしてなりません。

と言っても、「会計」問題そのものではありません。どの団体・組織でも陥りやすい”構造的”な問題についてです。

第一に、「自浄作用」が働かなかったこと。

今回の問題は、証券取引等監視委員会(SESC)に「会計処理に不正行為があった」という内部通報で発覚しました。長年にわたって多くの社員が見て見ぬふりをしてきたというわけです。

第二に、歴代社長が今なお”我が物顔”で社内を闊歩する旧態依然の体質、それに伴う「無責任」の経営風土が問題の土壌となりました。

「旧態依然」なやり方、すぐに責任逃れする「無責任」な体質も、どこでもありがちな光景と言えます。

第三に、「財界総理」と言われる経団連会長など、ポストや栄誉に固執する歴代経営トップがいたことも東芝全体を蝕んだと指摘されています。

単なる名誉欲でポストを欲しがる人物も、趣味の世界も同じでしょう。

東芝出身で東京証券取引所の社長を勤めた人物に対しては「市場の番人として最もふさわしくない人物だった」との批判がいまだに聞こえてくるぐらいです。

国も会社も団体も組織も、「自浄作用」が働かなければ”劣化”し、崩壊していきます。

私には東芝の問題が単なる企業不祥事のひとつとはどうしても思えないのです。

2015年6月24日 (水)

50年前に提唱された「ガイドライン」

今からちょうど50年前の1965年、英国で「動物の権利」を巡り、あるひとつのガイドラインが提唱されました。

それは以下のようなものでした。

Animals require the freedoms to “stand up, lie down, turn around, groom themselves and stretch their limbs”

日本語に訳せば、「動物は『立つ』『横になる』『方向転換する』『毛繕いする』『体を伸ばす』自由を与えられるべきである」

TICAのショー会場における控えケージは、そうした権利を守るためにあるはずではなかったのでしょうか?

その半分の容積にも満たない小動物用のキャリーに大人のベンガル猫を閉じ込めて、それを控えケージに入れておくなどということは50年前ですら、許されていなかった行為です。

動物の基本的な権利を侵害してまで、Award Pointを上乗せし、Award Rankingを上げることが許されていいことなのかどうか…。

子供でも分かることが出来ない出陳者がいるところにTICAアジアが抱える大きな問題があるのではないでしょうか?

2015年6月23日 (火)

出陳者としての最低限の”資格”

愛猫家を自称するのに資格があるわけではありませんし、TICAのメンバーになるのに資格試験があるわけではありません。

TICAのキャットショーに参加するのにも事前の資格テストがあるわけではありません。

しかし、そうであったとしても、暗黙の最低限の”資格”があるのではないでしょうか?

それは動物の権利に対する知識と深い理解です。

動物の権利に関する有名な入門書「動物の権利」(デヴィッド・ドゥグラツィア著)は3つの基本的な考え方を提示しました。

1. 動物は動物自身として良い扱いを受ける資格がある。

2. 動物の苦しみは人間の苦しみと同じくらい重大である。

3. (動物の権利は)社会に不利益が生じても保護されなければならない重要な利害である。

キャットショーに参加するに当たっては、最低でもこの3原則を理解する出陳者でなければエントリーする資格はないのではないでしょうか?

私はTICAのショールールの「出陳者の義務」として、この事もしっかり盛り込む必要があるように思えてなりません。

2015年6月22日 (月)

猫の扱い方で分かる団体の”レベル”

マハトマ・ガンジーの名言で次のような言葉があります。

「国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で分かる」--。(※原文はThe greatness of a nation and its moral progress can be judged by the way its animals are treated)

もし、その通りであるなら、TICAをはじめとする愛猫団体についても同じことが言えるのではないでしょうか?

「愛猫団体の偉大さ、道徳的発展は、その団体のショーにおける猫の扱い方で分かる」

2015年6月21日 (日)

1人だけ、1回だけなら許される?

4月のショーで”動物虐待”まがいの事件があった問題を巡り、「やっていたのは1人だけなんだから…」とか、「その時、1回だけなんだから…」という理由で、何の問題もないと”擁護”するメンバーがいると聞いて驚きました。

確かに、刑事罰の量刑を決めるにあたって、初犯か再犯かは重要な判断要素になるでしょう。

再犯のリスクが高ければ、執行猶予は付かず実刑になるのもそうした背景があるからです。

しかし、TICAという愛猫団体において、そのTICA公認のキャットショーにおいて、”虐待”をしたメンバーが1人だけなら許されるものなのでしょうか?

その時、1回だけなら許されるものなのでしょうか?

TICAの使命やモットーを知っていれば、たとえ1人だけであっても、たとえ1回だけであっても、決して許される行為でないことは明らかです。

このような擁護が出て来ることは残念でなりません。

2015年6月20日 (土)

まるで何事もなかったかのように…

何事もなかったかのように振る舞うことは時として大切かもしれませんが、今回はちょっと違う気がしてなりません。

TICAアジアリジョンの公式サイトに掲載された「アワード表彰式ご案内発送にあたりお知らせ」(※原文ママ)についてです。

そこにはまるで何事もなかったかのように、「毎年の事ですが、激戦が続きご愛猫もオーナー様もきっとお疲れのことと思います」と書いてありました。

しかし、前年度は20頭以上に及ぶベンガルが”動物虐待”まがいの仕打ちを受けたショーがあったわけで、小さなキャリーに押し込められていたベンガルに対してまで「きっとお疲れのことと思います」との言い方には違和感を禁じ得ません。

百歩譲って「激戦」が続いていたとしても、それはあくまで人間の都合--。

”虐待”してまでキャットカウントを上げることが愛猫団体の組織で許されるものなのでしょうか…。

2015年6月19日 (金)

本当に”無い袖は振れない”?

「無い袖は振れない」と言いながら、あるところにはあるというのが世の常です。

政治の世界では”埋蔵金”と呼ぶようですが、TICAのリジョンにも似たような”埋蔵金”がないわけではありません。

それは「Rebate」というTICA本部から各リジョンへの「還付金」です。

これはTICAへの貢献に応じて各リジョンに支払われるもので、TICA本部が開示している資料によると、2013-2014年度にアジアリジョンに対しては2160ドルが支払われたことになっています。

実はこの金額は全世界で13あるリジョンの中でアジアリジョンが最も多額でした。

「TICA TREND」最新号のアジアリジョンの会計報告にも、このお金については記載があり、21万7425円の「rebate」がリジョンの「income」として入ってきたことが分かります。

お金に”色”が付いていない以上、どう使われても分かりませんが、出陳者の”貢献”に応じてこうしお金が還付されている以上、RW表彰者のロゼット代ぐらい出席・欠席に関わらず、無 料にするのが当然なのではないでしょうか…。

2015年6月18日 (木)

隣りの”青い芝生”から学ぶこと

最終的にどういう議論を経て、受賞者のロゼットについて「表彰式に欠席された方には有料で後日お送りすることにしました」という結論に至ったのか--。

私がリジョンオフィスのメンバーであれば絶対に反対したでしょうし、私の知る限りの常識的なTICAアジアのメンバーの中に賛成するメンバーはひとりもいないと思います。

なぜ、誰一人として言わなかったのでしょうか?

もちろん、反対意見があったかもしれず、それが”鶴の一声”や多数決で押し切られたかもしれません。

TICAアジアのメンバーのために存在するリジョンオフィスであり、TICAアジアのメンバーの”黒子”として働いているという意識が欠けているように思えてなりません。

「隣りの芝生は青く見える」と良くいいますが、場合によっては隣りの芝生をよく観察することも大切なのではないでしょうか?

私が考えるところのリジョンオフィスは、他のリジョンの動きを常に観察し、何か良い取り組みを導入しているのであれば取り入ます。

RWの表彰ロゼットも同じです。

あるリジョンではIWと同様に、スポンサーを募る仕組みを導入しています。
http://catshows.home.mindspring.com/SC_Regional/sponsorships.htm#payment

アワードパーティへの出席者と欠席者をロゼットの費用負担で”差別”するぐらいなら、こうした仕組みをアジアリジョンで導入する価値はあるのではないでしょうか?

安易な”解決策”に頼る前に、考えることすべきことはいくらでもあるように思えるのです。

2015年6月17日 (水)

出席者を増やしたい気持ちは分かりますが…

「身を切る改革」と、どこかの政党のように言うつもりはありませんが、経費などいくらでも削れるところはあるはずです。

国の財政再建論議もそうですが、無駄なところを削ろうとせず、国民に負担をかけるやり方にはどうしても納得できません。

小さな趣味の世界も同じです。

「物価が高騰しており円安でロゼットも思っていたより高額なものになってしまいましたので、表彰式に欠席された方には有料で後日お送りすることにしました」と言うのは理解に苦しみます。

どんな理由があろうとも、表彰される出陳者やメンバーに不必要な負担を強いるやり方は全く理解できません。

欠席者からロゼット代を徴収することで、一体、いくらの経費削減効果につながるというのでしょうか?

欠席者のロゼット代分ぐらい、他にいくらでも削って捻出できるところはあるのではないでしょうか?

そもそも、出席者と欠席者をこういう形で”差別”することが正しいやり方と言えるのでしょうか?

欠席者が多くなることを想定し、少しでも出席者を増やすためにしているとしか思えないのです。

2015年6月16日 (火)

歴史に残るTICAの”Award Ranking”2014-2015

2014-15年度のTICAのIW/RWアワードが最終的に決まったそうです。

最終決定のランキングとポイントを確認したわけではありませんが、緊急動議が提出された形跡もありませんから、Official Standingと概ね変わらないと思われます。

今回のIW/RWのランキングはTICAの歴史で初めて、そして今後も永久に語り継がれるものになるでしょう。

ひとつは”動物虐待”を受けたベンガル猫が含まれたキャットカウントに基づいて計算されたAward Pointsであること--。

もうひとつは、”動物虐待”を受けたベンガル猫自体がAwardの表彰を受けるであろうこと--。

TICAの歴史としてだけでなく、数多くある世界の愛猫団体の長い歴史においても、深く刻まれることになるIW/RWランキングであることだけは間違いありません。

その事に胸を張り、誇り、心から祝えるかどうかはメンバーひとりひとりの良識と常識に委ねられています。

2015年6月15日 (月)

「私の息子はサルだった」--。

この本のタイトルを聞いて、「もう読んだわ!」という人がいたら、かなりの”通”かもしれません。

そして、必ずや本当の猫愛好家であることでしょう。

これは生前の未発表作で、先月22日に出版されたものですが、作者は佐野洋子さんです。

そう、永遠の名作として語り継がれる絵本、「100万回生きたねこ」の作者でもあります。

TICAアジアの全メンバーがこの絵本を読み、感動し、涙したことがあれば、”動物虐待”まがいの行為がTICAのショーで行われるようなことは決してなかったと思うのです。

2015年6月14日 (日)

「ショー」のためだけではないはず…

「ショー」のためだけのTICAではないはずですが、残念なことに日本ではほぼ間違いなく「ショー」のためだけのTICAと言えるのではないでしょうか…。

もし、「そんなことはない!」「何をバカな事を言っているのか!」と怒るメンバーがいるようでしたら、先のSpring Board Meetingでも話題に上った「TICA’s Therapy Cat Program」について考えてみてはいかがでしょうか?

これは「アニマルセラピー」の一環として、猫を使ったセラピー手法を指します。

猫と触れ合ってもらうことで、ストレス軽減や自信回復、精神的な健康の増進につなげることを目的としています。

老人ホームや病院、ホスピスなどに猫と一緒に出向き、触れ合って貰うことで、少しでもこうした施設の方々の癒やしにつなげる活動と言えます。

提案によると、新たに3つの「タイトル」を創設し、インセンティブにつなげようということでした。

「TC」 – Therapy Cat is awarded after the team has completed 100 approved visits.

「TCX」 – Therapy Cat Excellence is awarded after the team has completed 200 approved visits.

「TCD」– Therapy Cat of Distinction is awarded after the team has completed 300 approved visits.

残念ながら、この提案は一応、ボードで議論されたものの、さらに中身を詰める必要があるということでルールコミッティーで検証することになりました。

「ショー」のためだけのTICAアジアではない証しとして、日本でも取り組んでみてはどうでしょうか?

2015年6月13日 (土)

日本では常態化している”ルール違反”

日本では当たり前に行われている事について、ボードではどうするかが大真面目に議論されている--。

さて、何のことか? みなさんはお分かりでしょうか?

いわゆる「差し込み」のエントリーについてです。

日本のTICAメンバーの何人が知っているか分かりませんが、「差し込み」などという規定はTICAのルールにはありません。

エントリーの締め切りについてはShow Rule 23.6.7で定められている通りですが、日本ではルール違反が日常的に行われているのです。

先のSpring Board Meetingではディレクターのひとりが「審査が始まる前までにカタログの追加のページ(いわゆる「差し込み」)を配ることによって、締切後でもエントリーを受け付けられるようにしてはどうか」という動議を出しました。(※”additional pages of the catalog have to be delivered to the exhibitors before the beginning of the judgments”)

ボードで票決されるためにはもうひとり別のディレクターの支持が必要でしたが、それを得られず、動議の提出自体が認められませんでした。結局、ルールコミッティーでさらに議論することになったのです。

日本では常態化している「差し込み」という名の”ルール違反”--。

さすがに、アジアディレクターも「日本ではどこのクラブも昔からやっていますけど…」とは言えなかったようです。

2015年6月12日 (金)

陽の目を見た「National Award」

日本は関係ありませんが、先のSpring Board Meetingで「National Award」という称号が正式に認められることになりました。

既に南米の国々では2011年から導入していたそうで、対象はアイソレイテッド地域。アジアリジョンに関してはとりあえず韓国が対象になるようです。

最低でも3回のショーで最低20リングが必要になるなどいくつか条件はありますが、国ごとにトップ5を「NW」として表彰することになります。

Standing Rulesに「901.4.3.7」が加えられます。ただ、「IW」や「RW」などのように、猫の名前の前に「NW」を付けられるのかどうかは明らかではありません。

前回のディレクター選挙の際、私も公約に掲げていましたから、今回の決定は歓迎したいと思います。

ちなみに投票結果は賛成13票、反対1票だったそうです。

2015年6月11日 (木)

「TOP15」ファイナル表彰は歓迎?

日本もかつては「キャットカウント」が75頭以上だった時期もありますから、全く関係ないとは言えないと思います。

先のSpring Board Meetingでは、カウントが75頭以上について15位までファイナル表彰をする案が議論され、ルールコミッティーにおいて具体的なルール作りに着手することが賛成多数で可決されました。

とは言え、投票結果は賛成8票、反対5票、棄権1票でしたから、満場一致というわけではありませんでした。

あるディレクターは変更に伴うコストが1万2000ドル(150万円)以上かかることや、適用されるショーの数が全体の3.8%しかないことなどを理由に反対したようです。

しかし、私にはそれよりも明らかにして欲しいことがあります。

なぜ、カウントが50頭以上でも60頭以上でもなく、75頭以上なのか? その根拠は?

ショー運営者やクラークの負担をどう考えているのか?

こうした変更により、どのような具体的な効果を見込んでいるのか?

せめて全メンバーを対象にした「パブリックコメント(意見募集手続き)」を取り入れて欲しかったと思います。

みなさんはどう考えるでしょうか?

2015年6月10日 (水)

裁判所の手を借りないと判断できない?

「またか…」と思うか、「当然でしょう…」と思うか、感想は異なるかもしれませんが、TICAに長年いるメンバーであれば驚く人はいないかもしれません。

TICA本部サイトでSpring Board Meetingの議事録が公表され、3月7~8日のショーに関する「プロテスト」が「No Action」となりました。

訴えた側は「ルール違反があった」と主張したわけですが、TICAのボードは「ルール違反はなかった(The Board found that no TICA rules were violated)」と結論付けたわけです。

しかし、議事録上はどういう根拠と理由において訴えを退けたのか? どうして「ルール違反はなかった」と言えるのかについて一切、明らかにしていません。

そもそも、法律用語としての「find」はあくまで「判断を下す」「宣言する」という意味でしかありません。たとえ、ルール違反があったとしても「なかった」という判断を下すことも可能なのです。

その証拠に、現在、東京地裁で行われている裁判も、ボードが「No Action」とした「決議」を巡って争われているのです。

いちいち裁判所に訴えて、裁判所の判断を仰がねばならないTICAのボードというのは何なのだろうかという疑問が出て来ても不思議ではありません。

裁判所の手を借りなくても、誰もが納得できる判断を下せる組織こそが真に健全な組織と言えると思うのですが…。

2015年6月 9日 (火)

裁判、大きく動く可能性も(3)

「出陳拒否」を巡る裁判が大きく動く可能性が出てきたと思われる理由はそれだけではありません。

被告側が「出陳拒否」の根拠としてきたショールール23.6に関する審議でも、ある”節目”を迎えたようだからです。

おさらいになりますが、23.6は「ショーコミッティーは委員会の自由裁量で以下の理由で出陳を断ることができる」とし、その具体的ケースとして7つ(23.6.1~23.6.7)を明記したものです。

被告側はこれまで、23.6を楯に取り、自由裁量があるのだから「出陳拒否の自由もある」と主張してきましたが、「完全な自由裁量とは言い難いのではないか」として、その主張は退けられる見通しが濃厚になってきたというのです。

ということになれば、被告側は今後、原告側が23.6.1~23.6.7のどれに、そしてどのような具体的な事実を持って該当したのかを立証する責任が出てきます。

しかし、具体的な事実がないことはみなさんもご存知の通り…。

おまけに、「出陳拒否」を貫いているならまだしも、ここに来て一転して出陳を受け入れているわけですから、この後、被告側がどんな主張をしようが説得力に欠けることは明らかです。

素人目には”投了”が時間の問題のように思えてなりません。

2015年6月 8日 (月)

裁判、大きく動く可能性も(2)

「出陳拒否」を巡る裁判が大きく前進する--。それは確かに歓迎すべきことなのですが…。

と、私は思ってしまうのです。

なぜなら、今回の「出陳拒否」の問題において、そもそもどうして「裁判所の出る幕ではない(司法権が及ばない)」というような主張が出てくるのか、私には全く理解出来ないからです。

被告側のこうした主張に対して原告側は、5月27日の第6回期日において「団体がその運営のために一般的な規律を定めることと、そのこと故に当該団体が司法権の及ばない自律性を有することになるか否かは全く別の問題である」と反論したそうですが、私も素直にその通りだと思います。

原告側はさらに、「被告側の主張に従えば、内部規律を定めた団体は、すべて司法権が及ばないことになるが、極めて広範に司法権の限界を設けるものであり、法の支配を揺るがす主張であって失当である」とも反論したとのことですが、これもまた当然と言えば当然のことのように私には思えるのです。

しかし、この被告側の主張で明らかになったのは、TICAのボードメンバーの中に少なくとも1人は、「裁判所の出る幕ではない」というような考えを持ったディレクターがいたということ、TICAアジアの中に少なくとも4人は、この考えを持ったメンバーがいたということでした。

もしかすると裁判の結果より、この事実の方がTICAアジアの将来を考える上で重く悲しい現実を突き付けているのかもしれません。

2015年6月 7日 (日)

裁判、大きく動く可能性も(1)

「出陳拒否」を巡る裁判は、ここに来て大きく動く可能性が出て来たようです。

被告側は、今回の「出陳拒否」の問題はTICA内部の問題であり、裁判所の司法権が及ばない(平たく言えば「裁判所の出る幕ではない」)と主張し、訴えを棄却するよう求めていましたが、この主張は退けられる見通しが濃厚になったとのことです。

これにより、今回の裁判は「出陳拒否」が違法であったかどうかを日本の裁判所が判断し、違法と判断した場合には裁判所が損害額を認定することになります。

6回の期日を経て、ようやく原告側の訴えの”スタートライン”に戻って来たことになりますが、次回以降、裁判が一挙に進む可能性も出てきたと言えそうです。

2015年6月 6日 (土)

構造的問題は規模の大小を問わず同じ

どこの世界も同じというか、規模の大小を問わず起こり得る問題であり、組織の腐敗は何とかしなければならないことを痛感します。

もちろん、FIFAの収賄事件ですが、様々な報道が溢れるなか、ある記事を読んで改めてその思いを強くしました。

その記事にはこう書いてありました。

「互いに見て見ぬふりをする中で、我が世の春を謳歌してきた集団をガバナンス(統治)やコンプライアンス(法令順守)の意味が分かる組織に再生する。それにはまったく新しいタイプのリーダーが必要だろう」--。

FIFAと身近な趣味の世界で違っているのは、米国のFBIや各国の司法当局が動くかどうかぐらいではないでしょうか?

抱えている構造的な問題の本質は規模の大小を問わず同じであることが分かります。

2015年6月 5日 (金)

腐敗した組織を浄化する第一歩

「そもそも、会長選挙で5選されたこと自体が非常識極まりなかった」--。

国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長が辞意表明したことを受け、こんな指摘も飛び出しました。

しかし、言われてみれば確かにその通り。そうした批判が高まって辞意表明せざるを得なくなったと言えるかもしれません。

なぜ、「非常識」だったかと言えば、これだけの不祥事が明らかになったにもかかわらず、各国協会代表が会長の責任を追及せずに5選させたことで、FIFAの”自浄能力”に大きな疑問符が付いたことでしょう。

各国サッカー協会関係者はその歪みに気付きながら、自分たちに見返りがあるために、トップの”暴挙”に加担してきたのです。

FIFAの理事には定年制や再任制限がないことも前近代的な過去の”遺物”と言え、それが利権をむさぼり続ける体質を蔓延らせてきたとの指摘もあります。

腐敗しきった組織を浄化し、新陳代謝を起こせる仕組みに作り直し、再生しなければならないわけですが、一から築き直す改革の第一歩とは何であるべきなのか…。

それは誰の目にも明らかでしょう。

公正・公平に、かつ迅速に改革を進めていく強力なリーダーシップを持つ新会長を選ぶこと以外にありません。

2015年6月 4日 (木)

責任感と使命感の欠如の果て

日本年金機構を舞台にした約125万件に及ぶ情報流出事件は防ぎようがなかったのでしょうか? それとも起こるべくして起きたのでしょうか?

振り返れば、この機構自体、旧社会保険庁を解体して誕生しました。

杜撰な年金記録の管理問題が表面化し、「ガバナンス(統治能力)や職員の責任感、使命感が欠如していた」との厳しい批判に晒されたからでした。

では、その反省は生かされたでしょうか?

最近、明らかになったのは年金機構の個人情報保護対策が5年連続で「C評価(計画をやや下回っている)」を受け、セキュリティ対策体制の不備を指摘され続けてきたことでした。

「C評価」は5段階の下から2番目--。

年金記録という大切な個人情報を管理しているという自覚が十分になかったと指摘されても仕方がないのではないでしょうか。

何度指摘を受けても、何度注意を受けても、何度警告を受けても変わらないと、どういう事態を引き起こすことになるのか…。

日本年金機構の問題はどの組織にも当てはまる重要な”教訓”を示しています。

2015年6月 3日 (水)

「3日天下」ならぬ”5日天下”

国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長が辞意を表明しました。

5期目の会長選挙で当選してから5日しか経っていませんでした。

同会長はコメントの中で、「先日の選挙で私の再任が決まったが、クラブや関係者などサッカー界の全体の支持を得られていない」と語りました。

会長自身にも捜査の手が伸びていることを辞意表明の理由とする向きもありますが、それを抜きにしても当然と言えば当然でしょう。

「全体の支持」どころか、批判や非難の声は再選後も高まるばかりだったからです。

「FIFAが向き合ってる問題はまだ終わらない。FIFAには深い改革が必要だ。だから新しい会長を選ぶ」--。

ブラッター会長はこうも強調しました。

FIFAに限らず、組織を立て直すためには、まずはトップが代わらねばなりません。

2015年6月 2日 (火)

決して軽んじてはならない問題

国際サッカー連盟(FIFA)の収賄事件の報道に接するにつれ、TICAとして決して軽んじてはならない問題があることに気付きます。

それは「スポンサー」の存在です。

FIFAのスポンサーとなっている企業は相次いで声明を発表し、FIFAとの関係見直しも辞さない姿勢を示す企業も出ているのです。

例えば、コカ・コーラは「FIFAは失った信頼を取り戻すため、あらゆる手だてを講じる必要がある」とした上で、「今回、提起された問題すべてについて迅速かつ透明性をもって説明するよう求める」としています。

クレジットカード大手のビザは「FIFAが組織内部の問題について速やかに説明するよう求める」とし、「FIFAが改革に失敗すれば、我々はスポンサー関係を見直すつもりだと伝えている」とコメントしました。

猫の世界では、キャットフードメーカーが「スポンサー」であることを決して忘れてはならないでしょう。

ルール違反をいつまでも続けていて、「スポンサー」がこれまでと同じように付く保証はどこにもないのです。

2015年6月 1日 (月)

”船体に開いた穴”に目をつぶってはならない

国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長が再選(5選目)されました。

しかし、再選に当たっては様々な批判が渦巻いたことも事実です。

「果たしてこれまで改革はされてきたのか?」、そして「今後、実効的な改革が行われるのか?」 疑問を持つ人達がかなりの数に上りました。

先のFIFA総会で発表されたリリースには「(これまでに)導入された幅広い徹底的な組織改革はFIFAのガバナンス(統治能力)を強化し、透明性を高め、その結果、連盟は新しい一歩を踏み出した」と書かれていたそうです。

改革を主導した人物も「比較的短い時間に目覚ましい成果をあげることができた」と総会で“自画自讃”したと伝えられています。

しかし、その一方で改革を主導してきた独立統治委員会のメンバーの中のひとりは「これ以上、FIFAのために働くのは時間の無駄」として、総会の直前に辞任しました。

彼女はこう訴えました。

「注目すべきはどの(改革)提案が受け入れられ、どれがはじかれたのかであって、項目がいくつ達成されたかではありません」--。

「もし船の塗装、ロープやプロペラ、救命ボートを新しくし、必要な改善の8割が済んだとしても、船体に穴が開いていたままだったら(改革に)成功したと宣言する人はいないでしょう」――。

TICAアジアも同じだと思います。

”船体に開いた穴”に目をつぶってはなりませんし、見て見ぬふりをしてもならないのです。

“船体に開いた穴”を塞ぐことこそが、真の改革であるのです。

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