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2019年2月23日 (土)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(10)

第3のクラブの被告側エントリークラークは、アクトクラブ員から譲り受けたベンガル猫を持つ一般オーナーの猫の「出陳拒否」について、東京地裁に提出した被告側「準備書面」を通じ、次のように主張しました。

「□□(一般オーナーのBG猫の名前)の出陳を認めた結果として、関係者である原告○○(アクトクラブ員)や原告屋和田がキャットショーに来場し、クレームを述べるなどしてショーの運営に支障が生じる可能性が認められたことは明らかで、やはり本件ショールール23.6.5に該当する」--。

しかし、TICAのShow Rule 23.6.5は、出陳者と出陳猫に関する規定であって、「関係者」が入る込む余地など全くないものです。

仮に、拡大解釈や類推解釈が可能であったとしても、「関係者」という幅広く曖昧な概念を認めたら、それこそショーコミッティーの恣意的な判断で誰でも、どの猫でも「出陳拒否」できることになり、もはやルールの体を為さなくなります。

被告側エントリークラークは、私たちが「クレームを述べるなどして…」とも主張しました。

しかし、何に対して、どのような「クレームを述べる」というのか、被告側エントリークラークは全く明らかにしていません。

被告側エントリークラークは、「ショーの運営に支障が生じる可能性が認められたことは明らか」とも主張しますが、具体的に私たちがどのような「クレームを述べる」と、ショーの運営にどのような支障が生じる可能性が認められるのか、明らかにしていません。

「キャットショーに来場し、クレームを述べるなどしてショーの運営に支障が生じる可能性が認められたことは明らか」などという主張は、私からすると”被害妄想”的なものと感じざるを得ません。

たとえ司法の場での主張であったとしても、こうした根拠や裏付けに乏しい主張は”攻撃”的であり、”嫌がらせ”としか私には思えないのです。

私やアクトクラブ員が過去に「キャットショーに来場し、クレームを述べるなどしてショーの運営に支障」を生じさせたことがあると言うのなら話は別です。

しかし、今日に至るまでそのようなことをしたことがないのに、あたかもそうするかのような主張をすることはまさに”敵意”と”害意”の表れとしか私には映りません。

2019年2月22日 (金)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(9)

民主主義の根幹を支えるのは「言論の自由」であり、「言論には言論で対峙する」というのは民主主義社会で生きる私たちの基本中の基本原則です。

ですから私は、被告側エントリークラークがどのような言動を取ろうとも、「言論には言論で対峙する」という姿勢を堅持しています。

司法の場で争うのも、ある意味、「言論で対峙する」ことのひとつだと私は考えています。

それ以外の手法・手段は使いませんし、仮に何らかの「関係」の「悪化」があったとしても、言論の場以外において持ち出すことは原則、ありません。

ですから、仮に私たちとTICAアジアリジョンのメンバーの一部の間で、被告側エントリークラークの主張通り、「関係が悪化していた」としても、それは言論の場においてであって、それ以外の場ではあり得ません。

実際、それが事実であり、真実であることは、常日ごろのTICAのショーにおいて私たちが参加していても、「関係が悪化していた」ことを理由に何も起きていないことが立派な証拠になることは、みなさん自身がよく理解されていることだと思います。

それに対して、「出陳拒否」は明らかに、「言論には言論で対峙する」という民主主義の基本原則を逸脱した行為であることは疑う余地がないでしょう。

司法の場においてなお、「関係が悪化していた」との根拠や裏付けが定かでない一般論を持ち出して、「ショーへの抗議も行われることは明らか」と主張することは”誹謗中傷”と何ら変わらない一方的な”レッテル貼り”と思わざるを得ません。

「関係」を「悪化」させ、それを”拡散”させて、他の無関係な一般出陳者まで巻き込もうとしているのは誰なのか…。

まさに、「原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)とTICAアジアリジョンのメンバーの一部はACC4月ショーを契機として、関係が悪化していた」「このような中で原告○○の猫の出陳を認めた場合、ショーへの抗議も行われることは明らかであり、キャットショーへの円滑な運営が阻害され、ショーにとって有害となる」という被告側エントリークラークの主張が如実に物語っているのではないでしょうか。

2019年2月21日 (木)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(8)

被告側エントリークラークは昨日のブログに対し、もしかすると「何もしていないわけではない」と反論するかもしれません。

なぜなら「共同申立人」のひとりとなって、アクトの公認取り消しと私たちのTICAメンバー資格の剝奪を求めて「プロテスト」を申し立てているからです。(※TICA本部の受理日は2014年3月12日)

しかし、この「プロテスト」は、前アジアディレクターがオーナーのクラブにおける2014年2月ショーの「出陳拒否」に関連し、私がアクトのブログに書いたものを「プロテスト」の根拠らしき事情にして、アクトの公認取り消しと私たちのTICAメンバー資格の剝奪を求めたものでした。

そして、この「出陳拒否」は前アジアディレクターと当時のクラブ代表が高裁の和解において「深謝する」とした上で、解決金の支払いにまで応じているわけです。

従って、正当な根拠に欠ける”筋違い”で”的外れ”な「プロテスト」であったことは明らかになっていると言えるでしょう。

それでも、被告側エントリークラークら申し立て側の主張にわずかでもそれなりの根拠が残っており、アクトのブログが問題であったとしても、ひとつの大いなる疑問が浮かんできます。

それは、なぜTICA本部(あるいはTICAのBoard)は、この「プロテスト」を棚上げにしたまま5年近く”放置”しているのか?という疑問です。

被告側エントリークラークら申し立て側の主張が正しいなら、”放置”しておくことなどできないはずです。

すぐにでもアクトに対し、あるいは私に対し、アクトのブログの閉鎖なり、執筆・投稿停止を命じてきたはずですし、そうしなければならないはずです。

ですが、「プロテスト」が申し立てられてから、その後、Board決議で棚上げになったとしても、5年近く”放置”していること自体、アクトのブログが被告側エントリークラークが“騒ぎ立てる”ほどに問題のあるものではないことの証左と言えるのではないでしょうか。

それにもかかわらす、あれから5年以上も経つ今なお、被告側エントリークラークは

原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)とTICAアジアリジョンのメンバーの一部はACC4月ショーを契機として、関係が悪化していた

このような中で原告○○の猫の出陳を認めた場合、ショーへの抗議も行われることは明らかであり、キャットショーへの円滑な運営が阻害され、ショーにとって有害となる

と主張しているのです。

こうして丁寧に見てくれば、「関係が悪化していた」のではなく、被告側エントリークラーク側が自ら「関係」を「悪化」させたのであり、その上で「ショーへの抗議も行われることは明らか」と根拠に欠ける主張をしたことが分かるかと思います。

2019年2月20日 (水)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(7)

「関係が悪化していた」と聞くと、あたかも両者(私たちとTICAアジアリジョンのメンバーの一部)のおかれた状況を中立的に表現しているように感じてしまうかもしれません。

しかし、人間関係において、自然に「関係が悪化」することはまずなく、大抵はどちらか(あるいは双方)が「関係」を「悪化」するようなことをしているわけです。

被告側エントリークラークからすれば、それはアクトの2013年4月29日のショーであり、アクトのこのブログなのかもしれません。(前アジアディレクターにあっては私たちが裁判を起こしたことも加えるかもしれません)

ですが、アクトの2013年4月29日のショーについて言えば、被告側エントリークラークにも被告側エントリークラークのクラブにも損害を与えた事実はなく、TICAのルール通りに開催したものであり、このショーのルール違反に関する全てのプロテストは退けられました。

アクトのこのブログについても、いろいろな言い分はあるかと思いますが、仮に何らかの言い分があったにしても、少なくとも被告側エントリークラークは一般的な社会通念上の対応策は何ひとつ講じていないわけです。

例えば、アクトや私に、「あのブログのこの表現は事実ではない」とか、「不適切な表現である」とか、何ひとつ伝えてきませんでした。(メールも手紙も電話もしてきていません)

例えば、自身でブログを開設するなどして反論をすることもしませんでした。(今や無料で容易に個人のブログを開設できる時代であるにもかかわらずです)

それに、本当にブログにおいて私が誹謗中傷を書いたということであれば、ブログ運営業者に対し、「権利侵害」の申し立てをすればいいわけですが、それもしませんでした。

その一方で、被告側エントリークラークがしたことと言えば、まるで“意趣返し”のような、アクトクラブ員と、そのベンガル猫を譲り受けた一般出陳者に対する「出陳拒否」だったわけです。

こうして見てくれば、仮に被告側エントリークラークの主張どおり「関係が悪化していた」としても、「関係」を「悪化」させたのは被告側エントリークラークであったことが分かるかと思います。

2019年2月19日 (火)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(6)

「関係が悪化していた」とする具体的な状況を明らかにしないにもかかわらず--。

どうして「このような中で原告○○(アクトクラブ員)の猫の出陳を認めた場合、ショーへの抗議も行われることは明らかであり、キャットショーへの円滑な運営が阻害され、ショーにとって有害となる」と言えるのか全く理解できません。

例えば、私たちとTICAアジアリジョンのメンバーの一部の間でお互いに無視し合い、TICAの事務的な連絡でさえ滞るとか、ショー会場で顔を合わせても会釈すらしないとか…。

あるいはショー会場で、ショーの進行に関する必要なことでさえ、お互い無視し合って全く声をかけられないとか…。

私たちとTICAアジアリジョンのメンバーの一部の間で罵り合いになり、他の出陳者から「迷惑です!」と叱られる事態を招いたとか…。

こうしたことが頻繁にあったというのであれば、「このような中で原告○○の猫の出陳を認めた場合、ショーへの抗議も行われることは明らか」と主張する根拠になり得るかもしれませんが、全くそういう状況はなかったわけです。

裁判官ら第三者が、キャットショーでの状況を知らず、単に「関係が悪化していた」と言われれば、お互いに無視し合い、罵り合っていると思い込んでしまっても不思議ではありません。

しかし実態はと言えば、両者の関係性が損なわれたことを立証する具体的なケースはほぼ皆無であり、単に被告側エントリークラークが感情を剝き出しにして私たちやアクトを”毛嫌い”していただけではなかったのでしょうか。

少なくとも私たちは、どんな感情があろうと、それを表に出すようなことはしていません。

人として、TICAメンバーとして、出陳者としての礼儀やマナーを失したことはなく、このブログにしても国民に保障された「表現の自由」「言論の自由」の範囲内で、「おかしいことはおかしい」と指摘しているに過ぎません。

こうして考えてくればなおさらのこと、被告側エントリークラークによる、「このような中で原告○○(アクトクラブ員)の猫の出陳を認めた場合、ショーへの抗議も行われることは明らか」という主張は合理的な根拠を欠き、”虚偽”まがいの主張をしてでも私たちを陥れたいという被告側エントリークラークの意向の表れとしか思えないのです。

2019年2月18日 (月)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(5)

昨日ご紹介した被告側エントリークラークによる被告「準備書面」における主張を、コンパクトにして再掲すると次のようになります。

原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)とTICAアジアリジョンのメンバーの一部はACC4月ショーを契機として、関係が悪化していた

このような中で原告○○の猫の出陳を認めた場合、ショーへの抗議も行われることは明らかであり、キャットショーへの円滑な運営が阻害され、ショーにとって有害となる」−−。

しかし、そもそも私たちと「関係が悪化していた」という「TICAアジアリジョンのメンバーの一部」というのは誰のことを言っているのでしょうか。

そして、それが本当に「関係が悪化していた」と言えるものであり、仮に「悪化」していたとして、その度合いはどのようなものだったでしょうか。

被告側エントリークラークはこれらについて何ひとつ説明していません。(※説明しようとしないと言った方が正確かもしれません)

例えば、前アジアディレクターにしても、前セクレタリー(現Asia East Region Director)にしても、元アジアディレクターにしても、TICAに関する事務的なやり取りは当時も今も変わらずに普通にしています。

ショー会場でも顔を合わせれば会釈はしますし、必要に応じて普通に話もします。

強いて言えば、必要以上に無駄話はしないといったところであり、「関係が悪化していた」というよりは「良好な関係であるとは必ずしも言えない」と言った方が正確です。

それにもかかわらず、被告側エントリークラークは「ACC4月ショーを契機として、関係が悪化していた」と断定したのです。

そして、「このような中で原告○○の猫の出陳を認めた場合、ショーへの抗議も行われることは明らかであり、キャットショーへの円滑な運営が阻害され、ショーにとって有害となる」と主張したのです。

私には、「関係が悪化していた」という”印象操作”を施してレッテルを貼ることで、私たちを”排除”しようと目論んだだけとしか思えないのです。

2019年2月17日 (日)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(4)

原告屋和田及び原告○○(アクトクラブ員)とTICAアジアリジョンのメンバーの一部はACC4月ショーを契機として、関係が悪化していたものである

このような中で原告○○の猫の出陳を認めた場合、ショーへの抗議も行われることは明らかであり、キャットショーへの円滑な運営が阻害され、ひいては『TICAのためにならない』だけでなく、『猫やクラブ、及び/又は、ショーにとって有害」となる』」--。

第3のクラブの被告側エントリークラークは東京地裁に提出した被告側「準備書面」で、こんな主張までしました。

どういう思考回路を持てば、このような主張(=発想)が出てくるのか、私には全く理解できません。

思わず、”下衆の勘繰り”という言葉が脳裏をよぎったほどです。

これまでも、このときも、今もそうですが、私は(アクトクラブ員も同じだと思いますが…)、どのようなことを契機として、どのように個人的な関係が悪化していようと、大勢が集まるキャットショーで何か悪影響を与えるような言動を取ろうなんて考えたはありません。

それは、私やアクトクラブ員の20年弱にわたる実際の言動が証明しているのではないでしょうか。

それにもかかわらず、「ショーへの抗議も行われることは明らか」と主張するのは、悪質な印象操作と思わざるを得ないのです。

「ショーへの抗議が行われるかもしれない」ではなく、「ショーへの抗議も行われることは明らか」と断定口調で主張しているところに、私は被告側エントリークラークの”敵意”や”悪意””害意”を感じてしまうのです。

人は、自ら感じること、考えること、することしか主張しないと仮定するなら、まさにこの主張は被告側エントリークラークだったらそうするであろうということを表しているとしか思えません。

2019年2月16日 (土)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(3)

「乙第7号証の提案を無視し、自粛せずに活動を続けていたものである」

「このようなことがまかり通るのであれば、アジアリジョンだけでなく、世界中のクラブやショーが本件ショールールを無視する運用を始め、『TICAのためにならない』だけでなく、『猫やクラブ、及び/又は、ショーにとって有害』となる」

第3のクラブのエントリークラークが東京地裁に提出した「被告準備書面」での主張はさらに続きます。

このため、活動を自粛してもらう一環としても本件出陳拒絶はショールールに基づくものである」−−。

これには私も改めて驚愕しました。

どこをどうすると、アクトに対する「活動自粛」提案と、個々の出陳者の「出陳拒絶」が結び付くのでしょうか…。

被告側エントリークラークの思考回路は分かりませんが、被告側エントリークラークにあってはアクトが「活動自粛」しないなら、「クラブ員の出陳を拒絶しよう」となったことは想像に難くありません。

しかし、社会通念上の常識に照らしても、組織や団体に対する処分と、その組織・団体に所属する個人に対する処分は明確に区別されるべきものですが、被告側エントリークラークの考え方は全く違うようです。

これまでに明らかになっている証拠など全てを読み返しても、「活動自粛」はアクトに対するものであって、クラブ員に対するものではありませんでした。

ここで、長くなりますが、前アジアディレクターがオーナーのクラブおける3回の「出陳拒否」裁判の「判決文」から引用します。

「例えば被告らが行った意見聴取行為は、アクト4月ショーにつきショールールに違反していたことを裏付ける相当な理由、根拠を確認することすらせず、原告○○(アクトクラブ員)や屋和田に対する反論の機会も与えないまま、(中略)公然に、アクト・キャット・クラブと△△△(アクトとショーを共催したクラブ名)の1年間の活動停止という制裁を提案するものであって、意見聴取の相手方に対し、アクト4月ショーにおいて原告○○や屋和田が不正を行ったと断定できるかのような印象を与える可能性があり、原告○○及び屋和田の名誉を毀損する危険をはらむ行為であったと思われる(事実、被告□□(前アジアディレクター)の供述によっても、このアクト・キャット・クラブの「活動停止 」とは具体 的に何を禁じられたのか不明である上、「アクト・キャット・クラブ」の活動停止を求めるものであったにもかかわらず、原告○○は、平成25年ないし26年度中に7回のキャットショーへの出陳を拒否されるという、同原告個人に対する不利益処遇を受けており、上記意見聴取が原告○○個人の社会的評価を低下させた可能性がある」--。

被告側エントリークラークによる、「活動を自粛してもらう一環としても本件出陳拒絶はショールールに基づくものである」という主張がどれだけ一般常識から逸脱したものであったかが分かって頂けるかと思います。

1つの判決が絶対である、と言うつもりはありませんが、この判決が申し渡されてから1年以上経ってなお、被告側エントリークラークが冒頭のような主張をしているところに、私は被告側エントリークラークに”敵意”や”悪意””害意”を感じてしまうのです。

2019年2月15日 (金)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(2)

乙第7号証の提案を無視し、自粛せずに活動を続けていたものである」に続き、第3のクラブのエントリークラークは東京地裁に提出した「被告準備書面」で次のように主張しました。

このようなことがまかり通るのであれば、アジアリジョンだけでなく、世界中のクラブやショーが本件ショールールを無視する運用を始め、『TICAのためにならない』だけでなく、『猫やクラブ、及び/又は、ショーにとって有害』となる」−−。

アクトに対する活動自粛の提案が為されたのが2013年7月−−。

あれから5年以上経ちますが、アクトは自粛せずに活動を続けています。

ですから、もし被告側エントリークラークの上記の主張が正しいなら、「アジアリジョンだけでなく、世界中のクラブやショーが本件ショールールを無視する運用を始め」ているはずですが、そんな話は聞いたことなどありません。

アクトが「提案を無視し、自粛せずに活動を続けてい」ても、被告側エントリークラークが主張するところの事態(=
世界中のクラブやショーが本件ショールールを無視する運用を始める事態)は起きていないのです。

アクトが「提案を無視し、自粛せずに活動を続けてい」ても、「TICAのためにならない」ことも、「猫やクラブ、及び/又は、ショーにとって有害」となることも起きていないのです。

「まかり通る」とは、「良くない物が世間に通用する。また悪い行為が堂々と行われる」(三省堂「大辞林第三版」)を意味します。

被告側エントリークラークが敢えて「まかり通る」という言葉を使ったということは、アクトが「活動を続けていた」ことがあたかも「悪い行為」であると暗に言っているようなものでしょう。

少なくとも、被告側エントリークラークが「準備書面」において、「まかり通る」という言葉を敢えて使ったところに、”敵意”や“悪意””害意”を持っていた証左となるのではないかと私は思うというわけです。

2019年2月14日 (木)

続・第3のクラブ「出陳拒否」裁判、今も続く執拗なアクト”叩き”(1)

1月14日からの続編となります。

第3のクラブ(既に閉会)による「出陳拒否」(2014年6月1日ショー)を巡る裁判で、エントリークラークが今なお執拗に裁判所を舞台としてアクト”叩き”を続けている(少なくとも私はそう感じている)という話を続けます。

乙第7号証の提案を無視し、自粛せずに活動を続けていたものである」−−。

(※この「乙第7号証」とは、前アジアディレクターと前セクレタリーが提案したアクトに対する「活動自粛」を巡り、元アジアディレクターがアクトと私を除く日本のTICA公認クラブやジャッジに対して意識調査した結果を指します)

第3のクラブの被告側エントリークラークは東京地裁に提出した「被告準備書面」において、こう主張しました。

しかし、そもそもTICA公認クラブにおいて、クラブ間の問題について「提案権」があるなどとするルールは存在しないのです。

それをあたかもTICA公認クラブ(あるいはTICA公認クラブの代表)において、他のTICA公認クラブに対する何らかの「提案権」が付与されているかのように主張し、それを「無視」したことが問題であるかのように主張したわけです。

「提案権」に基づかない提案など無視しても何の問題もないと思いますが、被告側エントリークラークの理屈によれば、何らかの「提案権」なるものがあり、その「提案権」を行使したもので、それを無視したアクトは悪いということのようです。

仮に百歩譲って「提案権」なるものがルールとして規定されていたとしても、「活動自粛」というアクトに対して不利益を与える処分に関して当事者の釈明も弁明も聞かずに意識調査するというのは、一般的な社会通念から逸脱した言動と言わざるを得ません。

それを、あたかもアクトが「自粛せずに活動していた」ことが悪いかのような主張は、それが裁判所での主張であったとしても、私としてはアクト”叩き”以外の何ものでもないと思わざるを得ません。

何のルールにも基づかず、勝手に提案しておいて、「無視し」たとか、「自粛せずに活動を続け」たとか、司法の場で主張する感覚が私には全く理解できないのです。

”敵意”や”悪意””害意”なくしてこのような主張ができるというのであれば、その理由を誰か教えてほしいと思います。

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