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2018年2月22日 (木)

【経過報告】アクト、4月末ショーのご案内について

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アクトの4月末ショーについて、途中経過をお知らせします。

13日のブログでご案内した通り、遠方の方を除く日本の全ジャッジに依頼書を送付し、昨夜時点で3人の方以外から全て返信を頂きました。

この3人の方には改めて確認のご連絡を差し上げたいと思っています。

残念ながら、今のところお引き受け頂けるとのご連絡は頂いておらず、この中の2人の方については、すでに別の予定を入れてしまわれたか、海外でのジャッジを引き受けてしまわれており、参加できないとのことでした。

アクトとしてももう少し早く、依頼をしておけば良かったと反省しています。

他のクラブのジャッジなら引き受けるが、アクトのジャッジは引き受けないという方はいらっしゃらないと思いますし、TICAのジャッジとして決してあってはならないことですので、みなさん他のご予定を入れてしまわれたと考えるほかありません。

アクトとしては今後も、依怙贔屓や馴れ合いを排し、TICAのルールに則った公正・公平・中立なショーの開催に努めたいと思っています。

一部では今なお、「出陳拒否」裁判等のことを、ショー開催やショー運営に持ち込むメンバーもいるようですが、アクトでは「ショーはショー」であり、「TICAのショー」であるとの認識のもと完全に切り離して考えています。

また新しい情報や動きがありましたらご報告したいと思います。

詳細はいましばらくお待ち頂ければ幸いです。

※「時代の流れと真逆に進むTICAアジア」は休みました。


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2018年2月21日 (水)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(7)

「多様性」の重要性をいくら説いても、その重要性が分かる人と分からない人がいるのが現実であり、残念なことですが仕方ありません。

ですから、TICA Asiaにあてはめて考えるとき、「多様性」の重要性が受け入れられる”素地”があるかどうかに思いを巡らせねばならないでしょう。

「多様性」の重要性を認識し、受け入れるためには、その人に「主体性」がなければなりません。

教育論の中には、「多様性」を通じて「主体性」を育むというものもあるようですが、私は個々人の根底に「主体性」がなければ「多様性」をいくら説いても根付かないと感じています。

そこで思い当たるのが、「出陳拒否」におけるエントリークラークです。

「出陳拒否」に”加担”した全てのエントリークラークが唯々諾々とクラブオーナーらの指示に従っていました。

つまり、「主体性」がなかったと言 えます。

それはとりもなおさず、「主体的に判断する」ということの”放棄”を意味します。

組織内での「いじめ」や「嫌がらせ」に見て見ぬふりをし、傍観者として”加害者”側に”加担”してしまうのも、結局のところ、その人に「主体性」がなく、「主体的に判断する」ことができないからに他なりません。

TICA Asiaにおいて、「多様性」を認める組織風土を作り上げていくには、その前提としてメンバー、ブリーダー、出陳者ひとりひとりが「主体性」を持ち、「主体的に判断する」ことができるようでなければならないことが分かるかと思います。

2018年2月20日 (火)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(6)

「多様性」と「いじめ」の間に相関関係があることはみなさんも異論のないところではないでしょうか。

組織内で「多様性」が失われるにつれて「いじめ」は増え、逆に「多様性」を認める雰囲気が醸成されるにつれて「いじめ」は減っていきます。

「多様性」というと抽象的な概念なので実感しにくいかもしれませんが、「いじめ」は目に見える具体的な言動ですから分かりやすいともいえるでしょう。

ですから、「いじめ」や「嫌がらせ」が多発する組織においては、たとえ「多様性」が目に見えなくても、失われていることが分かります。

では、TICA Asiaはどうでしょう?

「いじめ」や「嫌がらせ」を見聞きすることはないでしょうか。

それに”加担”したことはないでしょうか。

自ら率先して、「いじめ」や「嫌がらせ」をしたことはないでしょうか。

もちろん、「いじめ」や「嫌がらせ」の”加害者”には、いじめている自覚がないという特徴があり、「いじめ」ではなく”排除”しているだけだとの”詭弁”で正当化する人もいますから、なかなか難しい面はあります。

しかし、”被害者”が存在している以上、”加害者”がどう思っていようが、「いじめ」や「嫌がらせ」はあったと考えるのが今の社会の流れです。

そのことは、「セクハラ」で象徴的に語られているように、男性側がどのような気持ちでそうしようが、受けた女性側が「嫌な思い」をしたならば、それは「セクハラ」であるのと一緒です。

「いじめ」や「嫌がらせ」が蔓延し、常態化し、それを誰も止めようとせず、逆に”加担”する側が増えるなら、「多様性」が急速に失われつつあることの証拠でもあります。

私が言いたいのは、「多様性」の重要性を認識し、「多様性」を認める努力をすることが、結果的に「いじめ」や「嫌がらせ」をなくすことにつながるということです。

「多様性」を否定する組織風土がある限り、個々の「いじめ」や「嫌がらせ」をやめさせても、モグラ叩きのように形を変えた次の「いじめ」や「嫌がらせ 」が出てくるだけなのです。

2018年2月19日 (月)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(5)

「ダイバーシティ・マネジメント(Diversity Management)」という経営理論において、「多様性」を受け入れていない組織の兆候として、以下の2つが見られると言われています。

①リーダーが「影響力」よりも「支配力」を求めている。

②古くからある決まりきったやり方や考え方に拘泥し、新しい方法・思考を受け入れない。

今のTICA Asiaはどうでしょうか。

現代社会の流れと同様、組織のトップにおいて「多様性を受け入れる文化」を組織内に根付かせようと努力している姿が見られるでしょうか。

残念なことに、私の身近で起きていること、私の耳に入って来ることは、「多様性」のある組織の出来事とは思えないことばかりです。

私が再三指摘し、警鐘を鳴らし続けてきたように、正当な根拠なき“排除”志向は、「出陳拒否」とは姿形を変えてあちらこちらで表れています。

ふと立ち止まって考えれば、出来事自体は異なっていても、そこに「無意識の偏見(unconscious bias」を自覚できない人々がいて、「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を認めようとしないという共通点を見出せるはずです。

正当な主張や反論をせずに大人しくして黙り込んでしまったら、それこそ相手側の思う壺、泣き寝入りしか待っていません。

歴史を振り返るまでもなく、黒人の公民権運動、男女平等、LGBTの権利拡大同様、声を上げ続けなければ何も進みませんし、解決の糸口さえ掴めないのです。

2018年2月18日 (日)

【ご報告】アクト勉強会へのご参加、ありがとうございました!

昨日、アクト勉強会を開きましたので簡単に内容をご報告致します。

私は参加できませんでしたが、アクトクラブ員により無事に終えられたのとの報告を受けました。

なお、会場探しが難航して上野になってしまった上に、貸会議室がマンションの1室ということもあり、迷われてしまったご参加の方にはご不便をおかけして申し訳ありませんでした。

第1部は、2018 Winter Board Meetingの「Agenda(議案)」から主のトピックスを取り上げ、議案に対するRules Committee membersのコメントを参考にしながら、妥当性や課題、問題点を話し合ったそうです。

第2部は、「ショーフライヤー」に記載すべき重要事項とは何かをTICA Show Rulesに基づいて勉強しました。

TICA Show Rulesには、「Show Flyer」に記載すべき項目を列挙してあるわけですが、実はその他にも記載しておかなければならない重要事項が別の項目の中で規定されているため、日本では多くのクラブが見落としているという現状があります。

また、Show Rules上、ショースケジュールの入れ方がどのように規定されているかを改めて確認したとのこと。

第3部は、ジャッジとしての審査上の理的・道義的責任等を巡って、TICA Asiaで実際に起きた様々なケースを念頭に置きながら、公平・公正・中立な猫の審査とはどうあるべきかについて意見交換したということです。

今回も、前回に果たせなかった「TICA Asia Compliance Seminar」と題した勉強会の準備を模索しましたが、弁護士さんとの日程調整がうまく付かず、実現できませんでした。

「TICA Asia Compliance Seminar」はアクトとして是非とも実現したい勉強会のひとつであり、機会を見てトライしたいと考えています。

なお、アクトの勉強会は幅広く参加を募っており、お問合せを頂ければ、個別にテーマや場所等をご案内致します。

従来のTICA Asiaの勉強会とは全く違うテーマの取り上げ方、進め方なので、初めは戸惑われるかもしれませんが、単なる読み合わせの”座学”ではなく、参加者の方々に主体的に考え、判断して頂くスタイルですので、是非、一度参加してみて頂ければ幸いです。

※「時代の流れと真逆に進むTICAアジア」は休みました。

2018年2月17日 (土)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(4)

自覚しない「無意識の偏見(unconscious bias)」の恐ろしいところは、事実や証拠に基づかず、人や集団、出来事を判断してしまうところにあります。

「無意識の偏見」を自覚している人なら、自らの状況判断に“ブレーキ”をかけられますが、そうでない人(あるいはそうでない人の集団)は、ヒステリックな“魔女狩り”さながらに、「偏見」に基づいて突き進んでしまいます。

「偏見」に基づくため、「偏見」に「偏見」が積み重なり、十分な根拠がなくても「妄想」のように膨れ上がっていきますが、本人たちは全く気づきません。

本来であれば、組織のトップがそうした状況を冷静に判断し、見極めなければならないわけですが、トップ自らが「無意識の偏見」を自覚しない場合、さまざまな場面で意思決定にひずみやゆがみを与え、組織を誤導してしまいます。

みなさんの周囲で起きていること、あるいは見聞きすることのほとんど全ては「無意識の偏見(unconscious bias)」に基づいた「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」の欠如にその根があるのではないでしょうか。

TICAアジアで誰かが糾弾され、追い詰められているとき、糾弾し、追い詰めている側に「無意識の偏見(unconscious bias)」があるかどうかを見極めることはとても重要です。

もちろん組織のトップが、自分自身の持つ「無意識の偏見(unconscious bias)」に気づかず、偏見に基づいた正当な根拠なき糾弾や追い詰めを支援したり、加担したりするようだともはや打つ手はありません。

「無意識の偏見(unconscious bias)」についての正しい知識を身に付け、意識して適切な行動を取るようにしていかない限り、組織風土が改まることは難しいでしょう。

2018年2月16日 (金)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(3)

「無知の知」こそ、ある意味において「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を根付かせていく上で重要なものはないでしょう。

なぜなら、人は誰しも(もちろん私も含めて…)、常識に基づいて客観的に物事を判断できると思い込み、「偏見(バイアス)を持っていない」と信じ込んでいるからです。

しかし、誰しも何らかの「偏見」を持ち、程度の差こそあっても“色メガネ”で見ていることは否定できません。

つまり、自らにある「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」を知ることができてこそ、他の人々の「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を尊重できるようになれるのです。

他の様々な人々の考えや意見に耳を傾け、受け入れることで、自らのうちに「無意識の偏見」があることに気づかせてくれるようにもなります。

一方、「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を封じ込め、気にいらないメンバーを“排除”していけばいくほど、自らのうちにある「無意識の偏見」に気づく機会は失われていきます。

今のTICA Asiaの現状はどうでしょうか?

どれだけのメンバーが自らの心の臆測にある「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」を自覚し、「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」を尊重しているでしょうか?

組織のトップにおいて、どれだけそうした組織風土の醸成に努めていると言えるでしょうか?

TICAアジアにおいて次から次へと起こる、余りに非常識で常軌を逸したとしか思えない出来事の数々を見聞きするにつけ、末期症状に突き進んでいるとしか思えないのです。

2018年2月15日 (木)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(2)

「多様性(diversity)」とセットで使われる概念に「受容性(inclusion)」があります。

「inclusion」はもともと、「包括」「包含」「一体性」などの語意があり、①組織内の誰にでも参画・発言する機会があり、②それぞれ特有の意見や考え方が認められ尊重されている状態を意味します。

では、今のTICA Asiaに「受容性(inclusion)」があるでしょうか? 幅広く認められているでしょうか?

私は全くない、かつてはあったとしても、今や完全に失われつつあると思っています。

「多様性(diversity)」を認めようとせず、「受容性(inclusion)」を否定しようとする一部のメンバーやブリーダーが幅を利かせ、TICA Asiaをあたかも”私物化”しようとしているようにしか見えません。

みなさんの周囲で起きる、あるいは見聞きする出来事を振り返るとき、「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」が失われていることに気づくことごないでしょうか?

みなさんの周囲で、正当な理由も根拠もなく“排除”されようとしている人がいるとき、まるで”魔女狩り”さながらに一方的な”糾弾”を受けている人がいるとき、そこに「多様性(diversity)」や「受容性(inclusion)」の欠如を見出すことはないでしょうか?

「ニワトリと卵」になってしまいますが、「多様性(diversity)」のある組織にするためには、「受容性(inclusion)」をメンバー間で養い、それぞれが主体性を持って声をあげられる環境を整えなければなりません。

もちろん、そのためには組織のトップがその重要性を認識し、自ら率先しなければならないのですが…。

2018年2月14日 (水)

時代の流れと真逆に進むTICAアジア(1)

TICA Asiaという小さな趣味の世界だけ、まるでGalapagos諸島のように、一般社会の常識から隔絶しているばかりか、時代の流れと真逆の方向に進んでいるように見受けられます。

端的な例が日本で行われるTICAのショー。

10年前と比べてみて下さい。明らかに「多様性」が失われていると言えないでしょうか。

今から10年ほど前の2009年3月には、オール外国人ジャッジ5人によるショーも開催されましたが、今では海外からジャッジを招くクラブも激減し、同じクラブによる同じような顔ぶれのショーばかりの印象が強まるばかりです。

それもそのはず、歴代の組織のトップ自らが「多様性」を認めようとせず、正当な理由なく「出陳拒否」をしたり、確たる証拠もないのに「プロテスト」してSuspension Listに載せようとしたり、強い“排除”志向を窺わせているわけですから、当然かもしれません。

鎖国時代の日本を振り返らずとも、今の国や企業、組織において、「多様性」を認めないとどういう事態を招くかは改めて指摘するまでもありません。

「多様性」を”否定”すれば、確かに一時的に“求心力”は強まるかもしれませんが、縮小均衡に陥り、決して健全な発展は望めません。

昔ながらの”村社会”と言ってしまえばそれまでですが、小さな趣味の世界だからといってあからさまな”村八分”のような言動が見過ごされていいはずがありません。

このシリーズでは、TICA Asiaからいかに「多様性」が失われ、それがなぜ大きな問題と言えるのかを探って行きたいと思います。

2018年2月13日 (火)

【お知らせ】アクト、4月末ショーについてのご案内

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アクトの4月末ショーについて、お問い合わせが入るようになりました。

アクトでは、公平・公正・中立なショーの開催を目指しており、今回も遠方の方を除く(アクトの予算の関係で申し訳ありません…)、日本の全ジャッジのみなさんにジャッジ依頼書を送付したところです。

それによって最終的にショーの内容を固めたいと思っています。

海外からもジャッジをお招きする計画ですので、TICA Asiaの年度最後を締め括るショーとしていければと考えています。

TICAは誰にでも開かれたオープンなキャットショーを開催理念としており、TICAのショーはどのクラブが開催してもTICAのショーであることに変わりありません。

アクトでは、かねてTICAのショーに出たことのないブリーダー・出陳者の方々、これまでキャットショーに馴染みのなかったオーナーさんも含め、多くの方々が参加頂けるように努めて参りました。今回も幅広い出陳者のご参加を期待しています。

詳細が固まり次第、改めてお伝えしますので、今しばらくお待ち頂ければ幸いです。

なお、3月31日~4月1日に計画しておりましたショーは会場を確保できず、他のクラブへ日程をお譲りする調整も進めましたが、最終的に勉強会の開催に変更させて頂くこととしました。

楽しみにされていた出陳者のみなさまにはご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。この場を借りてお詫び申し上げます。

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