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2018年8月17日 (金)

5年ぶりの”クラブ代表者会議”を前に…③

Q5:TICA本部のルール以外にリジョン単独で何らかの取り決めをした場合、どの程度の有効性があるとお考えなのでしょうか? 何らかの取り決めをした場合、それに従わなかった場合の罰則規定はどうするのでしょうか? 罰則規定を設けてもいいのでしょうか?

A(5年前):「有効性に関しては特段の効力はない」というのが回答です」

       「そもそも『有効性』の有無の問題ではなく、各位からあがった意見に記載され
        ている不平等感に何らかのガイドラインを設け可能な限り公平感を持てるよう
        にするには、何ができるだろう、ということです」

       
「罰則を設け、それに抵触しないようにする考えは本末転倒ではないでしょう
        か? 罰則の必要があると考えるかどうか も討議する余地のあることだとは
        考えます」

A(現在):「ルールや罰則など有るはずが有りません。大人同士が自由討議してスムー
       ズで健全で楽しく活動が出来るようにするわけです」


※5年前のDirectorと現在のDirectorの回答を読み比べる限り、5年前の方が真摯かつ誠意を持って、「会議」に臨む姿勢が窺えます。

5年前のDirectorは、「対話」を重視している姿勢も見て取れますが、現在のDirectorからはそのような姿勢を読み取ることは難しいと言わざるを得ません。

もちろん、「大人同士が自由討議してスムーズで健全で楽しく活動が出来るようにする」ことには賛成ですが、それには大切な前提を欠いてはならないでしょう。

それは 、その「大人」なる者が、良識と常識を併せ持ち、TICAのメンバーとして必要な最低限の知識を有し、JudgeであるならJudgeとして必要な知識、クラブ代表であるならクラブ代表としてのマネジメント知識を備えていなければならないということです。

「自由討議」するにも、社会常識に則ったルールがあり、何かを「スムーズ」に運ぶためにはその知識が必要であり、「健全で」あるためにはその健全性を育み、保つための資質と能力が欠かせません。

「楽しく活動が出来るようにする」ためには、それぞれが自らの責任を自覚し、他の人もまた、「楽しく活動が出来るように」しなければなりません。

その上で、前セクレタリーの視点で欠けている重要なものをひとつ挙げるとすれば、それは「全員が」「誰ひとり残さず」「楽しく活動が出来るようにする」と視点でしょう。

馴れ合いと依怙贔屓、情実により、一部の仲間内が「楽しく活動が出来るようにする」のでは意味がありません。

前セクレタリーの発言からは「健全性」が全く見えてこないと言わざるを得ません。

AE Directorとして欠かせない姿勢③

自民党の総裁選を巡っては、石破氏の出馬会見を聞いた国民から「呆れ果てた…」との声が漏れているのも事実です。

「石破茂が党総裁に必要な資質は『公正、正直、誠実』だと言っている。逆に言えば、自公政権にはこれらがなくなったのだと…。なんと低レベルの闘いであろうか。まるで中高の生徒会選挙のレベルだ」--。

しかし、そもそも石破氏がこのようなメッセージを発せざるを得なかったのは、安倍政権に「公正、正直、誠実」が欠けていたからでした。

総理夫人のお知り合いだったから、八億円も安く国有地が買えた…

総理の友人だったから、学部の新設が認可された…

TICA Asia East Regionも全く同じでしょう。

そのJudgeの所属するクラブ員だから、失格であるはずの猫でもベストを貰える。

Judgeの懇意にするオーナーやブリーダーだからファイナルに残る。

Judgeの親族の猫だからいい成績が付く。

石破氏は「行政の公正性や公平性の説明責任は行政側にある」と言いました。

そうであるなら、Region運営や審査の公正性・公平性に関する説明責任はDirectorやJudge側にあるはずですが、安倍政権さながらに果たそうという姿勢に欠けるように映ります。

記者会見で石破氏が配ったビラには、「私は取り戻します」と明記してあり、(1)謙虚で正直で国民の思いに近い政治 (2)透明・公平・公正な政治・行政などが列挙してあったといいます。

前セクレタリー(現Director)も、これを自らに放たれた痛烈な”批判”と思ってしっかり受け止めてほしいものです。

(1) 謙虚で正直でメンバーの思いに近いRegion運営

(2) 透明・公平・公正なRegion運営と審査


※本日は2本をアップします。2本目は18:00に「5年ぶりの”クラブ代表者会議”を前に…」を掲載する予定です。

2018年8月16日 (木)

5年ぶりの”クラブ代表者会議”を前に…②

Q3:「議事録」は誰がどのような形で取りまとめるのでしょうか?

A(5年前):「書記は、一名配置する予定です」

A(現在):「当日決めます」

※「会則」があるかないかにかかわらず、「会議」と位置づけるからには、「議事録」の作成は欠かせないと思いますが、前セクレタリー(現Drector)はどうもそうではないようです。

5年前は、当時のDirectorがはっきりと「書記」を置く旨の回答をしましたが、今回は「議事録」を取りまとめるかどうか自体を当日決めるのか、誰が取りまとめるのかを当日決めるのかさえ、この回答からは分かりません。

ひとつ言えることは、当日、誰かが突然、取りまとめ役に任命されたとしても、準備ができておらず、困るだろうということです。

この回答を読み比べる限り、前セクレタリーは端から「議事録」など取りまとめるつもりがないと思えなくもありません。

Q4:「議題」にもよるかと思いますが、「会議」 では何かを決めるようなことはあるのでしょうか? その場合、出席代表者の多数決で決める議題なのか、欠席も含めた代表者数の多数決で決める議題なのか、あるいは出席代表者の3分の2以上の賛成をもって決める議題なのか、欠席も含めた代表者数の3分の2以上の賛成をもって決める議題なのか? あるいは全員一致で決めるべき議題なのか? 等についてはどのように決定されるのですか?(欠席の場合の取り扱いはどのようになっていますか?)

A(5年前):「上記にも多少書きましたが、皆様の案件を事前にある程度確認しないと判断
        が付きかねます。案件を集め、アジェンダを作成し、内容により決を必要とす
        るものに関しては、採決の方法も検討するべきと考えています」

       「
欠席により意見開示の場がないまま決定するわけには行かない事項があっ
        た場合などを考慮するべき事項とは考えています」

       「可能な限り各位と討議のうえ方向性を決めていくことで考えていますが、代表
        者が全て揃わないと採決に至らないままの状況は回避するべきとも考えてい
        ます」

A(現在):「当日参加の皆様と決めますが、基本『決め事』が有ればそれは参加したクラ
       ブ間の申し合わせと考えます。不参加のジャッジ及びクラブ代表者がその申
       し合わせ事項に賛同するかしないか等は自由です。何故なら申し合わせ事
       項など守らないクラブ代表者も必ず居ますから」


※この回答を読み比べる限り、5年前の方がまともな「会議」になるだろうことは容易に想像できます。

前セクレタリーは「申し合わせ」という言葉を使っていますが、日本語の意味を正確に知った上で使っているかどうか甚だ疑問です。

なぜなら、「申し合わせ」とは、「話し合いによって決めること。また決めた約束」を意味し、要は何かを「決める」ことになるからです。

改めて強調しておきますが、今回の「会議」なるものは、何の「会則」もなく、何の「決め方」も定めないで開催するわけですから、何かを「決める」ことは事実上、できません。

仮に、参加者全員が一致したとしても、それは参加者全員だけにかかわることだけであり(不参加者には全く関係しないこと)、それがTICAの活動に関することであるなら、TICAのルールに抵触しないことに限定されます。

5年前のDirectorは少なくとも、この最低限の前提は理解しているようでしたが、今回は違うようです。

あとあと、トラブルの種となりかねないような「申し合わせ」をしないようにしなければなりませんが、その大前提を前セクレタリーは認識しているでしょうか。

また、 前セクレタリーは「不参加のジャッジ及びクラブ代表者がその申し合わせ事項に賛同するかしないか等は自由です。何故なら申し合わせ事項など守らないクラブ代表者も必ず居ますから」とも述べていますが、これも理解し難い発言です。

「申し合わせ事項」に賛同するかしないかは、「会則」のない「会議」なのですから、自由であって当然です。

「会則」のない「会議」で参加者が勝手に決めたことを守るも守らないもまた、自由であって当然でしよう。

本来、守らせるべき「申し合わせ事項」を、守らせるべき努力をしないで勝手に放置しておくなら、それは組織のトップの怠慢であり、守らなくてもいいことを「申し合わせ事項」として守らせようとするな ら、職権の濫用と言わざるを得ません。

AE Directorとして欠かせない姿勢②

自民党総裁選が事実上、スタートしましたが、石破元幹事長と安倍首相のやり取りを見て、まるでTICA Asia East Regionと同じだと思ってしまったのは私だけでしょうか。

石破氏が掲げた、「正直で公正、謙虚で丁寧、そういう政治を作りたい」というのは、そのまま「正直で公正、謙虚で丁寧、そういうキャットショーを開催したい」という私の主張と重なります。

猫の審査もRegion運営も「正直で公正」であるべきですし、Judgeは審査結果について「虚で丁寧」に説明する責任があり、前セクレタリー(現Director)においても「謙虚で丁寧」にRegion運営をしていく責務があるはずです。

石破氏は12日のTV番組で、「政策は全ての人に公正であらねばならない」「はっきり言えば依怙贔屓がないかだ」と述べましたが、これも「Region運営は全てのメンバー、出陳者に公正であらねばならない。はっきり言えば依怙贔屓がないかだ」と言い換えられます。

石破氏は自民党に向け、こうも言っています。

「われわれ自由民主党は間違っていることは間違っているときちんと指摘する。そういうような政党でありたいと思っています」--。

TICA Asia East Regionも同じでしょう。

TICA AE Regionは間違っていることは間違っているときちんと指摘する。そういうようなRegionでありたい」と、私は思っています。

それをどのような指摘も建設的な批判も、「体制批判」だの、「非難」だの、「誹謗中傷」だのと十把一絡げにして”レッテル貼り”するようでは、健全な民主主義が育まれるはずがありません。

※本日は2本をアップします。2本目は18:00に「5年ぶりの”クラブ代表者会議”を前に…」を掲載する予定です。

2018年8月15日 (水)

5年ぶりの”クラブ代表者会議”を前に…①

私は、5年前の会議の前、そしてこの19日(日)の会議の前に、それぞれのDirectorに同じ質問をしました。その回答をご紹介したいと思います。

Q1:代表者会議の議長はどのように決まったのですか?あるいは決めるのですか?

A(5年前):「代表者会議の議長ですが、議長は司会進行という形で当日お願いするように
        なると思います。 司会進行が票を持つかどうかも、当日討議致したいと思い
        ます。代表者会議の規定には特段規定がないので、必要な項目の見直し、
        追加も念頭におくべきとは理解しております」

A(現在):「当日参加の皆様と決めます」

※前セクレタリー(現Drector)は、「議長」について「当日参加の皆様と決めます」と回答していることから、これがウソでなければ。まず「議長」を決めなければ「会議」に入れないことは社会常識からも明らかかと思います。

なお、「議長」権限については何ひとつ決まっていませんから、前セクレタリーより、まずはじめに「議長」権限について説明がない限り、「議長」を決める話し合いも始まらないでしょう。

Q2:代表者会議の会則規定が明らかになっていませんが、いつ誰がどのように決めたのでしょうか?会則をジャッジ及び各クラブ代表者に示さないまま会議を開くのでしょうか?

A(5年前):「会則等が明確になっていないのは事実ですが、主催者側にて一方的に規定
        し、それを提示しても実際の運営に活用されるとは考えにくいかと思います」

       「クラブ代表者各位から議題を事前に募っているのは、決を要する事項が今回
        の会議で発生するかどうかを確認する意味もあります」

       「票に関する討議は、会議の冒頭にて行い、それ以降の議案を検討する予定
        で考えています。会議開催前に、メールでの検討案件ではないとの判断から
        です」

A(現在):「会則など有りません、参加するもしないも自由です」

※前セクレタリーは「会則など有りません」と回答していますから、「会議」とは名前が付いていても、ただの“集まり”ということになるでしょう。

会則がないのであれば、参加者だけで何かを決めることも、何かを申し合わせることもできず、単に話し合って終わることになります。

また、「参加するもしないも自由」ということであれば、「参加したから有利になること」「参加しなかったから不利になること」があってはならず、もし参加者と不参加者の間で後日、何らかの不平等が生じたとすれば、それは”差別”をしたことの証左となるでしょう。

AE Directorとして欠かせない姿勢①

みなさんも経験されたことは多いかと思いますが、市役所や区役所に行くと、「この職員はどこを向いて仕事をしているのだろう」と疑問に感じることがよくあります。

市民と向き合い、市民の声を真摯に聴き、市民の願いや要望を叶えるのが仕事のはずなのに、どんなに些細な願いや要望をしても、まるで”門前払い”のような扱い…。

これでは行政の「怠慢」と言われても仕方ないでしょう。

TICA Asia East Regionも同じです。

前セクレタリー(現Director)とRegionスタッフが、どこを向いて仕事をしているか分からないと思われるようなら、たとえそれが「趣味の世界」であったとしても”怠慢”以外の何ものでもありません。

メンバーや出陳者、オーナー・ブリーダーから要望が出てくれば、その願いや思いを尊重し、その実現に向け全力で取り組むのが本来のあるべき姿勢です。

それを端から合理的な根拠もなく、「それはダメ」「これは出来ない」では”怠慢”であり、”傲慢”です。

私が区役所に求めていることも、予算措置が必要な政策ではありません。

予算など必要ない、ちょっとしたアイデアや工夫でどうにかなることについて、「~して頂けませんか…」「~してくれるとありがたいのですが…」とお願いしているだけなのに、重い腰を上げようとしません。

TICA Asia East Regionも同じです。

メンバーから出てくる、「~して頂けませんか…」「~してくれるとありがたいのですが…」という声をひとつひとつ丁寧に聴き、それを叶えることに情熱を傾け、その実現を喜びとしないようでは、真の意味での”和”(=輪ではありません)など望むべくもありません。

繰り返しますが、「『趣味の世界』だからいい加減で構わない」などということは断じてないはずです。

※本日は2本をアップします。2本目は18:00に新シリーズ「5年ぶりの”クラブ代表者会議”を前に…」を掲載する予定です。

2018年8月14日 (火)

”社会常識”に欠けるとしか思えない”奇妙”な「会議」の案内(32)

「趣味の世界」におよそ似つかわしくない言葉が前セクレタリー(現TICA Asia East Region Director)から飛び出してきたのには驚きました。

その言葉は「体制批判」…。

前セクレタリーは東京地方裁判所に提出した「準備書面」において、自分が「体制批判されている」と主張したのです。

「体制批判」なるものが問題になるのは、中国や北朝鮮、ロシア、イラン、かつてのナチスドイツ、スターリン統治下の旧ロシアなど”独裁体制”の国々においてです。

健全な民主主義国家、民主主義的組織において、「体制批判」が問題になることも、まして「体制批判されている」などと言って、批判する側を非難することなどあり得ません。

つまり、TICAそのものが実際にどうであるかは別にして、前セクレタリーにとってTICA Asia(現在はAsia East Region)はかつてのナチスドイツと同じであり、中国や北朝鮮、ロシア、イランと同じであるとの認識が透けて見えます。

前セクレタリーの認識が、こうした世界の独裁体制でなかったとしても、かつての”翼賛体制”と似ていると思っているのだろうと考えてもおかしくはないでしょう。

権力を握る自分たちや自分たちが所属する組織に対して、一切の批判を許さず、自分たちの言動についてはひたすら肯定的な姿勢を示すことを強いることで、自身の存在感を確保しようとしている点において、まさに似た構造が見て取れます。

もし、「体制批判」したらどうなるか--。

当時の日本、ナチスドイツ、旧ソ連、あるいは今の北朝鮮などにおいては投獄されたり、殺されたり、殺されることになるでしょう。

TICAは「趣味の世界」ですから、殺されることはないでしょうが、その代わり悪質な噂を流されたり、”干されたり”、”排除されたり”、悪意ある”レッテル貼り”をされたりして、”村八分”に遭うというわけです。

TICAのBoard Memberであり、Asia East RegionのDirectorが、「体制批判されている」などとは口が裂けても言ってはならないはずですが、前セクレタリーは堂々と日本の司法の場で主張したのです。

民主主義を抹殺し、言論の自由・表現の自由を封殺するかのような発言をするトップが主催する「会議」が本当に民主的に成立し、民主的な議論の場になるのかどうか--。

私は非常に疑問を感じています。

2018年8月13日 (月)

”社会常識”に欠けるとしか思えない”奇妙”な「会議」の案内(31)

かなり間があいてしまいましたが、続けたいと思います。(※このシリーズは7月22日以来となります)

大人としての社会常識があるかどうかは言葉の使い方で分かりますし、言葉の使い方がいい加減で杜撰なら、その人の考え方もやはりいい加減で杜撰と思わずにはいられません。

5年前のアクトに対する「活動自粛」あるいは「活動停止」の提案は、いまだにそれが「活動自粛」の要請だったのか、「活動停止」の要請だったのか定かではありません。

おそらく、当時、それに賛成したクラブ代表者やJudgeにおいてすら、「活動自粛」と「活動停止」のどちらに賛成したのか、分かっていなかったのではないでしょうか。

東京地裁の裁判でも、前アジアディレクターは裁判所での宣誓証言も含め、「活動自粛」を求めたと主張しましたが、前セクレタリー(現TICA AE Region Director)や「出陳拒否」した第3のクラブのエントリークラークは「活動停止」と主張しています。

「活動自粛」と「活動停止」が異なることは、沖縄で米軍機の墜落事故が起きた時の国会でのやり取りを思い起こせば明らかでしょう。

日本政府が米軍に対して「飛行停止」を求めたのか、「飛行自粛」を求めたのかでは全く違うことが分かります。

安倍首相が、実際は「飛行自粛」要請にとどまっていたにもかかわらず、それを「飛行停止」を求めたかのような国会答弁をして、立憲民主党の枝野代表が「(安倍首相は)国会でまたうそをついたのか」と追及したのです。

ちなみに「自粛」とは「自分から進んで、行いや態度を慎むこと」であり、「停止」とは「やめさせること、差し止めること」であって、自主的か強制的かの面で大きく異なります。

その意味で考えれば、前アジアディレクターはあくまでアクトの自主性を尊重した上で自粛を要請したのに対し、前セクレタリーと第3のクラブのエントリークラークは強制的にアクトの活動をやめさせようとした意図が見て取れます。

これに対して元アジアディレクターはどうだったかというと、2013年9月9日、アクトにメールを送ってきましたが、そこには「活動停止の自粛をお願いします」と書いてありました。

「活動停止」を「自粛」するって、どういうこと?と、私はこの日本語が理解できませんが、Board Memberでもある人物が頭の中で「停止」と「自粛」の違いすら理解せず、それを文章にしたらどういう意味になるのかも分からないようでは話になりません。

歴代のアジアDirectorがこういう状態(少なくとも3代続けて)で、どうして実のある議論が期待できる「会議」が開催できるというのでしょうか。

もちろん、単に四方山話に花を咲かせるだけのものであれば問題ないかもしれませんが、「議題」を募るような「会議」であれば、言葉の違いを理解せず、使い方が杜撰でいい加減では成立しないと思わざるを得ません。

2018年8月12日 (日)

【TICA Annual Board 2018】ルール改正案について⑯

Director選挙などの際の立候補時期やMembership投票の期間に変更があるかもしれません。

現会長がそれぞれについて2つの改正案を提出しています。

Director選挙などの際の立候補時期は最も早くて6カ月前となっていますが、これを「4カ月前」に、Membership投票の発送時期は現在、45日前までとなっていますが、これを「30日前」にするというものです。

確かに、TICAの選挙でもMembership投票でも、期間が長すぎる感は否めませんでした。

Online投票が普及しているわけですから、投票自体は”一瞬”で済むとも言え、今のようなこんなに長い投票期間は必要ないようになっています。

ただ、一方で懸念もあります。

特にルール改正について、一般メンバーが改正の趣旨や背景、それが可決(あるいは否決)されるとどういう問題が起こるかの洞察をする期間が少なくなると言うことです。

単に投票期間だけ短縮してしまうと、よく理解しないまま投票するメンバーが増えないとも限りません。

TICA会長がどこまで各Regionの実情を踏まえた上で提案しているか分かりませんが、そう単純ではないことだけは確かです。

私がDirectorであったなら、そうした一般メンバーの理解力の実情(TICAルール”リテラシー”)について、他のBoard Membersに説明し、その上でどうすべきかを検討したことでしょう。

この問題はおそらく、AW RegionやIN Regionでも共通するのではないかと思っています。

※「”社会常識”に欠けるとしか思えない”奇妙”な『会議』 の案内」は休みました。

2018年8月11日 (土)

TICA、ギリシャの山火事に2000ドルを寄付へ

TICAが、ギリシャで起きた山林火災での動物への被害に対し、2000ドルの寄付を決めたとのことです。

情けない話ですが、私もこの寄付の話を聞いて、ギリシャの山林火災について知りました。

7月30日の新聞(夕刊)情報によると、「23日に発生した山林火災の死者数は91人に達した。現地では犠牲者の埋葬が始まった一方で、行方不明者の捜索が続いている」とのことでした。

報道によれば、「火災は十数カ所で起きた。乾燥した気候に猛暑と強風が重なり、被害が拡大したとみられている」とのことですが、当然ながら政権批判も出ており、「平時からの政権の対応を問う声が強まっている」とのことです。

今回の寄付は欧州のDirectorが提案したようですが、私が思ったのは「そうであれば西日本豪雨で被害に遭った日本の動物たちのためにも寄付して貰えないか…」ということでした。

西日本豪雨では、ギリシャの山林火災の2倍以上の200人を超える死者・行方不明者が出ており、ペットの被害も甚大だったはずです。

前セクレタリー(現Drector)が、すぐさま寄付の提案をBoardにしたかどうか分かりませんが、私ならそうしていたことでしょう。

私は、事態に直面して瞬時にこうした判断ができるメンバーこそ、TICAのDirecorの資質と能力があると思っています。

ただ一方で、異常気象による、私たちのこれまでの常識と想像を遙かに超えた自然災害は今後も世界各地で起こると見られるだけに、TICAが寄付をする際の明確な基準も作っておくべきだとも思います。

TICAのBoard内でそうした議論が出ているのかどうか分かりませんが、私は今後のためにも必要なことだと思っています。

※「”社会常識”に欠けるとしか思えない”奇妙”な『会議』 の案内」は休みました。

«”ドン”を育む悪しき土壌を形成する“イエスマン”たち