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2014年4月

2014年4月30日 (水)

どうして”警察沙汰”になるのか??

4月26のキャットショーで起きた”事件”について、ディレクターとセクレタリーの連名で、全クラブ代表者・ジャッジ宛に昨日、文書が送信されました。

もちろん、私は現場に居合わせず、この文書を書いた2人は現場に居たわけですから、常識的には2人の主張の方が正しいはずです。

にも拘わらず、私はそれを読んでいくつもの疑念や疑問が湧きました。どうしてなのでしょう?

第1に、その文書は当事者2人が書いたものであり、中立的な第3者が書いたものではない点です。

従って、書いてある事実が全て正しいかどうかは、もう一方の当事者である元サイト管理者の証言と読み比べなければ分かりません。

第2に、その文書には「ショー会場での警察官介入」と書いてありましたが、警察が勝手に介入してきたわけではありません。誰かが警察に通報し、介入させたわけです。

となると、その理由です。警察が「民事不介入」であることは一般常識ですから、警察に通報した人は今回の出来事を「刑事事件」と認識していたことが分かります。

しかし、この文書によると、「会場内で全く暴力沙汰にはなっていません」と書いてあり、「○○氏が会場から素直に退去しないため110番通報しました」と書いてあります。

暴力沙汰がなく、見学者のひとりが素直に帰らないだけで、警察にまで通報するとはどういうことなのでしょうか?

私には全く理解できません。みなさんはこの文書の説明に矛盾を感じず、何の疑問も浮かばないでしょうか?

ますます高まる「公然たる批判」の嵐

もし、「公然と批判する」ことを禁じようものなら、それこそ国民から袋叩きにあうのではないでしょうか…。お隣、韓国の話です。

旅客船沈没事故を巡って首相が辞意の意向を表明しましたが、メディアの政府批判は収まらず、むしろ強まっているようです。

首相に対しては「捜索活動が続けられている段階で辞意を表明しても責任を取ったとは言えない」と言った批判が出ているほか、政府に対しては「無能な政府」「まずは大統領が国民に謝罪すべきだ」などの批判が乱れ飛んでいます。

しかし、みなさんはこれらが政府に対する「ネガティブキャンペーン」として、弾圧されるべきものだとお考えになるでしょうか?

韓国の国民が、今の日本の趣味の世界で起きている「公然と批判する」ことを禁じる動きを知ったら、その異常さに驚くばかりか、怒りさえ買うではないでしょうか…。

韓国のメディアの報道を見るたびに、日本の一部の人々の常軌を逸した時代錯誤な言動に恐ろしさを感じずにはいられません。

2014年4月29日 (火)

どうしてショー会場で”暴力沙汰”が起きるのか?

先週末のキャットショーでまた”暴力事件”が起きたそうです。

私は現場に居合わせませんでしたが、いろいろなところから様々な情報が舞い込むとともに、問い合わせが相次いでいます。

実際にショー会場に居た方は事実を目撃されたのですから、何があったかはご存知かと思います。ショーに参加されなかった方々のために、邪推や臆測を排して最小限の事実だけをお伝えすれば以下のようになります。

①ショー会場内で出陳者を巻き込んだ揉み合い、または取っ組み合いがあった。

②警察官がショー会場に来て、当事者らが警察署に呼ばれて事情を聴取された。

不思議なのはこの”暴力事件”が起きたショーと言うのは、男性出陳者が女性を平手打ちにした”暴力事件”が起きた同じクラブの主催だったことです。

少なくともアクトでは、こんな”暴力事件”が起きたことはありませんし、私の知る限り、このクラブ以外でこんな”暴力事件”が起きたという話は聞いたことがありません。

私はこうした”暴力事件”がショー会場内で起きることは極めて異常であり、決して許されるものではなく、決して起きてはならないと思っています。

そのために、敢えてこうした事件をブログで取り上げ、再発防止に向けた対策をみなさんとともに考えたいと思ったのです。しかし、残念なことに警察官を呼ばなければならないほどの”暴力事件”が起きてしまいました。

今回の”暴力事件”をブログで取り上げることがそのクラブに対する”ネガティブキャンペーン”になるのでしょう か?

最終的に誰が悪いにせよ、ショー会場で”暴力事件”が起こり、警察官が呼ばれる事態になったのは厳然たる事実なのです。ショーコミッティーは少なくともその結果責任があるはずです。

再び、”暴力事件”を闇から闇へ葬り去り、何もなかったことにするのでしょうか? TICAを真に愛するなら、ショー会場内で起きた”暴力事件”の重大性に鑑み、まずはしっかりと真相を究明し、再発防止策をメンバー全員が我が身のこととして真剣に考えるべきではないかと思います。

2014年4月28日 (月)

近代的な経営を進めて”解任”?

和菓子「赤福」を製造販売する赤福(三重県伊勢市)で、近代的な経営転換を進めてきた3代目社長が代表権のない会長に退かされるという”クーデター”が起きたそうです。

「赤福」と言えば、2007年10月に消費期限の偽装が発覚。約3カ月の営業禁止処分を受けました。

3代目社長は2005年に父から社長を譲り受け、偽装問題が起きた後は法令順守を徹底するなど経営改革を進め、業績は回復傾向にあったといいます。

新たに社長に就いたのはこの3代目社長の母親…。

昔ながらの経営に固執する両親と、近代的な経営を目指した息子の間で対立が深まっていたようです。

法令順守を徹底し、経営改革を進め、業績を回復させたにも拘わらず、”解任”される不可思議??

変に歴史が長く、歴史にしがみつく人が「力」を持つと、こうしたことが起きるのかもしれません。

究極の”自己中心主義”?

もしかしたら私の”決め付け”かもしれませんが、「これこそ究極の”自己中心主義”ではないか…」と思わざるを得ませんでした。

先日のNHKの「クローズアップ現代」で放送した「”独立”する富裕層」の話です。

舞台は米国。高級住宅地に住む富裕層が”独立”して、新しい自治体「市」を作る動きが相次いでいるというのです。

彼らの主張はこうです。「高い税金を払わされているのに、多くが貧困層に使われ、私たちには恩恵がない」

これには驚きました。私は、税金が公共福祉に使われ、弱い立場の人や貧困層に使われるのは当然のことだと思っていたからです。

富裕層が”独立”して新しい「市」を作るとどうなるか。貧困層に使うお金が少なくなり、ますます取り残されて貧富の格差拡大につながってしまいます。

自分の利害関係を優先し、差別し、排他的行動に出る人はどこの世界、組織にもいるものですが、米国でのこの動きはまさに究極の”自己中”に思えてなりません

それとも私の考え方が旧いだけなのでしょうか…。

2014年4月27日 (日)

「大勝利」と言うのは本当なのか???

どちらが本当のこと言っているのか?? こういうことは往々にしてあります。

例えば、オバマ米大統領の来日に合わせた環太平洋経済連携協定(TPP)交渉における日米協議…。昨日の報道は大きく割れ、どれを信じていいのか分からない状態でした。

朝日新聞が「TPP妥結見通せず」と大筋合意に至らなかったと報じたほか、日経新聞も「進展も合意届かず」とする一方、読売新聞は「日米実質合意 TPP妥結へ期待」としました。

第二次世界大戦では日本軍が窮地に追い込まれているにも拘らず、大本営発表は「大勝利」とありもしない戦果を強調し、結局、国民は騙され続けました。

報道や発表を鵜呑みにしていては、無用の混乱に引きずり込まれ、傷つき、痛めつけられるのは数々の歴史が示す通りです。

何事も自分で確かめ、自分で善悪を判断する習慣を身につけなければ、人の言うことに振り回され、人間関係をズタズタに壊されるだけに終わってしまいます。
 

”苦悩”を抱えつつ、できるか否か?

映画「スパイダーマン」の最新作「アメイジング・スパイダーマン2」が日本で公開されました。

米コミックに登場してから50年の節目となる2012年に映画の新シリーズが始まったそうですから、長い人気を誇ると言っていいでしょう。

前作に続いて監督を務めたのはマーク・ウェブ氏。その彼がスパイダーマンの魅力についてこう語ったといいます。

「苦悩を抱えつつ、常に正しい行動をしようとするキャラクターにある」--。

苦悩を抱えていない人間などいません。その苦悩の中でも「常に正しい行動をしよう」と思えるかどうか…。そこが人を分ける大きな分岐点になるのではないでしょうか。

2014年4月26日 (土)

「勇気ある告発」のおかげ…

「本当に感無量…。こんな日を迎えられるとは思っていなかった」--。

海上自衛隊のいじめ自殺訴訟の控訴審で勝訴した遺族が記者会見で、こう喜びを語ったそうです。

護衛艦「たちかぜ」の乗組員だった一等海士(当時21歳)が自殺したのはいじめが原因だったと訴えて10年近く経つそうですが、控訴審でようやくいじめによる「自殺の予測可能性」が認定され、勝訴しました。賠償命令も440万円から7300万円と大幅に増えたといいます。

控訴審で勝訴に結び付いた大きなポイントは、いじめに関わる重要文書を海上自衛隊が隠蔽していたことが明るみに出たことでした。

しかも、その隠蔽文書の存在を明かしたのは3等海佐…。遺族は「勇気ある告発のおかげでいろんな事実が分かった」と感謝を述べたそうです。

真実を明らかにし、悪を裁くためにはこうした「勇気ある告発」が大切なことを改めて感じました。

2014年4月25日 (金)

独裁者に学ぶ「悪の出世学」

「手柄は自分のものにする」「ダメと思ったらすぐ逃げる」「人の嫉妬を利用する」--。

ある新刊の広告が目に飛び込んできました。ヒトラー」「スターリン」「毛沢東」がその典型例だそうで、「悪の出世学」なるこの本は 「”悪の哲学”を歴史上の3人の独裁者に学ぶ」という触れ込みです。

「こんなことも書かれています。「失敗したライバルをフォローして恩を売る」「言い逃れが可能な道を残しておく」…。

どの世界にもこんな人物はいるものです。趣味の世界でも、恩を売って恩を感じさせるメンバーを増やしたり、何をどう指摘しても言い逃れしたりする人が必ずいます。

しかし、それよりも真に必要なのは「どうすればこうした”悪の独裁者”に対抗できるのか?」という点ではないでしょうか。

どこかに「善の出世学」なんて本はありませんか?? 

身を挺して抗う姿勢こそ…

「いかなる一方的な行為にも反対する」--。

これは尖閣諸島を「力」で手に入れようとする中国の動きを牽制したオバマ米大統領の言葉です。

こうした「力」を背景にした言動は中国に限ったことではありません。ロシアのクリミア編入も同じと言えるでしょう。

どこの世界にも地位や立場を利用して横車を押したり、「力」を背景に横紙を破ったりする人物がいるものです。

しかし、それに甘んじたり、泣き寝入りしていては何も変わりませんし、「力」を背景にした横暴はますます酷くなることでしょう。

だからこそ、「いかなる一方的な行為にも反対する」と言って、誰かが身を挺して抗(あらが)わなければならないのです。

2014年4月24日 (木)

「ウソをついている!」の大合唱

「ウソをついている!」--。家族らが怒りの声をあげ、政府に対する批判と非難は高まるばかりといいます。

私はかねて、何かを公式に発表するに当たっては正確に知らせることの大切さを指摘してきましたが、韓国での旅客船沈没事故でも同じことが起きていました。

例えば、16日の事故発生直後の14時の発表では「368人が救助された」と公式発表しましたが、16時の発表では200人以上も少ない「164人」に訂正しました。

乗船人数も発表ごとに変わりました。当初、旅客船には乗務員30人を含む「477人」が乗船しているとされていましたが、その後、「462人」「459人」「476人」など様々に変わりました。

捜索の進捗情報も正確さを欠き、韓国政府は18日に「潜水士が船体内部に入った」と説明しましたが、実際は「船体入り口のドアを開けることに成功した」だけだったそうです。

それだけではありません。事故現場の救助体制の”嘘”も明るみに出ました。

当局の説明では「救助作業員は555人、ヘリ121機、船69隻を投入している」となっていましたが、家族が17日に現場海域を訪れると、救助作業員は200人以下、ヘリコプターは2機、軍艦と警備艇は各2隻、ボートは6隻しかなかったといいます。

家族らは多くの国民に向かって「みなさん、これが大韓民国の現実です」と訴えました。

誰かが声を上げ、指摘し、暴かなければ、悲惨な現実は決して正されはしないのです。

”私がルール”を許していいのか?

「○○さんがブリーディングした猫の出陳はお断りします」--。あるジャッジが裁判所において公式にこう発言しました。

TICAのルールにはどこにもそんなことを理由に出陳を拒否できるとは書いてありません。

にも拘わらず、このジャッジはこう言って、一般の人が所有する猫のエントリーをはっきりと拒絶したのです。

TICAのルールを無視し、あたかも”私がルール”と言わんばかりの発言…。果たしてこんなことが許されていいのでしょうか…。

これがTICAのルール順守を声高に叫んでいるトップの発言でもあるだけに、問題と責任の大きさは計り知れないと思っています。

何の罪もない、ただ猫を愛し、ショーに出してみたいと思う無垢な出陳者を排除することが正しいことなのかどうか…。そして見て見ぬふりをしていいのかどうか…。

これが本当にTICAを愛する人たちの言動であるのかどうか。みなさんにも真剣に考えて頂きたいと思います。

2014年4月23日 (水)

数々の「ルール無視」の果てに

物事には必ず原因があるものです。

韓国で起きた旅客船沈没を巡っては出航から事故発生までの間、守るべき数々のルールを無視していたことが分かってきました。

出航前の「点検報告書」が事実と異なるなど運行管理が杜撰(ずさん)だったほか、船長をはじめとする乗務員らは乗客への救助措置を取らずに真っ先に脱出するなど「危機対応マニュアルを完全に無視していました。

この船の運営会社は運航管理規定に基づき、定期的に消火訓練や人命救助などの海上安全訓練を実施しなければなりませんでしたが、ほとんどしていなかったそうです。

運営会社は昨年、広告費に2億3000万ウォン(約2300万円)、接待費に6060万ウォン(約600万円)を使いましたが、教育研修費はたったの54万ウォン(約5万円)だったということです。

こうした数々のルール無視の果てに、どんな大惨事が起きたのかは今さら書かなくてもお分かりの通りです。

力を背景に圧力をかける人々

ロシア軍がここのところ連日、爆撃機や偵察機などを日本周辺に飛行させていることをご存知でしょうか?

もちろん、こうした動きに対し、日本政府はロシア側に懸念を伝えていますが、ロシア国防省は「日本がロシアとの関係を見直せば、懸念は回避できる」と言っているそうです。

どういうことかと言うと、ウクライナ情勢を巡って「日本がロシアに科している制裁措置を見直せ」と暗に圧力をかけているのです。

ロシア国防省は21日にも声明を発表し、「飛行は国際法に則ったもので、誰にも脅威を与えていない」と正当性を主張したと伝えられています。

人間関係でもロシアのように力を背景に陰に陽に圧力をかける人物はいるものです。しかし、こうしたことに屈していては、世の中はいつまでたっても良くなりません。

2014年4月22日 (火)

裁判官に対する”挑戦状”??

「たった1匹の猫の出陳を拒否したことを真剣に取り上げる裁判所なんてどこもないと思います」--。ある日本のジャッジがTICAのボードに対して、こんなことを文書で伝えました。

みなさんはどう思われるでしょうか?

「それはそうね」と思いますか? それとも「裁判官に挑戦状を突き付けるようなものではないだろうか?」と思いますか? いずれにしても大切なのはこれを読んだ裁判官がどう思うかという点ではないでしょうか…。

この発言に対する私の意見はこうです。

第1に、これが猫を愛するTICAのジャッジとして適切で相応しい発言とは思えません。

第2に、裁判所は猫の出陳を拒否したとかしないとか、それ自体を取り上げることはないと思いますし、それが1匹だとか2匹だとか数の多少で決めるわけでもないと思います。

そこに不正があったかなかったか、差別があったかなかったか、不公正があったかなかったか、そして訴える側の主張に正当な根拠があり、訴えが正しいか否かで、取り上げるかどうかを決めるのだと思っています。

「公の場で批判する」ことの健全性

「機能不全に陥っている」「三流に堕ちた」「恥の日にすべきだ」--。

21日の韓国の朝刊各紙は、旅客船沈没を巡り一斉に政府批判の社説や記事を相次いで掲載したそうです。

こうした批判を受け、パク・クネ大統領は「政府に対する不信は大きく、『責任を果たせていない』と非難を受けるなら、公務員は責務を果たしているとは言えず、存在理由がない」と言い切り、事故責任の追及と原因究明の徹底などを指示したといいます。

しかし、これは「公の場で批判する」ことが許された国の出来事…。

公の場で批判する」ことが許されない国や組織では、責任追及も原因究明もされず、差別や不正、不公正は暴かれずに闇から闇へ葬り去られてしまうのでしょう。

2014年4月21日 (月)

侮辱に過敏な”いじめっ子”

自分は人のことを平気で誹謗中傷し侮辱するのに、自分が人からちょっとでも何か指摘されると過敏かつ過剰に反応して騒ぎ立てる--。

こうした人物に限って、人をいじめるのが好きというのですから困ってしまいます。

米国ではこんな発言がありました。4月8日、ヒラリー・クリントン氏はある会合でロシアのプーチン大統領について触れ、「彼のことは良く知っています。侮辱に過敏ないじめっ子ね」と言って非難したそうです。

侮辱に過敏な”いじめっ子”は言ってることとやってることが違うのも特徴のようです。

ウクライナではロシアが武力を背景に南部のクリミアを編入したのに続き、東部の都市でも親ロシア派の武装勢力が庁舎などを相次ぎ占拠しましたが、プーチン大統領は「秩序をもたらすのは武力ではなく、対話だ」と嘯(うそぶ)いていると伝えられています。

言葉に偽りがないのなら、言葉通りにルールを守り、不公正を正してほしい…。そう思うのは私だけでしょうか。

モラルの低さが根底にあり!

「モラルの低さが根底にあり、顕在化している問題は氷山の一角にすぎない」--。

製薬会社の薬の臨床研究を巡る相次ぐ不正について、NPO法人「臨床研究適正評価教育機構」の理事長はこう指摘しました。

ある製薬会社の不正疑惑では、社外調査委員会が報告書の中で「(研究は)利害関係者から独立した中立的立場で行われることが当然の前提」と書き、委員長も「製薬会社丸抱えの研究であり、医師の側もそれなりの見返りを期待していた」と厳しく批判したそうです。

「どこの世界も同じ…」とあきらめていいのでしょうか?

薬の大学における臨床研究を巡る不正は、ある面で「正しいルールがなかったから起きた」ということらしく、規制強化に向けた動きが出ています。

しかし、正しいルールがあっても起きることはみなさんも良くご存じでしょう。

冒頭の理事長はこうも訴えたといいます。「早期に問題の芽を摘む必要がある」--。まさにそうしていくことが解決のひとつの道ではないでしょうか。

2014年4月20日 (日)

「ゼロ」運動に取り組める日は来るか?

「記録の残る2002年度以降で初めて『ゼロ』になった」--。

これは網走保健所(管轄は網走市と大空、小清水、清里、斜里の4町)が2013年度に殺処分した猫の数です。この保健所では2012年度に犬の殺処分「ゼロ」も達成しているそうです。

2011年度以降、殺処分を少しでも減らそうと、保護した犬猫の写真を掲載するホームページを開設したり、スーパーや動物病院にポスターを掲示したりして情報発信を強化したことが奏功したようです。

従来は保護4日目以降、飼い主が見つからなければ殺処分の対象となっていたそうですが、引き取り数の減少により、譲渡先が見つからない猫を長期間、保護できるようになったといいます。

現在、この保健所に収容している捨て猫1匹も、片目が不自由でもらい手がなかなか見つからず、80日間以上保護していたそうですが、ようやく新たな飼い主が決まったとのことです。

私も迷い猫のレスキューや地域猫活動に携わっており、殺処分「ゼロ」を心から願うひとりです。

TICAアジアリジョンがサイトを通じてこうした活動の支援に取り組める日は果たしていつ来るのでしょうか…。

2014年4月19日 (土)

涙ながらの懇願も突っぱねる

「○○先生ひとりが頼みの綱です。ベストを貰えれば、私は人の情に涙を流すことでしょう。どんな苦しみとも戦って生きていけます。お笑いにならずに、私を助けて下さい」--。

もし、審査前にこんな手紙が舞い込んだら、果たしてどうするでしょうか…。

実は昭和11年、太宰治が芥川賞選考員の佐藤春夫に、こんな感じの「芥川賞をもらえれば…」と書き記した手紙を送っていたそうです。

結果は落選…。太宰は賞金500円を手にすることはすることはできませんでした。

すると太宰は次に川端康成にも訴えたとのことです。しかし、結局、この時も選に漏れたそうです。

業界によっては、選考委員の方から「私の言うことを聞けば賞をあげますよ…」と囁きかけるところもあるなかで、文学界はなかなか立派に思えます。

もし、文学界が選考委員の方から「賞をあげますよ…」なんていう世界だったら、恐らく優れた文学者など出てこなかったことでしょう。

猫界にありがちな「決め付け」の根本原因(6)

「あなたのお父さんはさっき将棋をしてましたね。勝ちましたか?」「いや、勝てませんでした…」「そうですか。負けてしまったんですか。ずいぶん弱いんですね」

ごく普通のどこにでもありそうな会話…。おそらくみなさんもこの会話に何の違和感も覚えないことでしょう。

しかし、こうした会話の中に間違いがあることに気付かないからこそ、後になって様々な問題が出てくるのです。

「あなたのお父さんは将棋で負けた」「ずいぶん弱い」--。こんな話が大手を振ってひとり歩きするのです。

将棋や囲碁をちょっと知っていればわかる話…。そのちょっとした「知識」が欠けているために「決め付け」てしまう恐ろしさ…。

将棋には「千日手」、囲碁には「持碁」というという「引き分け」がありますが、それを知らないと、「勝てなかった」=「負けた」と勝手に思い込み、決め付けてしまうというわけです。

私がこのブログを通じて様々な視点や見方、考え方をお伝えしている理由もそこにあるのです。

2014年4月18日 (金)

声を上げられないメンバーのために

「和解拒否が1カ月で6件、提訴は2件」--。

これは福島第1原発事故の賠償を巡り、原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)に持ち込まれた東京電力を舞台にした「社員VS」の最近1カ月間の紛争状況です。

3月4日には45歳の男性社員が福島地裁に、10日には23歳の男性社員が東京地裁に、それぞれ訴訟を起こしたそうで、対立が泥沼化し、深刻化している実態が見て取れます。

23歳の男性社員は「会社を訴えてまで賠償を求めるべきか悩んだ」そうですが、「声を上げられない他の東電社員のためにも責任を認めさせたい」として提訴を決意したといいます。

私が起こした訴えも、きっかけは私自身のことですが、決してそれだけにとどまるものではありません。

長い時間をかけて蔓延(はびこ)った巨悪を倒す戦いに私が立ち上がったのは、声を上げられないメンバーのためでもあるのです。

猫界にありがちな「決め付け」の根本原因(5)

「『仏滅』の日に結婚したカップルより、『大安』に結婚したカップルの方が離婚件数が多いって知ってた? あなたも『大安』に結婚するのはやめた方がいいわよ」

こうアドバイスする人がいたら、みなさんはどう考えるでしょうか?

「それが事実ならやめておくわ」と思いますか? それともこの発言の間違いにピン!ときて、「それは嘘!」と見抜けましたか?

「大安」の日と「仏滅」の日に結婚したカップルを追跡調査して、離婚件数を比べたら、恐らく「大安」の日の方が圧倒的に離婚件数は多いでしょう。ですからデータ自体に問題はありません。

では何が問題なのか…。それは、そもそも「仏滅」に結婚するカップルなんてかなり少ないですから、離婚するカップルの数だって少なくて当たり前なのです。

つまり、このデータが正しいとしても、このデータから「大安の日に結婚するのはやめた方がいい」という結論は導き出せないのです。

的外れなデータを基に、さもありがちな主張をする人に騙されてしまう限り、真実は見えてきません。自分で考える習慣を身に付けない限り、健全な組織にはならないのです。

2014年4月17日 (木)

納得させられなかった”責任”と”代償”

「肝心の小保方氏を納得させられなかった理化学研究所の最終報告なんて、誰が見ても欠陥報告書であり、こんな物をつくった理研側の責任は重い」ーー。ある評論家がこんなコメントをしていました。

難しい科学の知識はなくても、多くの方が「確かにそれはそうね」と思われるのではないでしょうか?

人を裁き、何らかの処罰を下し、それを公表するわけですから、裁かれ処分される側が納得していることが最低条件ではないでしょうか。

本人が納得しておらず、ましてや具体的な理由も根拠も明らかにしないまま、勝手に裁き処罰し公表するなら、人権侵害と名誉毀損以外の何ものでもありません。

冒頭の評論家は小保方氏と理研についてこうも指摘しました。

「”ドロ仕合”となった責任の多くは理研側にある。理研は責任を彼女一人になすりつけようとして、逆に捨て身の大変なしっぺ返しをくらったのではないか…」

本人の納得を得ずに、裁き処罰し公表するからには、当然、それなりの”代償”を払わなければならないことを覚悟の上でしているはずでしょう。

猫界にありがちな”決め付け”の根本原因(4)

Aさんが「BさんとCさんは嘘しかつかないのよ」と言えば、Bさんも「本当よね~。Cさんは嘘しかつかないわ」と言う。

AさんとBさんの2人が口を揃えてCさんを「嘘つき」呼ばわりしているわけですから、Cさんは嘘つきと”決め付け”られてしまうことは間違いありません。

でも、こんな短い2人の会話の中にさえ、実は根本的な「間違い」が潜んでいることに何人の方が気付かれたでしょうか?

AさんとBさんの言っていることをもう一度よく確かめてみて下さい。

Aさんの言っていることが正しければ、Bさんは嘘をついていることになり、Bさんが言った「Cさんは嘘つき」発言は嘘ということになります。つまりCさんは嘘つきではないことです。

でも、ちょっと待って下さい。だってAさんは「Cさんは嘘つき」と言っているわけですから、Cさんが嘘つきでないとしたら、逆にAさんが嘘をついていることになってしまい、「Aさんの言っていることが正しければ…」という最初の前提と矛盾します。

つまり、Aさん、Bさんのどちらかが嘘をついているのです。ちょっと考えれば2人の発言に矛盾があると分かるにもかかわらず、「Cさんは嘘つき」発言だけがひとり歩きしてしまう…。

噂を真に受けて自分で考えようとしなかったり、誰かの言いなりになっている人がいる限り、勝手な”決め付け”がはびこり、健全な組織にならないのです。

2014年4月16日 (水)

猫界にありがちな「決め付け」の根本原因(3)

A:「新しいケージを買おうと思っています」
B:「そうなんですか…。でも私たちはその新しいケージを買うことには反対です」

2カ月後…。

A:「新しいケージを買いましたよ。当初、予定していたのとはちょっと違いますが…」
B:「それはいいですね。私たちにも新しいケージを使わせて下さい」
A:「ダメです。あなたたちは反対していたのだから、新しいケージを使わせません」

猫界にあってはありそうな会話です。

おそらく、どこかのクラブオーナーが言い出せば、クラブ員は何も考えずに「右へ倣え」となって”反対”していたクラブを締め出すことでしょう。

Bさんたちが反対していたのは「そのケージ」を買うことであって、新しいケージを買うこと自体ではなかったのに、「そのケージ」と言ったことなどは忘れ去られ、「あなた方は新しいケージを買うことに反対した」の大合唱になるのがオチです。

日本語を正しく使い、正しく理解し、正しく解釈する基本が身に付いていないと、勝手に決め付ける風潮が横行し、トラブルが後を絶たないようになるのです。

傍観しているだけはもうダメだ!

単なる化粧品通販会社と思っていましたが、どうやら違ってました。創業者で会長の吉田氏が、みんなの党の渡辺前代表に8億円を貸したことで、話題に上ったDHCのことです。

DHCホームページの「会長メッセージ」に書かれていることは、化粧品通販会社の会長とは思えないことばかり…。まるで政治家のようです。

最初の段落から次のような言葉が並びます。

「日本経済は困窮を極めています。これは一体誰のせいでしょうか」「政府は霞ヶ関の官僚に今や完全にコントロールされています」「ほとんどの官僚は自分のことしか考えていません。国民がどうなろうと企業がどうなろうと彼らには一切関係のないことです。今の官僚を解体し再構築しない限り日本の明日はありません」

さらに「国のやることは、ここ十数年、頓珍漢なことばかりです。何をどうやったら国を豊かにできるのか、何をやったら財政の健全化を図れるのか、まったく分かっていません」と痛烈な政府批判も飛び出します。

吉田会長は最後にこんな思いを吐露します。

「私たち企業人はもう傍観しているだけではだめだと思います。ひじょうに数は少ないけれども、政治家の中にも、若手の官僚の中にもこの国を真剣に憂慮している人たちはいます。こういう人たちを私たちは支援していきましょう。平成の坂本竜馬が誕生する手助けをしましょう。竜馬も薩摩藩の財政的支援がなかったら明治維新の礎は築けなかったことでしょう」

猫界も同じではないでしょうか。傍観しているだけではダメ。非常に数は少なくても現状を真剣に憂慮している人がいるなら、積極的に支援し、猫界にも”平成の坂本竜馬”を誕生させなくてはならないのではないでしょうか。

2014年4月15日 (火)

猫界にありがちな「決め付け」の根本原因(2)

どうして猫界はこうも問題が多いのか? 「嘘を付く」「悪い噂を流す」など悪意ある言動は別にして、私はそれとは別の根本原因があるからだと思っています。

例えば、みなさんは次のチャイルドシートに関する話
を読んでどう思われるでしょうか?

「1993~97年に6歳未満の幼児が乗車中に死亡した事故はチャイルドシート着用時が1人だけだったのに対し、着用してなかった場合は72人に上るというデータがあります。このデータからもチャイルドシートの安全性は明らかでしょう」

一見、チャイルドシートの安全性の理由と根拠をデータを基にしっかり示しているように見えます。ですから、多くのみなさんは「どこがおかしいの?」と思われることでしょう。

しかし、大きな間違いがあります。と言うのも1993~97年にはチャイルドシートは普及しておらず、着用している幼児はほとんどいませんでした。ですから死亡事故も少ないのです。

こうした場合、実際の件数で比べるのではなく、事故率で比べなければ本当の事は分からないのです。

誰かが示した主張や理屈、アンケート結果を鵜呑みにし、自分で考えられる人がいなくてはまともな議論も出来なければ、健全な組織にもなりません。

アンジェイ・ワイダ監督「最新作」!

「灰とダイヤモンド」「地下水道」で有名なアンジェイ・ワイダ監督の最新作が今月上旬から日本で公開されました。

タイトルは「ワレサ 連帯の男」。主人公はタイトル通り、ポーランドの民主化と自由を実現した独立系自主管理労組「連帯」のワレサ議長です。

造船所の電気工だったワレサ氏が「連帯」の議長からポーランドの大統領になり、米国議会に招待されて演説するまでを描いた物語です。

ワレサ氏はポーランド政府の戒厳令により身柄を拘束され、軟禁状態におかれましたが、屈することなく活動を続け、1983年にはノーベル平和賞を受賞しました。

「不正」や「弾圧」、「無法」を無視できない--。ワレサ氏の熱い思いは今の私の心の中の叫びとそっくり重なります。

この映画を是非、ご覧になって「指導者」や「組織のリーダー」ががどうあるべきかを一緒に考えていければと思っています。

2014年4月14日 (月)

猫界にありがちな「決め付け」の根本原因(1)

「今まで飼ったどの猫も『お手』を覚えなかったわ。だからたぶん、どの猫も『お手』は覚えないのね」

何気ない会話のひとつ。おそらく「そうよね~」で済んでしまう話かもしれません。

では、次の話はどうでしょう。
「哲学の教授って変わってるわよね。だって私が大学で教わった哲学の教授はとても変わり者で有名だったもの…」

これもおそらく「そうそう」とか、「そうなんだ~」とか、いずれにしても何の疑問も持たれずに終わってしまうありふれた会話かもしれません。

しかし、2つの会話とも極めて危ない”思い込み”と”決め付け”の上に独善的な主張を導き出しています。

それは「結論を導き出すためのサンプル数が余りに少なく恣意的だ」ということです。

自分の経験上だけのことなのに、あたかも多くの人が経験したかのように話したり、結論を導き出したりする人が、どんな組織にも1人や2人はいるものです。

聞く人は常に、「前提となる話のサンプルは適切か」「的外れなデータではないのか」を自分でチェックできなければ、知らず知らずのうちに誤った方向に導かれてしまうのです。

それでもなお”歩もう”とする姿勢

「足掻(あが)いても何も変えられないなら、最初から諦めた方が賢明ですね」--。猫界の状況についてこう考える人がいることは承知しています。

こうした人たちを「ネガティブ」か「ポジティブ」かで分類するなら、私にとっては明らかに「ネガティブ」な人たちです。

なぜなら私は、それでもなお”歩もう”とする強い意志こそ大切だと思っているからです。

現状に甘んじ、長い物に巻かれ、逃げることしか頭にない人こそ、私から見ればネガティブな人たちであり、私の主張を「ネガティブキャンペーン」ということこそ、まさに「ネガティブキャンペーン」にほかなりません。

私は、「足掻いても何も変えられない」「最初から諦めた方が賢明」という中にあってこそ、なお、”歩もう”とする強い意志を持つその1点において、自分を「ポジティブ」だと思っています。

そしてその意味において私の主張は「ポジティブ」だと考えています。

2014年4月13日 (日)

世の中にいる2種類の”悪人”

「悪意があったかなかったか」--。STAP論文の不正を巡り、こんな議論が急に注目を集めるようになりました。

世の中に”悪人”は2種類いると言われます。それは「悪いと分かっていてする人」と、「悪いと思わずにする人」です。

では、みなさんはどちらがより悪い人だと思われるでしょうか。

恐らく、多くのメンバーは「悪いと分かっていてする人」と答えるかもしれませんが、本当にそうでしょうか。

次のように考えてみると、この問題の本質がよく見えます。

「悪いと分かっていてする人」は何が悪いかを知っています。確信犯であるかもしれませんが、悪いと分かっているので注意すればやめる可能性があります。

しかし、「悪いと思わずに悪いことをする人」の場合はどうでしょう。何が悪いかを分かっていませんから、いくら注意しても聞く耳を持たず、悪事を重ね続けるのです。

そうした人に限って「悪意はない」と言い訳し、ほとぼりが冷めると同じ事を繰り返すのです。

60歳、70歳にもなって、何が悪いかも分からず「悪いと思わずにする人」がいるというのも異常と言うほかありませんが、悪いと思っていないのですから、「あなたは悪いことをしています」と理解させるのは容易ではありません。

一般の社会人は自分のやってきたことは本当によかったのかを反省し、たとえ悪気がなかったとしても悪いことをしたことに気付き、悪いことをしないように気を付けるものですが、「悪いと思わずにする人」はそういうこともありません。
 
猫界の抱える問題の本質がご理解頂けると思います。

「正義を取り戻す」という強い決意

「正義を取り戻すという強い決意が感じられた」--。

袴田事件の弁護団長が先週、記者会見し、静岡地裁の決定についてこう話しました。

静岡地検が即時抗告したため、すんなり再審開始とはいきませんでしたが、再審が始まることを心より願いたいと思います。

それに比べて猫界はどうでしょう? 「正義を取り戻す」という強い決意で臨んでいるメンバーがどれだけいるでしょうか?

私はまず「正義」を取り戻し、そのうえで「楽しさ」を追求したいと思っています。正義なき「力」は”圧政”に過ぎず、正義なき「楽しさ」は”自己満足の悦楽”に過ぎません。

確かに、袴田事件では「正義を取り戻すという強い決意」を示す裁判長が現れるまで、逮捕から48年、死刑確定から33年を要しました。

猫界でもこうしたリーダーが現れるまで30年、40年の歳月を必要としなければならないのでしょうか…。

2014年4月12日 (土)

「再審議請求」できるだけまし

ライセンスの「剥奪」か「失効」か「更新認めずか」--。ボクシング界でも問題が起きています。亀田ジムです。

話は昨年12月に遡(さかのぼ)ります。亀田3兄弟の次男、亀田大毅選手が王座統一戦に敗れたにもかかわらず王座にとどまることになった問題を巡り、大混乱が巻き起こりました。

試合の立会人が、試合前には「負けたら王座は空位」と公表していたのに、試合後は「負けても防衛で王座にとどまる」と発言を一転させたことも混乱に拍車をかけました。

この件で、日本ボクシングコミッション(JBC)は亀田ジムの会長とマネジャーのライセンス更新を認めない処分を下し、これにより3兄弟とも国内のボクサーライセンスが自動的に失効となり、国内でのボクシング活動が一切できなくなったのです。

今回の処分は“ライセンスの剥奪”ではなく、“更新を認めない”ということのため、次は2015年1月1日の再更新のタイミングまで待たねばならないということです。

これに対して、亀田ジム側はJBCに「再審議請求」をしました。JBCは再審議するかしないかの結論を近く出す見通しですが、私にしてみれば「再審議」の請求ができるだけ、亀田ジムは恵まれていると感じます。

袴田事件は「再審開始」が認められ(検察は即時抗告)、小保方氏は「不服申立書」が受理されました。

こうした世間の動きを見るにつれ、それでも猫界の仕組みは世間の常識に沿っているのかと疑問に感じるのは私だけでしょうか?

熱を測るから「風邪」だとわかる

ある会社の新入社員研修で上司がこんなことを言ったそうです。

「熱を測るから風邪だとわかる。熱を測らなければ風邪だとわからないので出社できる。家にある体温計は捨てなさい」--。

”ブラック企業”でありそうな話ですが、私がこれを聞いて思ったのは「理由や根拠を放棄すること」の恐ろしさです。

「体温計」=「ルール」と考えてみましょう。

ルールにあてはめて、どの言動がどのルールのどの項目に違反しているかを吟味して初めて、何らかの判断が下され、結論(「風邪」であるかないか)が導き出されるのではないでしょうか。

ルールがあるにもかかわらず、理由も根拠も示さずに人を罰するのであれば、それは「ルールを捨てなさい」と言っているに等しく、「体温計を捨てなさい」と言う企業と同じではないです。

正しい事が正しい手続きで行われる組織にするために、問題点を指摘し、正論を主張することが、どうして非難されるのか私には理解できません。

2014年4月11日 (金)

書かれてなくても「すべき事」

「社内規則に『出社時、退社時に挨拶をしなければならない』と書いていないにもかかわらず、挨拶することを強要された」--。

ある会社の「パワハラ相談室」に新入社員からこんな相談が寄せられたそうです。

この新入社員はもともと大人しく寡黙だったようで、静かに出社しては定時になると黙って帰っていたとのこと。

そこで上司が「ここは会社で君一人だけでやってるんじゃないんだから、出退勤の挨拶くらいしたらどうだね」と注意したのでした。

猫界では不当に出陳拒否をしておいて、理由を尋ねると「具体的な理由を言わなければならないとはルールに書いていません」と答えるクラブがあります。

しかも、こうした発言は「ルール違反でなければ何をやってもいいのか!」と言って、アクトを非難し続けてきた人たちから出ているのです。

そう言うのなら、ルールに書いてなくても、すべき事ぐらい分かるのではないでしょうか?

私は、「規則やルールに書いてなければ何もしない」という態度がまともだとは思いませんし、ルールに書いてなくても常識としてすべき事があると思っています。

「挨拶」も然り、エントリーを拒否するからには「具体的な拒否理由」も然りです。

みなさんはどうお考えになるでしょうか?

それでも悪いのは「新入社員」??

ある上司が新入社員を訴えたそうです。

「新入社員と一緒に営業に出て横断歩道を渡っていたら、新入社員にいきなり『バカ!』と怒鳴られ、背後から体当たりされたため、転倒して怪我をした」…。

これを聞けば、みなさんは必ずや「とんでもない新入社員がいたものだ」と考え、「こんな新入社員はさっさと懲戒解雇にして辞めさせるべきだ」と思うことでしょう。

おそらくこう考えるのが一般的かもしれませんが、健全な組織にあっては必ず誰かが「新入社員の言い分も聞くべきだ」と主張するはずです。

新入社員の言い分はこうでした。

「一緒に営業に回っていた上司が資料を見ながら横断歩道を歩いていた。気付くと車がこちら目がけてやってくる。私は思わず『バカ!危ない!』と叫んでしまって、上司の背後から体当たりして突き飛ばしてしまいました」

確かに上司は”嘘”を言っているわけではありません。しかしだからと言って、両者の言い分を聞いて真相を突き止めようとせず、「悪いのは新入社員」と決め付けていいのでしょうか?

2014年4月10日 (木)

小さな「約束」すら守れない②

「あらためてお話させていただきます」とのメールを3日に頂いてから1週間。未だにアジアディレクターからは私のジャッジ資格に関する詳細な説明について、何のご連絡も頂けていません。

そもそも1月24~26日のボードで決まった決議について、3カ月近く経っても具体的な理由も根拠も示されないというのはどういうことなのでしょう…。

実は具体的な理由も根拠もなかったということなのでしょうか? 今になって必死に考えているということなのでしょうか?

いずれにしても「あらためてお話します」と言った小さな「約束」ひとつ守れないとはどういうことなのでしょうか?

改めて強調したいと思います。メンバーの間の信頼の絆をひとつひとつ断ち切っているのは誰なのか…。みなさんにも考えて頂きたいと思います。

「悪意」の有無は問題ではない!

理化学研究所VS小保方氏--。「不正」の認定を巡っては「悪意」があったかなかったかがひとつの焦点になっていますが、私は異論があります。

確かにいち面において「悪意」があるから「不正」で、「悪意」がなければ「単純なミス」といえるかもしれませんが、先端分野の研究論文において、そうした点が争点になることに疑問を感じるのです。

何よりも「正確さ」や「客観性」が要求される研究論文です。私は「悪意」があるかないかより、もっと以前の研究者としての基本姿勢が厳しく問われるべきだと思っています。

昨日の会見を受けてある大学教授は「研究不正に悪意の有無は関係ない。結果が変わらないからと言って後から実験データに手を加えていいわけではない」と指摘。若手研究者からも「仮に単純なミスだったとしても研究者としてあり得ないレベル」との声が上がりました。

やはり今回の場合は一般的な「社会的不正」と「研究不正」を区別して議論すべきなのではないでしょうか。

ですから、仮に理研による処分が下される場合には、「悪意」や「不正」の有無ではなく、研究者としての基本姿勢に照らし合わせてどこに問題があったかを明らかにし、それに則した処分をすべきだと思うのです。

もとより、その人間の「意図」を立証することなど極めて困難ですし、立証の難しい「意図」を第3者が勝手に決め付け、それを根拠として処罰しようとするから、問題が大きくなり複雑になるのです。

猫界はどうでしょうか? 私は「他山の石」とすべき多くの教訓があると思っています。

2014年4月 9日 (水)

不意打ち的に”不利益”を受ける恐ろしさ

「事実関係を良く理解して頂けないまま、”不正”と判定されてしまいました。弁明と説明の機会を十分に与えて下さったならば、必ず経緯を理解して頂けると思います」

小保方氏は9日の会見の中でこう話しました。

彼女は昨日、理化学研究所に対し「不服申立書」を提出し、代理人弁護士はその中でこうも指摘していました。

「不利益を受ける者に対しては、弁解と防御の機会が十分に与えられなければならない」

そしてこう続けました。

「どのような点が問題視されており、どのような不利益判断がなされるかについて告知され、それに対して防御の機会が与えられないと、不意打ち的に不利益を受けるおそれがある」

小保方氏の代理人弁護士は「聴取が不十分だったことは明らか」であり、「反論の機会を十分に与えることなくなされたもの」と指摘。調査委員会に対して「自らを盲信して判断を誤ったものと考えられる」と断じました。

私のジャッジ資格を巡るTICAのボード決議はどうだったでしょうか。私への聴取は一切なく、反論の機会は全く与えられませんでした。

小保方氏の論文はSTAP細胞という科学の最先端分野の話であり、そのものについてはよく分かりませんが、一方で、私でも「手続き」が正当に行われているか否かの議論については分かります。

みなさんにも適正な手続きが行われているかという視点で、TICAのボード決議に関心を持って頂きたいと思っています。

「証拠に基づいた判断」が大前提!

「安易に『したはずだ』と決め付けたことは、調査が不十分であるとともに手続きの観点からも問題があると言わざるをない」

小保方氏の代理人弁護士は理化学研究所に対する「不服申立書」でこう指摘しました。

そしてこうも言っています。

「調査委員会が判断を下すにあたっては、合理的理由に基づいて判断されなければならず、恣意的判断は許されない」

「合理的理由に基づいた判断がなされるためには、その前提となる事実について証拠に基づいた認定が必要である」

翻(ひるがえ)ってTICAのボード決議はどうでしょう。

「決め付け」はなかったでしようか? 手続きの観点から問題はなかったでしょうか?

事実について証拠に基づいた認定がされていたでしょうか? 合理的理由に基づいて判断されたでしょうか? 恣意的判断はなかったでしょうか?

私のジャッジ資格の処分を巡り、TICA本部に「いかなる証拠に基づいて、どのルールを適用して判断が下されたのか?」を問い合わせていますが、今なお、回答は届いていません。

これでは「合理的な判断であったのか?」「恣意的判断であったのか?」を検証することすら出来ません。

小保方氏の「不服申立書」からは、調査委員会の最終報告書が「不正」ありきの前提で書かれたことが読み取れ、その主張にも頷ける部分があります。

私の場合も「処罰」ありきのボード決議となっており、私としても到底、承服できるものではありません。

2014年4月 8日 (火)

「楽しい」だけが基準ではない!

「楽しいショーのために…」というフレーズがまるで”金科玉条”のように使われていますが、みなさんは無条件に賛成されるでしょうか?

楽しければ、不正があっても構わないのですか?

楽しければ、不公平があっても構わないのですか?

楽しければ、差別される人がいても構わないのですか?

私も「楽しいショーのために…」にという考えには大賛成ですし、無条件に否定するものではありません。

しかし、私が疑問なのはそれが「みんなが楽しければ…」を前提としたものではなく、「自分たちが楽しければ…」という気持ちが巧みに隠されていることです。

そしてそこには最低限の条件あるいは前提が抜け落ちています。

不正や不公正があってはならない。ルール違反を見過ごしてはならない。見て見ぬふりをしてはならない。差別があってはならない。

余りに当たり前と言えば当たり前のこと…。その当たり前の「前提」に目をつぶり、見て見ぬふりをしているメンバーがいるからこそ、私は敢えて指摘し続けているのです。

これは決して”ネガティブ”ではありません。TICAアジアを正しい道に導くための極めて”ポジティブ”な言動だと思っています。

加害者が悠々と暮らす社会

題名に「アクト」と付いているから取り上げるわけではありません。

12日に公開されるドキュメンタリー映画「アクト・オブ・キリング」はぜひ観たいと思っている映画のひとつです。

描いたのは1960年代にインドネシアで起きた大虐殺のその後…。当時、同国では軍事クーデター未遂の後、「共産党関係者」とみなされた人々が100万人規模で虐殺されました。

この映画がカメラを向けたのは虐殺を実行した加害者。彼らは地元の暴力団や民兵で、今も”国民的英雄”として悠々と暮らしているそうです。

得意げに殺害の様子をカメラの前で再現して見せる加害者の姿を通して、監督は人としてのモラルを問いたかったようです。

冤罪や魔女裁判、大虐殺は、理由と根拠も示されず、真相も明らかにされないまま、「そうみなされた人々」「そう決め付けられた人々」が”抹殺”されることを意味します。
私には、こうした出来事が大手を振るような社会や組織がまともとは思えないのです。

2014年4月 7日 (月)

「不服」も申し立てられない組織

STAP論文の不正問題が混迷の度合いを深めています。

理化学研究所は1日の会見で、論文に捏造や改竄などの不正があったと認定し、小保方ユニットリーダーの責任を厳しく指摘しましたが、小保方氏は納得せず、8日に理化学研究所に「不服」を
申し立て、9日には会見を開くそうです。

小保方氏の代理人弁護士によると、「(理研が定めた)不正の要件に該当せず、捏造の認定について手続きが十分でない」と主張するとのことです。

私からしてみれば、理研はある意味でまともな組織です。「不服申し立て」の制度がしっかりあるからです。

私の場合は「ヒアリング」こそありましたが、その後は反論も釈明の機会も与えられず、具体的な証拠も示されず、理由も根拠も明らかにされないまま、裁かれ続けています。

理研の場合、調査委員会とは別に、「懲罰委員会」を設置して具体的な処分を決めることになっており、制度的にはしっかりした手続きの仕組みが整っています。

どの言動がどのルールのどの項目に該当し、どのような手続きによって”処分”が決められたのか全く分からないというのは、とても恐ろしいことです。

STAP論文を巡る疑惑とその行方が、現代の”魔女裁判”になるのか、民主的で合理的な手続きによって正当に裁かれるのか--。私はこの点に強い関心を寄せています。

シニアになるほど責任は大きい

「シニアの研究者になればなるほど起こした問題に対する責任は大きい」--。理化学研究所の野依理事長はこう指摘しました。

STAP論文の不正を巡る会見で、発生・再生科学総合研究センター副センター長の責任を問う質問が出た時のコメントです。

普通の常識から考えればそうだと思いますが、組織によってはシニアになればなるほど、ベテランになればなるほど、不正やルール違反が大目に見られ、責任も問われなくなるというのですから困ったものです。

いかにすれば、世間の常識と同じ組織にできるのか…。どうすればトップの「自己保身」や「責任転嫁」を防げるのか…。

「無為」「無策」「無責任」の”3無主義”からいかに組織を救い出し、野依理事長の言葉通りの組織に戻すかをみなさんに考えて頂くのが、このブログの使命であると思っています。

2014年4月 6日 (日)

腐った池に新しい水を注いでも

「不正や不公正と無縁の善良な出陳者にまで迷惑がかかっている」…。ショー会場でこのような意見を頂くことがあります。

確かに仰りたいことは十分に理解していますし、私も好き好んで猫界の恥を晒しているわけではありません。

みなさんに思い出して頂きたい出来事があります。全日本柔道連盟(全柔連)の数々の不祥事についてです。

「助成金の不正受給問題」や「理事が女子選手に抱きつきキスをした事件」などを巡っては全柔連の中から「身内の恥を晒すな」との声も上がりました。

みなさんは全柔連が身内の恥をさらさずに、不祥事を公にしない方がよかったと思いますか?

数々の不祥事や愚行が全て闇に葬られたま、未来永劫かつての全柔連のままであった方がよかったと本当に思いますか?

私は絶対に違うと思っています。

確かに不祥事や不正が発覚したその時には、団体・組織そのものが大きなダメージを受けますが、見て見ぬふりをして不祥事や不正をそのままにしておけば、結局はその組織は腐り果てていくだけなのです。

私の代理人を務める弁護士さんもこう指摘しています。

腐った池にいくら新しい水を注いでも綺麗にはなりません。腐った水を一度、全部捨てて水を入れ替えなければ池は綺麗にはならないのです

私も全く同じ気持ちです。腐った膿を全て出し切り、再生してこそ新たな正しい道が開けるのではないでしょうか。

私はTICAの会員であることを誇りに思っています。TICAの為に、愛するTICAのためであるからこそ、このブログを通じて問題点を指摘し、みなさんで考えて頂こうと思っているのです。

このブログが”ネガティブ”だと批判する人がいることも承知していますが、これまで蓋をされ、見て見ぬふりをされてきた問題を白日の下にさらし、みなさんとともにTICAアジアの問題点を共有する上で極めて”ポジティブ”で有効な活動だと自負しています。

2014年4月 5日 (土)

みんなで「代表辞任論」が噴出!

「代表の機能を果たせているのか! 自浄作用を示すべきだ!!」--。みんなの党所属議員から代表辞任論が噴出しているそうです。

すでに報道されているように、みんなの党の渡辺喜美代表はDHC会長から8億円を借り入れ、それが選挙資金に使われたのではないかとの疑惑が持ち上がっているからです。

本人は「個人的な借り入れ」であり、「違法性はない」と主張していますが、DHC会長自らが「選挙資金と言いつつお金を借りた」「党首としてあるまじき行為」などと発言。報道陣に渡辺氏とのメールのやりとりまで公開したこともあり、渡辺代表は窮地に追い込まれています。

猫界においても、様々な不正やルール違反の疑惑が持ち上がっていますが、どこ吹く風で居座っています。

趣味の世界の出来事ですから、悪を暴き正義を追及するマスコミもなければ、警察や検察が動くこともありません。唯一、猫界において報道機関の役割を果たしているのはこのブログだけと言えるでしょう。

だからこそ、このブログは非常に重要なのです。

私はたとえ趣味の世界であっても「悪いこと」を指摘し正さなければならないと思いますし、誰かがこうした形で声を上げ、メンバー全員に知らしめなければならないと思っています。

言うは易し行うは難し「公平な立場」

「袴田事件」でなぜ重大な証拠が埋もれてしまったのか? 先日のNHK「クローズアップ現代」は衝撃的な内容でした。

最高検察庁でこの事件を担当した検事は番組の中で「当時の検察は有罪の立証に必要のない証拠を改めて見直す考えはなかった」と打ち明けました。

そしてこう続けたのです。「今回の決定を教訓として受け止めるべき。一方の立場ではなく、公平な立場で証拠を見ること」--。

私はこのコメントを聞いて愕然としました。一般市民にしてみれば余りに当たり前のこと。それが今のいままで、いや、いまなお当たり前に行われていない現実に衝撃を受けたのです。

猫界ではどうでしょうか? 各メンバーが一方の立場ではなく、公平な立場で物事を見ているでしょうか?

日本の司法制度において何十年もの間、放置され続けてきた問題ですが、だからと言って目の前の身近な趣味の問題でも同じであっていいとは、私には思えません。

2014年4月 4日 (金)

ひたすら”有罪”を求める人々

我々は有罪ではなく、正義と真実を求めているのです」--。これは米テキサス州ダラス検察局の地方検事の言葉です。

いかに「冤罪」を防ぐかの取り組みとして、ダラス検察局では「CIU(誤判究明部)」を設置して、「無実」の訴えがあった場合、徹底的な調査に当たっています。

特徴はCIUのメンバーが捜査官、検察官、弁護士で構成され、全員が捜査機関の全証拠を調査する権限を持っている点にあります。

つい先日、再審開始決定が認められた「袴田事件」では長い間、600点に及ぶ証拠が検察の手に握られたままだったといいます。

ダラス検察局ではCIU設置からの7年間で、400件を対象に再調査を実施し、33件を無罪判決に導いたそうです。

「無実の訴えを真摯に受け止めようと考えた」…。ダラス検察局のこの地方検事はCIU設置の目的を語りました。

そう言えば、TICAの本部があるのも米テキサス州でした。私たちひとりひとりは果たして「我々は有罪ではなく、正義と真実を求めているのです」と胸を張って言えるでしょうか?

お手盛り”臨床研究”とお手盛り”審査”

個人情報保護法違反や薬事法違反などが疑われる問題行為が23項目あった」--。

大学病院での薬の臨床研究に製薬会社の社員が関与していた問題で、この会社の社外調査員会がこんな報告書を公表しました。

自社で開発した薬の臨床研究に、その製薬会社の社員が深く関与していては公平な評価など得られるはずがありません。それが証拠に副作用の情報を厚生労働省に届けていなかったそうです。

自分のクラブ員のどんな猫がエントリーしているかを事前に頭に入れたうえで、当日の審査に臨むジャッジと似たような構図です。公平な審査など望めるはずがありません。

確かに医薬品は人の生死にかかわりますから重大な問題です。一方でキャットショーの審査は人の生死とは関係のない趣味の世界です。

一部からは「これまでもそうだったのだから目くじら立てる必要はない」という声も聞こえてきます。

しかし、だからと言って不正や不公正が公然と行われていいのでしょうか? 私は決してそうは思いません。

23項目もの問題行為が指摘された製薬会社の社長は3日付で引責辞任しました。

猫界においてはトップ自らが不正に手を染めている数々の疑惑があるわけですから、この製薬会社以上に悪質で問題の根は深いと言えます。

「逆らう」とどうなるのか?

興味深いニュースを見ました。中国広東省のある村の話です。

この村では中国共産党の地方幹部の不正をきっかけに2年前、中国共産党に逆らって民主的な直接選挙を実施しました。地方幹部が村民の農地を勝手に開発業者に売り払ってしまったのです。

共産党の腐敗に異議申し立てをした”民主の村”として大きな話題になりましたが、2年が経過した今、どうなっていたでしょうか?

村では次の村長選挙を迎えていました。投票所には物々しい警官隊の姿。2年前の選挙で当選した抗議運動リーダーの村長は報道陣から向けられたマイクに「わたしは今、自由に取材を受けることができない」と顔をこわばらせました。

開発業者に渡った土地は戻ってこず、開発はストップしたまま。別荘地として開発された村の一角も買い手がつかないまま、ゴーストタウン化していました。

2年前の選挙で選ばれた副村長はと言うと、汚職の嫌疑をかけられて中国当局に身柄を拘束されてしまい、帰って来ないといいます。

副村長の姉はインタビューで「中国政府は悪い噂を流すなど何でもありで、私たち抗議運動グループを分裂させた」と打ち明けました。

逆らうとどうなるのか…。確かにこれが現実かもしれませんが、猫界も同じでは困ります。

私は必ずや新たな未来図を描きたいと思っています。

2014年4月 3日 (木)

”責任転嫁”をしないでほしい…

私のジャッジ・ライセンスを巡っていろいろな話が出ているようです。しかし、私がはっきりさせたい事は1つだけです。

私はアジアディレクターから1月29日に次のようなメールを頂いただけであり、それ以降は一切、何の説明も受けていないという事実です。

「屋和田珠里様 TICAの2014年winter meetingで以下の決定がありました。TICAは屋和田珠里氏の2014年5月1日からのJudge Licensureを発行しない。既に2014年5月1日以後のJudge の契約を交わしていたらキャンセルをしてください。またJudgeの依頼は受けないでください。ASIA DIRECTOR」

ここには「どのような理由と根拠」に基づき、「どのルール」「どの項目」を適用して決定されたのか全く明らかにされていません。

リジョンセクレタリーはクラブ代表者に送ったメールの中で「ディレクターは(屋和田氏に)TICAへ直接問い合わせするように言いました」と書きましたが、理由と根拠を明らかにし、どのルールを適用したかを明確に示すのでがディレクターの役割であり、仕事ではないでしょうか?

そもそもディレクター自身がボードで討議し、票決に加わったわけですから、経緯は自身が一番良く知っているはずです。
どのような理由と根拠で、どのルールを適用したかを説明するのがディレクターの責務ではないでしょうか。

なお、
この件については本日、アジアディレクターから「あらためてお話させていただきます」とのメールを頂きましたので、説明責任を果たして頂くことを期待したいと思います。

「問題解決能力」が”ゼロ”も頷ける

「日本は44カ国中、第3位」--。これは経済協力開発機構(OECD)が発表した、世界の15歳を対象に実施したコンピューターを使って課題を解決する「問題解決能力」の国・地域別順位です。

OECDによると、「問題解決能力」とは「解決方法がすぐに分からない問題を理解し、解決を図ろうとする能力や意志」と定義したそうです。日本の子供の「問題解決能力」は世界的にも優れていることがわかります。

では猫界はどうでしょう? 「問題解決能力」はどのくらいあるでしょうか?

私には「ゼロ」としか思えません。解決するどころか、問題を放置するだけでなく、悪化させこじれさせるばかりだからです。

このOECD調査では、問題に取り組む際の「忍耐力」や「柔軟性」について、どのように自己評価しているかも調べています。

実はその結果はと言うと、日本は両方とも44カ国中、最低だったそうです。

確かに、組織運営に責任あっる立場の人物の対応を見ると「柔軟性」に欠け、すぐに「
これ以上の説明をしても無駄」と対話の扉を閉ざすなど「忍耐力」の欠如が顕著です。

「忍耐力」と「柔軟性」がないという欠点だけがそのまま特徴になったような組織では「問題解決能力」が「ゼロ」だとしても何の不思議もないのかもしれません。

2014年4月 2日 (水)

小さな「約束」すら守れないとは(※)

普通の職場ではあり得ないことだらけのTICAアジア…。「こうして下さい」「はい、そうします」という”約束”が何ひとつ果たされないというのは尋常ではありません。

私とアジアディレクターが3月30日に持った小さな話し合いの中で、ディレクターは「TICA副会長から届いたメールの原文をあなたに転送します」と約束して下さいましたが、未だに送られてきません。

一方で、リジョンセクレタリーはアクト以外のクラブ代表者やジャッジに対して「ビッキーとボビーからのコメント」と題した英文の”怪文書”と、それを都合よく恣意的に訳した翻訳を添付メールで送り付けました。

小さな「約束」すら守れないディレクター。これでは簡単に解決する問題も解決するはずがありません。

ディレクター自らがクラブの代表と交わした「します」と言う約束すら守れない組織とはどうなのでしょうか…。

人と人との信頼のきずなをひとつひとつ断ち切っているのは誰なのか。みなさんにも知って頂きたいと思います。

※[注記] 4月3日、アジアディレクターからメールがあり、副会長からのメールについて「個人的な手紙であり、要求されて見せなければならないものではありませんし、その必要もないと気持ちが変わりましたので、お約束はキャンセルします。誠に申し訳ありませんでした」とのご連絡を頂きました。

「疑念を生じさせた」だけの理由で処分

「公正性や厳格性に疑念を生じさせた」--。さすが、東京大学と言えそうな処分が大学院の教授に下されました。

ある教授が、教授就任の「ご祝儀」として知人から現金100万円を受け取ったことから、東大はこの教授を諭旨解雇処分にしたのでした。

お金を渡した知人は翌年に東大大学院を受験。この教授が試験委員を務めていましたが、結果的には不合格になったそうです。

私が興味を持ったのは東大の処分理由です。「ご祝儀」の見返りにこの教授が「問題を漏らしたり便宜を図ったりした事実」があったのなら分かりますが、東大側はそうしたことを「確認していない」というのです。

不正の事実を確認していないにもかかわらず、「公正性や厳格性に疑念を生じさせた」という理由で諭旨解雇処分にする姿勢には驚きました。

東大副学長は「教職員としてあるまじき行為で決して許されない」と断罪しましたが、言われてみれば当然かもしれません。

それに比べて猫界はどうでしょう? 「あるまじき行為で決して許されない」はずの言動が大手を振って歩いていないでしょうか…。

それとも、そもそも猫界を東大と比べるのが間違いなのでしょうか。

2014年4月 1日 (火)

ジャッジ資格は剥奪も取り消されもしない

「リジョンサイトを見ました。屋和田さんは5月からTICAのジャッジでなくなるのですか?」

アジアディレクターが3月27日付で発表した「3. 屋和田珠里氏の件」について、私のところに問い合わせが相次いでいます。

すでに私に対する処分についてはボードの議事録を通じて公表されていますので、議事録やTICAのルールに則って考えるのが”筋”ですが、違う人もいるようです。

この問題については3月30日に開催されたショー会場でアジアディレクターと短い話し合いの場を持ちましたが、ディレクターから「どの決議に基づいて」「どのルールを適用する」かについて具体的な説明を頂けませんでした。

確かにジャッジライセンスを更新しないという決議がボードで可決されたため、この5月1日から私はショーで審査をすることはできません。

しかし、ボードの議事録を読めばお分かりになると思いますが、少なくともそこには私のTICAのジャッジ資格を「剥奪する」とか「取り消す」とは書かれてないことも強調しておきたいと思います。

議事録で公表されていないことが適用されることがあっていいのかどうか…。もしそうなら私は問題があると思っています。

「○○○としてあってはならない!」

ついに、STAP論文に「不正があり、画像を捏造し改竄した」との判断が下りました。

理化学研究所の調査委員会による記者会見では出席者から「研究者としてあってはならない」「科学社会の信頼性を損ねた」など、厳しい言葉が次々と飛び出したそうです。

猫界もまさに同じ状態…。

「ディレクターとして決してあってはならない」ことが起こり、「ジャッジとして決してあってはならない」ことも起こり、「猫界の信頼性を損ねる」不祥事が相次いでいます。

小保方リーダーに対する「手順を踏んでいない」という批判は、そのまま猫界に通じますし、「管理が杜撰(ずさん)」との指摘もリジョンサイトを思い浮かべればそのまま当てはまります。

それにしても猫界が恐ろしいのは、本来は調査し処罰を下すべき立場の人物が”悪”に手を染め、不正で不公正なショーまで開こうとしていることです。

早く何とかしなければ、破滅への”暴走”はますます加速していくことでしょう。

TICAアジアの”偽メール”6つの疑惑

TICAアジアで”偽メール”疑惑が持ち上がっています。

アジアリジョン事務局のセクレタリーが全クラブの代表やジャッジに送った、TICA会長と副会長が書いたとするメールについてです。

セクレタリーはメールの中で「ビッキーとボビーのコメントを添付いたしますのでご確認ください」と書き、「ビッキーとボビーからの英文」と件名を付けた文書を添付して送りました。

しかし、その添付文書には数々の疑惑があるのです。

疑惑①その英文にはヘッダーが付いていないため、送信主の名前もメールアドレスも送信相手も送信時間も分かりません。誰かが意図的に外したとしか思えません。

疑惑②冒頭、いきなり「1) Till the end of this season…」と番号を振って始まりますが、そのあと、2)、3)と続きません。一部を抜粋した疑いがあります。

疑惑③第2段落に「This is where either Bobbie or MaryLou must comment」と書いた文章が出てくるのですが、副会長が自分の文章に「Bobbie」と書くでしょうか? 副会長のメールでない可能性が高いと思われます。

疑惑④第1段落では「Will she loose her status/qualification between 5/1/2014 and 4/30/2015?? Just for 1 year? Or, will she loose her status/judging status until she reapplies?」「And when she can reapply?」など、自問自答するような疑問文が出てきますが、会長と副会長がなぜ、疑問文を使うのか合理的な説明ができません。

疑惑⑤セクレタリーは日本語の翻訳も併せて送りましたが、疑問文のくだりを訳さないなど意図的に翻訳を細工しています。

疑惑⑥日本語訳には「411の各項の条項(ショールールの訳文参照の事)が書かれていますが…」と書いてありましたが、これはShow Rulesではありません。TICAのルールに無知な誰かが意図的に書き加えた疑いが濃厚です。

以上の疑惑により、この英文は少なくとも、会長と副会長が送ったメール原文ではない可能性が極めて高く、誰かが意図的に加工して会長、副会長のメールを装ったか、捏造したメールということになります。

このようなことが行われていいのでしょうか? セクレタリーからのメールはクラブ代表者が持っていますので、メンバーのみなさんも是非、確認して頂ければと思います。

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