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2014年11月15日 (土)

自覚のなさに呆れ果てるばかり(4)

「○○氏(不当にエントリーを拒否された出陳者)ならやめさせることは出来るはず」--。

不当な出陳拒否問題の解決を要請した出陳者に対し、アジアディレクターはアクトのブログを持ち出してきて、こんなことも書いてきたそうです。

私はこの発言に、アジアディレクターのある種の”行動原理”を垣間見たような気がしました。

この人はこうして人に圧力をかけることに何も思わず、そればかりか圧力をかけることで人を黙らせたり、何かをさせたりしてきたのだろうと…。

もちろん、会社や軍隊などの指揮命令系統であれば、「業務命令」や「上官命令」の形で部下に何かをさせたり、やめさせたりすることはできるでしょう。

しかし、そうでないなら無理やり人に何かを「させたり」、何かを「やめさせる」ことなど出来ないことは、まもとな社会人であれば分かるはずです。

そこに違法行為があれば話は別ですが、そうでないなら出来るはずがありません。

まして、「ブログ」で何をどう書くかは「言論の自由」で保証された権利であり、違法行為や明らかな道義的・倫理的問題がない限り、誰からも指図される筋合いのものではありません。

しかも、エントリーを拒否された出陳者は「言論」に携わる仕事に就いていますから、その本人に向かって「言論」を弾圧し、封殺しろと求めても、決して応じるはずがないことは誰の目にも明らかでしょう。

何も考えず、何の自覚もない発言を繰り返すところに、問題の根深さを見た気がします。

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