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2014年3月25日 (火)

「恐怖」と「しがらみ」で思考停止

「組織の中で思考停止に陥り、上から指示されるまま一線を越えた人間の姿だった」…。これはオウム真理教の元信者の審理に臨んだある裁判員の感想ですが、この部分だけを考えれば猫界のあるクラブのクラブ員も似たような状況ではないかと感じたのは私だけでしょうか。

出陳者を差別し、恣意的に選別する「フライヤー」を、自ら何も考えることなく作るショーマネージャーやエントリークラーク…。クラブオーナーの言いなりなクラブにいて、何の疑問も
違和感も抱かないのか不思議です。

なぜなら、オウム真理教の元信者でさえ、裁判員には「不満を抱えながらも上司の指示に従うありふれた”組織人”の姿」に見えたそうだからです。

元信者は裁判で「指示されればやるしかなかった」「私たちにできるのは報告だけ。言われたことはせざるを得ない」と吐露したといいます。

ある裁判員が判決後の会見で平田被告について語った言葉は次元こそ違うとは言え、そのまま猫界のクラブ員にも当てはまるのではないでしょうか。「自分で判断しない人生を送ってきたと思うが、これからは自分で考え、頑張ってほしい」…。

オウム真理教の事件を、「人ごとではなく、自戒を込めて受け止める必要がある」と説く有識者がなぜ多いのか--。

それは猫界という私たちのすぐ目の前でも、似たような兆候が窺える人間関係が見て取れそうなクラブオーナーとクラブ員がいるからに他なりません。

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