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2013年11月13日 (水)

取ったようで取っていない取り方

一見、取ったようで取っていない「責任の取り方」が往々にしてあります。アジアリジョンで言えば、現ディレクターの立候補辞退です。いつのまにかTICA本部の立候補候補リストから消えていました。辞退理由について本人から公式表明がないので真相は分かりませんが、「アジアリジョンの混乱の責任を取った」とも一部では言われています。

しかし、これが正しい「責任の取り方」と納得できるでしょうか? 私はできません。なぜなら、次期ディレクター選挙に出るか出ないかは何かに対する責任とは全く無関係だからです。選挙はメンバーの信を問うものであり、誰も「信を問う」権利を奪えないはずです。もちろん立候補を辞退した方が、逆に「Write in」で当選しやすいという深謀遠慮があって、渡りに船とばかりに「責任論」に飛びついて、自ら進んで降りたというのなら話は別です。

私は「すぐに辞任すべきだった」と言っているのではありません。責任の取り方はいろいろあっていいと思っています。私が強調したいのはどういう責任の取り方をするにせよ、筋の通し方があるということなのです。ディレクターとしての資質を考えるとき、私は「責任の取り方」とともに、筋を通せる人物かどうかも見ます。

責任がないと思うなら、敢えて「責任を取らない」のも選択肢のひとつでしょう。ただし、その場合でもしっかり筋を通し、説明責任を果たし、メンバーの納得を得なければならないことは言うまでもありません。

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